157 暗闇に浮かぶ顔
「しかし……こんな場所でよく寝れるわ……図太いんだか……」
ヒルダは見張りを続けながら……すでに寝息を立てている
「我々は慣れてますからな……そのうち慣れてどこでも寝れるようになりますよ」
「そうなのね……ねえ、ロスティラフってどうしてクリフたちと一緒にいるの?」
ヒルダは見張りを途中で切り上げて……自分の分の弓矢の確認をしているロスティラフに話しかける。ロスティラフは作業の手を止めずに……話し始めた。
「クリフ殿が一緒に来ないか? と言ってくれたからですよ。私は
ロスティラフは作業の手を休めると、懐かしそうに目を細める。
「彼は……信頼できる人間です。アドリア殿も口ではよくああ言ってますが……彼を心から信頼していますし、アイヴィー殿もそうです。私も彼と一緒に旅をしていて、良い御仁だと思っておりますよ」
「アイヴィーとアドリアって……その……クリフの恋人……よね? どうしてお互い信頼しあえてるの?」
ヒルダは少し恥ずかしそうな顔でロスティラフに尋ねる……ロスティラフは、おや? という顔でヒルダを見て……少し考えるような仕草をした後に口を開いた。
「私は
ヒルダが望んだ答えではなかったようだが……何となく理解したのか納得したのか、その後は再び焚き火を見ながら、ロスティラフの隣に座って口を開かずに
何時間経過しただろうか? ふと……ヒルダは洞窟の奥から誰かに見られているような感覚に陥り、隣で少しうとうとしているロスティラフを軽く叩く。叩かれたことですぐに目を覚まし……ロスティラフが頭を何度か振って睡魔を飛ばそうとしている。
「……誰かいる……」
ロスティラフも警戒して、
「……こっち……」
暗闇から声がする……大陸共通語? とヒルダが訝しげな顔で暗闇をじっと見つめると……暗闇の中に顔が見える。年若い女性の顔だ。苦しそうに顔を歪めて……目に涙をいっぱいに溜めてヒルダを見ている。
「誰……? こんな場所で何をしているの?」
顔は暗闇に溶け込むように……消えていく。ヒルダは少し悩んだ後、パーティ共用の袋から携帯用の松明を取り出し……焚き火に当てて火を移すと、ロスティラフに声を掛ける。
「みんなを起こして、私は先に追いかける。すぐに来て」
「ヒルダ殿、いけない一人では……」
ロスティラフの制止も聞かずにヒルダは一人で洞窟の奥へと松明を持って歩いて行ってしまう……慌ててロスティラフが仲間を起こすも、すでに松明の明かりは見えない。
「こっちの方ね……」
松明を掲げて、洞窟を進んでいくヒルダ。洞窟は一本道だが、恐ろしく畝るように続いており、後ろを振り返っても追いかけてくるであろうクリフたちの松明の明かりは見えない状況だ。足元も悪く転んでしまいそうだったので一旦
ふぅ、と息を吐き出す。ジメジメした空気の割に少し冷えたような感覚があり体が震える。冒険者になりたいと思っていた子供の頃の憧れと違って……今の状況はとても不安で怖い。
「こっち……こっちへ……」
ヒルダが引き返そうと考えるたびに、暗闇にあの女性の顔が浮かび……ついてくるように懇願する。時折別の男性や、子供の顔も浮かんでは消えていく。これは……おかしい、とは思うがすでに結構な距離を進んでしまっている。今から戻って、再び合流して戻る前にあの女性の顔がどこかへ行ってしまう気がして……結局進んでしまっている。
「こうなったら……最後まで付き合ってやるわよ。私だって
勇気を奮い立たせて、ヒルダは歩みを進めていく。洞窟が次第にひらけていき、開けた空間へとでた。周りを見ても暗闇で、松明を掲げるも壁のようなものは見えていない。
相当に広い空間なんだろうか? ヒルダが少し立ち止まって周りを観察していると、再び声が聞こえる。
「よう……こそ……わたしの……いえへ……」
女性の顔が暗闇に浮かぶ……悲しそうな顔だが、暗闇をふわふわと動き回っている。その動きを見て人間じゃない! とヒルダが気がつき弓を構えて、矢を番る。
「あなたは誰?! 何者か!」
ヒルダの声に反応して、ふわふわと漂っていた女性の顔がグニャリ、と笑う。あまりに不気味な笑いに心臓が早鐘のように脈打つ……そしてこの笑顔には見覚えがある。あのラプラス家からの使者と名乗ったあまりに不気味な女……アルピナの笑顔に似ているのだ。
「わたし……? わ、たしは……わたし、あなたもあなた……」
ぐりぐりと目が見当違いの方向へと動くのを見て、全身が総毛立つヒルダ。こいつ……人間どころか……まともな生物ですらない? その顔がつながっている首がぼんやり見えるが恐ろしく長い……まるで白い管のように暗闇の奥へと伸びている。
白い首の先を目で追っていくヒルダ……だが暗闇の先に、何かが蠢くような息遣いだけが響いていることに気がつく。何か灯りを……。
「こういう時は……
アドリアが練習用にと、戯れで教えてくれた簡単な魔法……空間の一部に固定してぼんやりとした灯を灯す魔法。ヒルダは目の前の空間に
そして魔法が届いた瞬間に見えた巨大な物体を前に、ヒルダは体を硬直させて恐怖で動けなくなった。
その首は……白い管のようなもので巨大な頭から伸びていた。管は複数あり、その先には老人や子供……男性も女性の顔が接続されている。
巨大な生物の頭は蛭を巨大化させたようなぶよぶよに膨らんだ形状をしており、細かく牙の並んだ円形の口だけが開いている。そして体には大きな鋏のついた腕と、体を支えている四本の爬虫類のような足と尻尾が生えている。
その怪物の表皮は青白い色をしており、ところどころに瘤のように膨らんだ何かがある。
警戒しているのか、荒い息遣いでキョロキョロとあたりを見回している。どうやら……目がないのかヒルダの方向ではない方へ顔を向けたりしている。
「あ……あ……う……」
ヒルダはあまりに巨大な怪物の冒涜的な姿を見て、全身が凍りついたように動けない。背中を冷たい汗が濡らしていく。足が震える……なぜ自分は一人で来てしまったのか……こんな、こんな巨大な化け物をに遭遇するとは……。
口がカラカラに乾いて、恐怖で歯がカチカチと鳴っている。怖い、怖い、怖い……歯が鳴るのを止められない。城が攻められて、自分が立場上死ななければいけない、と思った時よりも怖い、誰か……誰か助けて。
その時、触手のように伸ばしていた管の先にある老婆の顔が、ヒルダを見て笑いながら口を開く。
「こ、こ、こんにちは、あなた……とても……おいしそう……ね」
耐えきれずにヒルダは大声で悲鳴をあげて弓を引き絞り、矢を放った。
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