164 トゥールインへの招待状(インビテーション)

「た……魂を食べた……だと?」


 ロスティラフが唖然とした顔で……立ち尽くしている。ラヴィーナもとい、カマラはニヤニヤと笑いを浮かべて、さらに続ける。

「ええ、この体の持ち主は……絶望の中にいたわ、もう消えてしまいたいというくらいね。だから私はこの子と契約したの……魂をもらう代わりにこの子を苦しめていた元凶を全て……殺した。それから私はこの体で生きている」

 カマラは笑顔を浮かべたまま……軽く額を叩く。すると皮膚が音を立てて裂け、縦に配置された三つ目の目が姿を現す。その目は不気味なくらいに血走り、小刻みに動いておりその姿だけでも俺たちは言いようのない不快感を感じる。カマラはロスティラフに向かってニヤニヤと笑う。


「ば……馬鹿な……ラヴィーナを救ったつもりが……そうではなかったというのか……」

 ロスティラフが手に持っていた混合弓コンポジットボウを取り落として……自分の手を見つめる。俺たちは初めてみたが……ロスティラフの目から大粒の涙が溢れ……膝から崩れ落ちて顔を抑えて震えながら蹲る。

 そんなロスティラフをヒルダが慌てて介抱しているが……そんな彼の姿を見てカマラは満足そうに笑うと、再び俺へと顔を向けて、少し艶のある笑顔で俺の胸へと手を当てる。

「ねえ使徒の坊や、帝国に味方をするくらいなら私たちと組まない? アルピナもあなたを手に入れたがってるわ。だから、こちらへいらっしゃい」


「お前らと一緒に? 馬鹿にするなよ?」

 カマラが誘惑するようにそっと指で俺の胸を撫でる……俺は必死に彼女の体を突き飛ばし、少し距離をとる。その行動に灰色のドラゴンが主人を守るかのように俺に対して威嚇を始め一歩前に出る。

「大丈夫ウルリーカ。後で好きなだけ甚振らせてあげるわ」

 カマラが軽くドラゴンの首を撫でると、ウルリーカと呼ばれたドラゴンは大人しくなる。威嚇音を立てながら、口の端から軽く炎を噴き出し……ウルリーカは俺を睨みつける。


 俺はドラゴンと戦った経験は無い。というよりこの世界でのドラゴンは途轍もない破壊力を持った化け物で、戦うには軍隊が必要とまで言われる存在なのだ。

 ウルリーカはそれでも伝承にあるドラゴンよりは小さく、まだ成長途中のドラゴンなのだとは思うが……目の前にしていると大きさよりもその異常なまでの生物としての圧倒的な存在感に気圧される。

「このサイズのドラゴンは初めて見たのお……なあ、どのくらい生きているんじゃ?」

 オーペが俺たちとは関係ないところで感心したようにウルリーカを見ているが……この羊は緊張感というものはないのだろうか?

「ま、まあ……五〇年程かしらね……これでいいかしら?」

 カマラはオーペの質問に少し気勢を削がれた顔をしていたが、気を取り直してドラゴンの首を再度撫でて……俺たちを見据える。


「私は……ラヴィーナを混沌に堕とすために共にいて……あの子を危機を防いだのではない……」

 ロスティラフが竜骨ドラゴンボーン小剣ショートソードを抜き……ヒルダを押し退けて、涙を流したまま立ち上がる。その姿を見て鼻で笑うカマラ。

「何を泣いているの? 赤ちゃんベイビー。あなたにつけられた名前だって、この体……ラヴィーナが昔飼っていた犬の名前なのよ? それを有難がって名乗るなんて……あなた本当に赤ちゃんベイビーだわ」


「貴様がラヴィーナを……あの優しい娘を語るな!」

 ロスティラフが激情に身を任せるように、一気にカマラとの距離を詰めて小剣ショートソードを振るう。しかしその攻撃を灰色のドラゴン、ウルリーカが爪を使って受け止め、さらにその斬撃を払い除けるようにロスティラフごと弾き飛ばし、ロスティラフはその威力に負けて転倒してしまう。

「ありがとうウルリーカ……この場で全員殺してしまおうかと思ったけど、あの竜人族ドラゴニュートを見ているとなぜかこの体がうまく動かなくなるの……今日は大人しく帰るとしますか……そうそう、使徒よ。あなたトゥールインへいらっしゃい。私たちはあなたを待っているわ」


 ふわりとウルリーカの背に飛び乗ると、俺に向かって投げキスを飛ばすカマラ。額の目が閉じ……いつものぐにゃりとした不気味な笑みを浮かべたカマラを乗せて、ウルリーカが羽を羽ばたかせて宙に浮く。

「いいわね、トゥールインに来るのよ。アルピナも待っているわ」

 カマラとウルリーカは俺たちの攻撃が届かない高度まで上昇すると、そのまま凄まじい速度で飛び去っていく。ロスティラフが起き上がって空を見るが……到底届かないことに気がついたのか、地面に座り込んで膝を抱えて座り込んでしまう。

「ロスティラフ……」


「クリフ殿……みなさん……今は何も聞かないでください」

 ロスティラフが泣いているのを初めて見た気がする。付き合いの長い俺たち全員があまりの状況に喋ることすらできていない。ロスティラフを心配してヒルダが触れようとするが……その言葉を聞いて困ったように俺の顔を見る。俺は首を振って、そっとしてやってほしいというジェスチャーを伝える。

 黙ったまま……少しの間俺たちはその場で動かずに黙っているしかなかった。




「良く戻ったな! 心配しておったぞ!」

 カスバートソン伯爵の下に戻ったのは、それから数日経ってからだった。あの後、ロスティラフはほぼ喋ることはなく、俺たちは暗い雰囲気のまま炎石の城ファイアストーンへと戻ることになった。

「戻りました、父上……今回は本当に疲れたので、もう休ませていただけないでしょうか?」

 アイヴィーが暗い顔のまま……頭を下げる。正直言えば、俺たち全員とんでもなく薄汚れている状況だ……伯爵は流石に仕方ないかな、という顔で頷く。そんな皆の様子を見ながら困った顔をしていたオーペが口を開く。

「伯爵……わしはどうすれば良いかな?」

 その言葉にカスバートソン伯爵は少し考えるような仕草をすると……少しの間を置いて喋り始める。


「そうですな……陛下より夢見る竜ドリームドラゴンと一緒に帝都へと来るように、と言伝がございます。数日私の領地で逗留いただいて、私の娘と共に帝都へ向かうまでは……我が部下と一緒にいていただけますか?」

 伯爵がオーペに話しかけると……少し考える様子を見せたオーペが頷く。

「陛下の考えはわからんが……おそらく意味があるのじゃろう、承知した。伯爵数日世話になるぞ」


 その夜……湯浴みや豪華な食事を済ませて部屋に戻った俺の元に、ロスティラフとヒルダが訪ねてきた。俺に割り当てられた部屋で……ロスティラフとヒルダが座っている。普段ならアドリアが一緒にいるのだが、今回はヒルダか。とはいえヒルダはかなりどうしていいのかわからない、という風な顔をしている。

「クリフ殿……お話をさせてください」

 ロスティラフが頭を下げる……俺は頷くが、俺だけで話を聞くわけにもいかないので、立ち上がってロスティラフの肩を叩くと、他のメンバーを集めるために部屋を出ることにする。そんな俺の様子を見て少し戸惑うロスティラフとヒルダ。


「俺だけで聞くわけにはいかないから……全員で話をしよう」

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