159 金毛羊(ゴールデンシープ)
「これですかあ……皇帝陛下の御所望の品というのは……品じゃないですね」
目の前に金色に輝く羊が立っている……いや冗談ではなく本当に二足直立している。司令書の絵を見たときに俺は……羊の姿をした像か何かだと思っていたのだが、目の前の羊は生きている。何度か欠伸をした羊は、俺たちの顔を見て……少し考えるように首を返しげて……口を開く。
「ようやく、連れ出してくれる者が来たか……一年待ったんじゃぞ……最近の冒険者はなっておらんのお」
ん? 誰の声だ? と考えて仲間を見るが、誰も喋ってないというふうに首を振る。もう一度羊を見ると……少しイラついたような顔で鼻を鳴らすと羊が喋り出す。
「わしじゃ、わし。目の前のぷりちーな羊じゃよ」
「しゃ、喋ってる……羊が……」
俺が羊を指さして、みんなの顔を見ると全員しゃべってるなあ、という顔で羊を観察している。え、案外みなさん驚いてないんですね。ヒルダは可愛いものを見た、と言わんばかりの顔で金色の毛をした羊を撫でている。
「そりゃしゃべるわよ……彼
アイヴィーがなんで知らないんだ、と言わんばかりの顔で呆れたように俺に説明を始める。
帝国領と大陸の一部に生息している知的種族で見た目は金色の毛の羊だが、高度な知能を持っており帝国では案外有名な生き物だ。主食は草や菌類で、荒地などでも生きていける上に恐ろしく強い生命力と長い寿命のおかげで魔法研究などに従事している個体が多い。独自の言語体系を持っているが、大抵の個体は大陸共通語を話す。
黄金の毛が高値で売れることから、心ないものからの密猟対象となる為帝国皇室が公式に保護認定をしており、現在では皇都でしか見ることのできない唯一の生命体でもある。
「し……知らなかった……というか、アドリアも知ってたの?」
「当たり前じゃないですか、魔法大学の授業で出てましたよ? ……ああ、クリフがサボってアイヴィーと乳繰り合ってた時の授業じゃないですかね」
アドリアが馬鹿じゃないのか? と言わんばかりの顔で俺を見る……何度かサボってアイヴィーと市街地で遊んだ事があったので、多分そのときに授業でやってたのだろう。
「乳繰り合ってたって……そんな言い方しなくても」
アイヴィーが少し頬を膨らませて……アドリアに困ったような顔を向けている。そんな彼女の顔を見て、ふふんと悪戯っぽく笑うアドリア。
「あー、うん。そこの魔道士が知識不足、というのは理解した。で、お前さん方がわしを連れ出してくれるんじゃろ?」
「ああ、皇帝陛下の命令でね……まずは
俺が肩をすくめて……そう答えると、
「陛下直々の命令なのか? そりゃ随分と珍しいこともあるもんじゃな……まあ、いい。わしの名はオーペという。お前さんの名前は?」
「クリフ……クリフ・ネヴィルだ。俺は帝国人じゃなくてサーティナ王国出身だよ」
王国の名前が出た瞬間にオーぺは驚いたように飛び跳ねると、慌てて俺から距離を取る……。
「お前、未開の野蛮人か……サーティナ王国の野蛮人はわしらを肉としか思ってないのが多いからな……わしは年齢もそこそこ行ってるから、肉は硬くて美味しくないぞ」
「い、いやいや。しゃべる羊なんか食べる気にならないよ、いくらなんでも蛮族扱いはやめてくれ……」
疑わしそうな顔で……オーぺはヒルダの後ろに隠れる。すごい目で見てる……この歳で羊に疑わしそうな目を向けられる人生と送るとは思わなかった……。
「そっちの娘は……帝国人だな。赤い目をしているということは貴族か。それと
「はい、オーペ様。私はアイヴィー・カスバートソンと申します」
カスバートソンの名前がでた途端にオーぺの態度がまた変わる。アイヴィーがスカートを持ち上げるような動作で会釈をすると、それに合わせて頭を下げる。
「おお、じゃあ嬢ちゃんが
「
アイヴィーは少し驚いたようにオーぺに尋ねる。帝国では
「知っとるよ、
この羊……一体何歳なんだろう……。俺は少し疑問を感じたものの、ツッコミを入れても多分無視されそうな気がしたので黙って……楽しそうにオーぺを撫でるヒルダを見ている。
「オーぺさん、私はヒルダと申します。よろしくお願いしますね」
「こっちのわしを丁寧に撫でてる嬢ちゃんは……ジブラカンの王族か?」
その言葉にヒルダが驚いたように口を押さえる。俺は思わず……
「せっかちじゃのう……その肌の色と黒髪なんてこの辺りではジブラカンの王族くらいしかおらんのだぞ、本当にお主は無知じゃな……でもおかしいのう、王族はもう残っていないと思ったが」
オーペが呆れ顔……と言っても羊なのでよくわからないが……どうも口調から呆れているのがわかる。
「よくご存知ですね……失礼しました。オーペ様のご推察通り……私はヒルデガルド・マルグレッタ・ジブラカンと申します……その、私がジブラカンの王族であることは口外しないでいただきたく……」
ヒルダは姿勢を正して、オーペに頭を下げる。その態度が気に入ったのか、オーぺは笑う。
「気を使わせてすまんな、ジブラカンの姫よ。しかし……王家の末裔が残っているとは……驚きじゃな。ジブラカン戦役で滅びたと思っておったわい」
俺たちは武器をおろして……ため息をつく。少しヒルダの肩が震えている。そうだよな……ヒルダはこの大陸で最後の、ジブラカン王家の人間……もしかしたら逃げ延びたジブラカンの王族がいるかもしれないが。
「まあ、良いか。とりあえず詳しいことはここから出てから話そう。はよう連れ出してくれ」
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