171 帝国風晩餐会(バンケット)

 帝国の晩餐会は、聖王国の魔法大学で体験したものとは全く違って、驚くくらい豪華で煌びやかなものだった。


 まず……並べられている料理と酒の数が違いすぎる。何度か王国でも歓待を受けたことはあるが、その時はまだ子供だったということもあって気にはしていなかったが規模感が全く違う。貴族の数も、服装も……そして本当に千差万別な人種が揃っている。

「征服した国の王族や貴族は帝国の貴族として生活をすることができるんだそうですよ」

 俺が一人黄昏ていると、ワインを片手に歩いてきたアドリアが笑いながら俺の隣へと立つ。ついでにアイヴィーが貴族の間で引っ張りだこになっていて、ここにはいないことをいいことに彼女はしっかりと腕を絡ませて……幸せそうな顔で軽く体を密着させる。

「ここにいる貴族……帝国人ではない人も幸せそうな顔をしているよな」


「そうですねえ……でも私は帝国人にはなりたくはないですね。一応聖王国の出身だって自負はありますし」

 アドリアは少し真面目な顔をして、手に持ったグラスから赤ワインを軽く煽る。彼女は髪を結い上げて整えており上質な絹を織ったドレスを借りているが、肌の露出はそれほど多くなく清楚な印象だ。軽く化粧を施しているため大人びた印象に見える。

「どうしました? 私の顔をジロジロ見て……もしかして惚れなおしちゃいました?」

 悪戯っぽく笑うアドリアの頬は少し桜色に染まっており、余計に綺麗に見える。

「いつも惚れ直してるよ、君がいなければ俺はもうのたれ死んでるだろうし……心から君のことを愛している」


「そ、そういうことは二人きりの時に言うもんですよ。こんな場所で恥ずかしいじゃないですか」

 アドリアは少し慌てたように恥ずかしそうな顔を浮かべる。ああ、アイヴィーとは違う意味で彼女のことを愛している。最初は友人だったはずなのに、気がついたらそういうことになっていた彼女ではあるが、今ではかけがえの無い大事な女性だ。

「これはこれは……兄上が懇意にしている魔道士殿、でしたかな?」


 急に声をかけられて慌てて声の方向を向くと、そこには栗色の髪に、藍色の目をしたセプティムさんの若い頃にそっくりな男性が立っていた。背の高さはセプティムさんと変わらないが、目に宿る光が……どこか不快だ。

「え、えっと……セプティムさん? では無いですよね?」


 その言葉にクスッと笑うと男性は名乗りを上げる。

「私は女王連隊クイーンズ連隊長、ハーヴィー・フィネル帝国男爵だ。初めましてだな、王国の魔道士よ。そして美しい少女よ」

 ハーヴィーと名乗る男性はアドリアの手を取り、その甲に軽くキスをする。女王連隊クイーンズ……? そしてフィネルという家名、この男性はセプティムさんの弟か何かだろうか。

「私はアドリアーネ・インテルレンギ。聖王国出身の魔道士でございます」


「俺はクリフ・ネヴィルと申します。夢見る竜ドリームドラゴンのリーダーを務めております」

 俺たちが挨拶をすると、ハーヴィーは少し大袈裟なくらい驚いた様子を見せて……少し小馬鹿にしたような顔で俺を見て笑う。

「おお、其方があの夢見る竜ドリームドラゴンとやらの……それはそれは。貴殿があの高名な旅のもの、か。遠いところまでようこそ」

 うん? なんか侮蔑のようなものが混じった表情だな……アドリアも少し思うところがあったのか好意のこもっていない営業モードの笑顔を浮かべている。あ、これアドリアがちょっと怒ってる時の表情だ。

「いえいえ、お気になさらず。ところで女王連隊クイーンズ連隊長とおっしゃられましたが……」

 ああ、完全にお怒りモードだ。しかしそんなアドリアの怒気を平然と受けながら、ハーヴィーは笑顔を絶やさずにいる。


「先日まではキールにおりましてな、部下はまだこちらに戻ってくる途中です。キール近郊にいた賊を討伐した功績でこちらに呼ばれた次第です」

 やはり……マーロ城を攻撃したのはこの男とその部下……そして見ている感じこの男性は、好きになれそうにない表情を浮かべている。

「そうなんですか、私どももキールにおりましたよ。どこかの無法な軍隊が敵兵の亡骸を晒しものにしているのを見ましたわね」


 アドリアが完全に戦闘モードで笑顔のまま……青筋を立てて嫌味を喋り始める。どうやらハーヴィーは敵意をようやく感じ取ったようで、冷酷なとても貴族らしいというか……実に冷たい目になる。でも感情は隠しきれなかったようで、目元がピクピク動いているのを俺は見逃さなかった。

「ほお、冒険者は敵を殺さないとでもいうのですかな?」

「なっ……!」


「私たちは兵士ではございません。敵対したものと戦うこともありますが……それが全てでは無いのです。出過ぎた真似をいたしました」

 俺は流石にまずいなと思って、アドリアとの間に入って口を開く……ハーヴィーはかなり怒りを感じていたようだが、俺の横槍で怒りの矛先が少しずれたのか、笑いを再び浮かべて頭を下げる。

「いや、こちらこそ戦場を知らない人間に失礼した、それでは」

 彼が大股で歩き去っていくのを見ていると、アドリアがぐい、と俺を引き寄せるがとても不満そうな顔だ。

「どうして止めたんですか? あれはあの城の人たちを虐殺した張本人ですよ?」


「今揉めても俺たちが悪いことになる」

 その一言で、アドリアは自分が冷静になっていなかったことに気がついて……申し訳なさそうな顔をする。

「そ……そうですね。ごめんなさい」

 俺は笑って、彼女の頬をそっと撫でると、彼女は少し嬉しそうな顔ではにかむ。お互い見つめて少し笑顔を浮かべて他の仲間のところへと手を取ったまま歩き始めた。




「あ、いたいた。クリフぅ〜」

 ヒルダが口いっぱいに食べ物を詰め込みながら、こちらに手を振っている。王女様……少しはっちゃけすぎじゃありませんかね。とはいえ、ちょっと前までの張り詰めたような顔をしているヒルダよりも、今の顔の方が遥かに年相応の少女っぽくて僕は好きですけどね。

「どうしたんだ?」


「この料理美味しいね、私こんなの食べたことなくて……」

 ヒルダが少し恥ずかしそうな顔で肉料理にかぶりつく……少しはしたない感もあるが、俺たち冒険者の食事風景はお上品ではやっていられない……。あのアイヴィーですら結構野営しているときは肉を食いちぎったりすることもあるくらいだ。段々とヒルダが冒険者風味に染まってきているのを感じて、少し微笑ましく思える。


 その時紅の大帝クリムゾンエンペラーが晩餐会へと姿を表す。仮面をつけたままだが、口元が大きく開いたものを着用しているのがわかる。

 一斉に参加者が首を垂れるのを見て、俺たちも慌てて頭を下げる。

 紅の大帝クリムゾンエンペラーは軽く片手を上げる。

「良い、無礼講だ。それと協議があるためすぐに離れる。楽しんでいってくれ」

 その言葉で再び参加者が一斉に頭を上げる……よく訓練されているなあ。さすが帝国というべきだろうか。そして俺たちは再び飲み物を手に話を再開しようとした時に、紅の大帝クリムゾンエンペラーからとんでも無い一言が飛び出し……参加者が騒然となった。


「それと私から一言だけ発表がある。ラプラス家との和議が先ほど……決裂した。我々とラプラス家を中心とした同盟は戦争状態に入るだろう……」

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