158 首掛け(ヘッドハンガー)
「倒れろ! 倒れろぉおお!」
ヒルダは無我夢中で
効いていない訳ではない、とは思うがあまりに体が大きすぎてこの
怪物は鋏を持った腕を大きく振り上げて、威嚇するように振り上げて、円形の口を大きく広げて咆哮を上げる。こういう時どうすればいいんだっけ……ヒルダはここまでの旅の道中にロスティラフやロランたちが説明してくれた、立ち回りのことを思い出そうとするが、頭が真っ白になっていて何も思い出せない。
腕を大きく振るってヒルダへと攻撃を仕掛ける怪物。ハッと気がついて慌てて距離を取るが、腕が起こした風圧でよろける……。あまりの重量感と風圧により、ヒルダの頭に恐怖がはっきりと刻まれる。
『この攻撃に当たると自分は死ぬ』
ヒルダは恐怖から目に涙を溜めて、腰砕けになりそうな足を叩いて……必死に攻撃を避けていく。まずい、まずい、まずい何も思い出せない、あの時ロランはなんて言ったっけ……ロスティラフはどうすればいいって言ったんだっけ……全く、全く思い出せない。
「あ……う……ひっ!」
悲鳴ともつかない声を上げながら、ヒルダはおぼつかない足でなんとか腕の攻撃を避けていく。反撃、そう反撃をしなきゃ……。ヒルダは攻撃を避けつつ、
『相手が硬そうなら、この構えで体重を乗せて突く方がいいな』
そうだ、ロランが笑いながら話していた、剣の突き方……はこれだ。ヒルダは振われる腕を巧みにかわしながら怪物へと接近していき、裂帛の気合とともに
肉に
「うげぇえええっ! ゲホッゲホッ!」
距離をとった後に我慢できなくなって、地面へと胃の中のものを吐き出すヒルダ。しかし……私でも相手を傷つけることができる……攻撃は避ければいい、私が何度でも攻撃を当てられれば……こいつを殺せる。ヒルダの恐怖心が次第に治り、心の底に熱いマグマのような沸き立つものが湧き起こる。
怪物は痛みを感じているのかその場で何度か足踏みをするように苦しむと、触手の先についている顔が一斉にヒルダを睨みつける。
「たべる……たべる……たべる、おんな……おいしいから……」
全ての顔が発狂したかのように悲鳴をあげると、怪物は苦しそうな顔をしているヒルダへと突進してくる。動きはそれほど早くない……
「遅いっ!」
腕の攻撃を躱して、怪物の前足に向けてすれ違いざまに
ヒルダは距離をとって……油断なく相手の体を確認していく……そうだ、ロスティラフが言っていた……。
『相手をよく見て……生物である以上急所となる場所があります、それを探すのが大事です』
ヒルダは必死に相手の体を確認していく……その間も振われる腕を必死に躱し反撃しながら必死に探す。ふと……円形の口の上、触手の根元に大きな瘤になった部分が青くぼんやりと光るのを見つけた。
「もしかして……あそこが?!」
ごくりと唾を飲む……背中に回って、よじ登れば届くかもしれない。大きく息を吐いて……再び吸う。戦い方を教えてくれ、と話した時にアイヴィーは少し悩んだように、困ったかのように考えながら話していた。
『最後は勇気が自分を支えると思う。私も本当は怖いけど……死なずにあの人の元に戻りたいって思ってる』
恥ずかしそうな顔で、クリフを見つめて話していたアイヴィーの顔を思い出した。そうか……私は短い間だが、新しくできた仲間のもとに戻りたいって思ってる……兄のように優しいロランや美しいアドリアとアイヴィー。怖い笑顔のロスティラフの元に……ちょっと失礼な視線を向けるクリフの元に……ヒルダの口元に微笑が浮かぶ。
「平民……なんて言えないわね。クリフの旅に私も連れてってもう一度お願いしなきゃ……」
ヒルダが駆け出す……怪物が向かってくるヒルダへと腕を振るって攻撃するが、ヒルダは身の軽さを生かしてステップで攻撃を交わしていく。轟音と共に地面に穴が穿たれるが……ヒルダは怪物の足へとしがみつき……身を翻して背中に飛び乗る。視界の悪い怪物だ……背中までは攻撃も届かないだろう。
ヒルダは
「倒れろ! ……ぎゃあっ!」
肩口にいつの間にか忍び寄っていた顔が噛み付き、ヒルダは痛みで悲鳴をあげる。。ギリギリと食い込んでいく歯の痛みに耐えながら、何度も何度も
「いやああっ! 痛いっ痛いっ!」
足に腕に、脇腹に触手の先についていた様々な顔が噛み付く……あまりの痛みにぼろぼろと涙を流しながらも、必死に剣を突き立てて、歯を食いしばって耐えるヒルダ。ギリギリと食い込んだ歯がヒルダの肉体に傷をつけ……血が流れ出る。肉を噛み切られそうな痛みで、悲鳴と勇気を振り絞った叫び声をあげるヒルダ。
「ああああっ! 私だって……私だって冒険者なんだ! 私はみんなの元に帰るんだ!」
いつの間にかヒルダは地面に倒れていた。もう手が動かない……少しだけ気を失っていたのか、頭がぼうっとしてうまく働かない。顔を横に向けると、そこには巨大な青い血を噴き出す怪物が横たわって痙攣していた。
腕や足に噛みついた頭ももう動かない……倒せたけど、私はどうやって仲間の元に戻ればいいんだろう? 思考がうまく働かないヒルダの耳に誰かが走ってくる音が聞こえる。
「ヒルダ! お、おい大丈夫か! アドリア、早く治療を!」
心配そうなクリフの顔が視界いっぱいに広がる。ああ、私生きてるんだ……と実感が湧いて……ヒルダは堪えきれずにボロボロと涙を流してクリフにしがみついた。
「こ、怖かった……クリフ……怖かったよ……うぁああああああ!」
必死にクリフにしがみついて泣き喚くヒルダ。そんな彼女を優しく抱きしめて、頭を撫でるクリフを見て、仲間たちがやれやれ、という顔で見ている。
「こら、ヒルダ! 一人でいっちゃダメでしょ!」
アドリアが治療をしながら、ヒルダの頭をポンと優しく叩き……少し安心したように笑う。アドリアの顔を見て……涙を流しながら泣き笑いで答えるヒルダ。
「す、すごいわね……
アイヴィーが呆れたような顔で、
「回避の方法とか、教えなきゃダメだな。盾を持った方がいいだろう」
「本当にすごいな……ただ、一人で戦うのは勇気じゃないぞ、次はやらないでくれ」
クリフはヒルダの頭を優しく撫でながら本当に心配したんだぞ、という顔で注意する。そんなクリフの心配そうな顔を見て、ヒルダは涙を流しながら笑った。
「ごめんなさい……私、あなたの旅についていきたいって思って……でも、もう心配をかけるような無茶はしないね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます