147 孤城落日(ドゥームズデイ)

 俺たちが中庭にいるときに突然、門番の警戒の角笛が鳴り響いた。


「な、なんだ?!」

 中庭から城壁が崩れた場所へと移動し……城の正面をみると……城の前にある平地に軍隊が集結しているのが見えた。旗は……紅に双頭の鷲の紋章が金で描かれた大旗……色でわかる……帝国軍の旗印だ。

「帝国軍!? なんでこんな場所に……!」

 ジブラカン残党は慌てて城の門を閉じているらしく……城全体が微振動をしている……その時、アイヴィーと決闘をしたアンデルベリが斧槍ハルバードを片手に中庭に駆け込んできた。

「クリフ殿、皆さま! パウル様がお呼びです! 謁見の間へお願いします!」

 俺たちは荷物と武器を持って……謁見の間へと急いで走り出す。その間もこの城のジブラカン残党は上へ下への大騒ぎとなっている……非戦闘員、老人や女性、さらには子供が悲鳴をあげて、城の中枢へと走っていくのが見える。




「おお、来ましたか! 帝国軍が迫っております!」

 パウルは謁見の間に走り込んできた俺たちの顔を見て、ほっとしたように口を開いた。アンデルベリを使いに寄越したことで、逆に揉め事になっていないか心配になったのだろうが……彼はきちんと自分の役目を果たしていた。

「パウルさん! 帝国軍です! 早くこの城から逃げ出さないと!」

 俺の言葉に、パウルはそっと笑って……首を振る。驚きのあまりに固まる俺たちを見て、彼は口を開いた。

「私や……この城で長く暮らしたものは、山賊の真似事をしながら生き延びてきました……わかっていたのです。もはや故国を復興させることなどできないと……。でも縋ってしまった……だから皆様はこの謁見の間を出てからすぐの階段の脇に下水道につながる道があります。そこからお逃げください……そしてもう一人……」


 そこへ、息を切らせてヒルダが完全武装で走ってきた。

 俺たちと会った時と同じ……革鎧レザーアーマーを着込んでおり、腰には小剣ショートソードを刺している。そして背中にはこれまた作りの良さそうな短弓ショートボウと、たくさんの矢が詰められた矢筒を背負っている。

「パウル! 私も戦うぞ! 帝国軍と差し違えて、私達ジブラカン王家の最後の意地を見せる……って貴様ら……」

 ヒルダはそこに俺たちもいることに気がついて……少し驚いたような顔をしている。

 が、すぐにパウルに詰め寄ると……悲しそうな顔のパウルに、非常に緊張した顔で恐怖を感じて震えながら……ヒルダは口を開く。

「私も……王家の末裔だ! ここで戦わずに逃げるわけにはいかぬ……せめて住民だけでも逃す手筈を……」


「姫様、この城からお逃げください」

 パウルがヒルダの顔を見ずに……そっとつぶやいた。その言葉に……何を言っているかわからない、という顔で……彼の肩を揺さぶる。

「な、何を言っているのだ! パウル! 今まで私に王の勤めを、と言い続けてきたではないか!? 私は……私は今こそッ!」

 パウルは本当に申し訳なさそうな顔で、彼女に向き直り……ヒルダの手をそっと退け、彼女の肩に、自らの両手を乗せて彼女の目を見つめて話し始める。

「姫様、自由になりなされ。私があなたを王家末裔として育てて……本当は、そうするべきではないと分かっていたのに、私たちの理想や妄執を押し付けてしまった……私は……ダメな老人なのです……」

 ヒルダは……口をぱくぱくと動かして、だが言葉にならない呻きのような声を出している。パウルは俺の顔を見つめて、そっと頭を下げた。


「クリフ殿、姫を……ヒルデガルド様をお願いします。ヒルデガルド様は本当は世界を旅して回りたい、と思って……この老人の最後の願いです。あなたには迷惑かもしれませんが、姫に世界を見せてあげてください……そして普通の女性として、王家の復興とか、復讐などを忘れた生活を与えてください」

 俺はパウルの目を見て……この老人が心の底から、本当にこの少女のことを案じているのだ、と理解した。そして、心の底でずっと負い目を感じて生きてきたのだろう。彼女が本当に望んでいない王女という役目を押し付けてきたという負い目を。


