162 魔法使いの帽子(ウイザードハット)

「植物のクセにめちゃくちゃタフだったな……」


 ロランが額の汗を拭うために、兜を脱ぐ。彼も何度か触手の攻撃を受けていて、頬に切り傷がついたりしている。アドリアとヒルダ、ロスティラフが前衛だった二人の怪我の状態などを確認しているが、そんな中俺はオーぺに質問攻めにされていた。


「他に神を知る者ラーナーの魔法を知っているんじゃろ? どういうのがあった?」

 オーぺはかなり興奮したように、俺の襟首をどうやってるかわからないが掴んで前後に振る。羊に詰め寄られて、しかも案外腕力が強く俺は慌ててオーぺに落ち着くように話しかける。

「ちょっと、ちょっと待って。この状況でやることは、魔法を語ることじゃない……」


「そうですよ、オーぺさん。クリフには手伝ってもらわないと困るんですから……」

 アドリアが流石に見かねて俺たちのところにやってくると、俺の手を握って引っ張ってくれる。オーぺは少し残念そうな顔で俺を見ていたが、流石にここで邪魔をすると他のメンバーから何を言われるかわからないということがわかっているらしく……そのまま人喰い花マンイーターの死体を興味深そうに見学し始めた。

「助かったよ……ありがとうアドリア」


「あのまま喋ってたらボロが出そうですしね」

 アドリアが笑いながら、俺をアイヴィーの元へと連れていく。アイヴィーは怪我をしていたが、アドリアの治癒魔法でほとんど治療は終わっていて、俺をみると苦笑いを浮かべる。

「思ったより手こずったわ。私もまだまだね……師匠せんせいに知られたら大目玉だわ」


「怪我は大丈夫か?」

 俺の言葉に頷くアイヴィー。立ち上がるために俺に手を伸ばし、俺はその手を取って引っ張って立ち上がらせる。

「せっかく帝国にいるから、師匠せんせいにも稽古をつけて欲しいのだけど、どこにいるのかしらね……」

 セプティム……そういえば伯爵にも聞いたが、現在帝国の公務で忙しいとかって話だったかな。そういえば、ベアトリスさんとか、ジャクー、カルティスも帝国人だったっけ。ベアトリスさんはセプティムの奥さんになっているのだろうか、アイヴィーの話では美しい奥さんがいて、という話だったのでおそらくベアトリスさんなのだろうとは予想しているが。


「お父さんのところにいるときに会えるといいけどね」

 俺の言葉に、アイヴィーも頷く……もう何年も会っていない。魔法大学で刺突剣レイピアを贈ってくれた以降顔を見ていない。そういえば、帝国に来たら家族を紹介するって言ってたっけな……。

「小僧、そろそろ話をしたいんじゃが、少し気になることがあってな」

 オーぺが俺のところに歩いてくると、俺の手を取って人喰い花マンイーターの死体の場所へと引っ張っていく。なんだろうと思って彼が指さす場所を見ると……。

「なんだこれ……」


 人喰い花マンイーターの胴体に焼印がついている。しかも、山羊の頭を模した紋章のような形で、明らかに人為的に入れられていることがわかる。

「焼印……?」

 俺についてきたアイヴィーが訝しげな顔でその焼印を見ている。俺も同じような顔だ。

人喰い花マンイーターは普通ここまで大きくならんはずじゃ。この人喰い花マンイーターは人為的に飼育されていた可能性が高いな」

 オーぺの言葉に、俺はヒルダが倒した首掛けヘッドハンガーのことを思い出した。俺たちは死体をそのまま放置していて、細部までよく調べていなかったのだ。

「なあ、オーぺ。あなたと会う前に首掛けヘッドハンガーを倒しているんだけど、こういう場所なら絶対いる化け物なんだろうか?」

 俺の言葉に少しオーぺは何かを思い出すように考えるような仕草をすると……はっきりと否定した。

「いや、そういう話はあまり聞かないのう……別種の混沌ケイオスの生物が同じ場所にいるなどは考えにくい」




「さて、今日は食料をあの子にあげないとねえ……」

 何か重いものを引きずるような音を立てて、一人の少女が混沌峡谷ケイオスキャニオンを歩いている。魔法使いの帽子ウイザードハットから除く長い白髪。美しい造形とルビーのような赤い眼、仕立ての良い白と黒を基調とした女性らしい服装をした……混沌の戦士ケイオスウォリアーの第一柱カマラだ。左手には朝の袋が握られており、地面に引きずられている。袋の表面には、赤いシミのようなものがついており中にはなんらかの肉か何かが入っているように見える。

「戦争になればもう少し質の良いのが入るのにねえ……あら?」


 カマラがふと獣道の脇を見ると、焼け焦げた獣魔族ビーストマンや、戦って死んだであろう蠍人族スコーピオンマンの死体が転がっている。ここの谷にいる混沌ケイオスの眷属はしょっちゅう共食いや、内紛を起こしているためこう言った光景はそれほど珍しいものではない。が、数が異常に多いことに違和感を覚えている。

「今日は随分と激しく共食いをしているのかしら……もう少し間引きをしないと死体だらけになってしまうわね」


 違和感を感じるも、普段の共食いが激しくなっただけだ、と考え直しカマラは細い抜け道へと足を踏み入れる。ここには最近育ててちょうど良いサイズまで大きくなった首掛けヘッドハンガー……彼女はペーチャと呼んでいるが、魔物を飼育している場所があるのだ。

「ペーチャは女性が好きなのよねえ……今回は手に入らなかったから、もう少ししたら持ってこなきゃ」

 ずるりずるりと麻袋を引きずって洞窟を進んでいく……不思議な刺激臭と腐敗臭が彼女の鼻腔に感じられて、彼女は少し立ち止まってその意味を考える。


「この匂いは……ペーチャ? まさか……」

 慌てて走っていった先にあるペーチャの飼育場へと駆け込むと……そこには巨大な首掛けヘッドハンガーの死体が……横たわっていた。地面には黒い血が小川のように流れている。


「ああ……ペーチャ……まだ四〇歳くらいなのに……」

 目に涙をいっぱいに溜めたカマラは横たわる首掛けヘッドハンガーの顔を愛おしそうに撫でる。ピクリ、と首掛けヘッドハンガーの体が動き……それまで動かなかった誘引突起についている女性の頭がゆっくりと持ち上がる。

「マ……マ……いたい……おんな……にんげん……わたし……きられた……なかまたくさん……」

 口から黒い血と泡を噴き出しながら、女性の顔が泣き顔で口を開く。カマラはその顔を両手で愛おしそうに抱きしめると、そっと頬を撫でる。女性の顔がもう一度大きく震えると、顔が接続している管のような部分が力なく地面へと垂れ下がる。顔を地面へと置くと、カマラは肩を震わせて憤怒の表情を浮かべる。


「ペーチャ……痛かったわね……ママが仇を取ってあげる。匂いをたどって、必ず殺してあげる……」

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