「納得できるか! 私は王女たれと育てられてきた! ここは私の生まれた場所だ! お父様もお母様もここで死んだ! だからッ!」

 ヒルダはいつの間にか涙をボロボロとこぼしながら叫んでいる……パウルはそんなヒルダの頬をそっと撫でると優しい笑顔を見せる。

「もう自由に、自由に生きてくだされ。私はここにいる夢見る竜ドリームドラゴンのクリフ殿を、短い間だけですが見て話をして、信頼できる御仁だと思いました。あなたを託すのに相応しい男です。だからもう、

 パウルがそっとヒルダの肩から手を離し、俺の顔を見つめる……俺は彼の望むように行動した。俺は無理やりヒルダを押さえつけて……引っ張っていく。彼女は必死に叫んで抵抗しているが……細身の彼女が俺の腕力にかなうわけもなく、謁見の間から引き摺り出されていく。俺は最後にパウルの顔見て、頭を下げると謁見の間から仲間とともに走って出ていく。

「嫌だ! 私は、私はジブラカン王国最後の王女だ! 私の居場所を……ッ! 私はァッ! いやぁあああッ!」


 声が遠くなっていったのを聞いて、パウルは少し自重気味な笑顔を浮かべて笑った。

「この年で帝国軍と再び戦う機会が巡ってくるとはな……もう剣もまともに振れぬというのに」

 剣を抜き……何度か素振りをすると、下の階から喧騒がだんだんと近づいてきている。おそらくもう帝国軍は城内に侵入して、ジブラカン残党は駆逐されつつあるのだろう。

「人生で二回も滅びの屈辱を味合わされるとは、我ながら皮肉な人生だな……」

 パウルは……往年の戦士としての表情を浮かべて、両手を大きく広げ剣を片手に帝国軍を待ち構えていた。




「フハハ! 全部鏖殺みなごろしだ! 鏖殺みなごろしだ! 女子供も容赦するなよ!」

 女王連隊クイーンズを指揮するハーヴィー連隊長は笑いながら、目の前で震えていた老人を手に持った三日月刀シミターで斬り伏せる。

 周りでは女王連隊クイーンズの兵士が、山賊を数で圧倒し一方的な虐殺劇を繰り広げていた。容赦なく、そして無慈悲に。


 悲鳴をあげて逃げ惑う女性をスピアで突こうとした若い兵士が、彼を見つめる目の前の女性が涙を流して震えながら首を振っているのを見て戸惑う。

「た、助けてください……お願いします……」

 その言葉に戸惑う彼の肩に別の手が載せられる……ハーヴィー連隊長が笑顔でその若い兵士に語りかける。連隊長の顔を見て、ギョッとしたような表情を浮かべる若い兵士。


「どうした……お前は栄光ある女王連隊クイーンズ……帝国軍兵士だろう? 敵は無慈悲に、徹底的に殺せと言われなかったか? このようにな」

 ハーヴィーの手が彼が持っていた槍に添えられると、無理やりに力を込めて震える女性に槍を突き刺した。悲鳴とともに、女性の体へとスピアが突き立てられる感覚が手に伝わる。ハーヴィーはスピアをわざとかき回すように回し……女性の苦痛を楽しむかのように笑い声をあげる。手の動きで女性に余計な苦痛を与え……女性は血まみれになって悲鳴をあげ続け……苦痛と絶望の表情を浮かべたまま死んだ。

 しかしハーヴィーはスピアを若い兵士に手放させずに、さらに女性の死体へと何度も突き立てる。

「こうやるんだ! ……なあ! フハハッ! こういうふうに殺すんだ! わかるか?! 楽しいな! フハハハッ!」


 その様子を見ていた下士官が……あまりの悲惨さに目を背けている。これは虐殺と言ってもいい……しかも一方的だ。しかもこの女王連隊クイーンズを率いる連隊長、ハーヴィーは帝国最強の剣聖ソードマスターであるセプティム・フィネル子爵の実の弟だ。

 冒険者家業に身を窶して、もなお剣を磨き続けて最後には紅の大帝クリムゾンエンペラーお抱えの剣聖ソードマスターという立場を得た高潔な兄と違って……ハーヴィーはその残虐性と、貴族主義の性格で知られる……全く真逆の性格であった。

 震えながらスピアを手放してへたりこむ若い兵士を見てなおも笑いながら、ハーヴィーは一人ほくそ笑む。


「さて、最後はここを派手に破壊して我々は不当なる反乱軍を撃滅せしむ、と報告するか……簡単な仕事だったな、実に簡単だった」

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