146 女王連隊(クイーンズ)
「では交渉を開始しますか……」
簡素なテーブルを囲んで……ヒルダとパウル、そして俺たちが座っている。二人の顔は暗い……まあ、今から退去するための話をするわけだから仕方がない。
目の前に……お茶が出される。俺はカップを持ち上げて、匂いを楽しむような仕草で嗅ぐ。これは冒険者生活で覚えた、薬物の混入を調べる方法の一つなのだが、無味無臭の毒などもこの世界には存在しているので、もし彼らがここで俺たちを殺そうとするのであれば……もうその時はどうしようもない。ということで一口だけ口に含むと……芳醇な茶葉の香りを感じられる。
「美味しいですね。いい茶葉を使ってるんでしょう」
躊躇なくお茶を飲んだ俺を見て……パウルが少し驚いた顔をしている。普通は暗殺の危険性も感じて、飲まない人間の方が多いからだ。そんな俺の顔を見てヒルダが少し寂しそうに微笑むと口を開く。
「クリフ……殿、我々は行き場所がない。ここの退去は決闘に負けたから仕方がない。だが……」
その言葉を俺は手で制すると……疑問に答えるように口を開く。
「少し考えてたんですが……俺の知り合い……大荒野の
その言葉に仲間が慌て始める。
「お、おいクリフ……いくらなんでもそれは……」
「ちょっと待ってください、
ロランとアドリアが流石に焦ったように俺に詰め寄る。ざわつく仲間を見て……パウルとヒルダがなんのことだろうという顔をしている。二人で顔を見合わせた後、不安そうな顔でヒルダが口を開く。
「
「大荒野で研究をしている……洞窟に住む
その言葉にパウルが流石に呆れた顔で怒り始める。
「ま、魔獣の餌にでもするつもりなのか?!」
「いえいえ、
そこまで話すと……パウルが少し考え込み始めた。俺の意図を簡単に伝える。……例の
なんせ……俺たちは
五〇年も廃棄されてきた城に滅んだ王国の残党がいた、が俺たちが説得しそこから出てもらうことにした。ついでなのでデルファイの放棄された村へ入植してもらう。だから帝国領からは出ていくし、迷惑もかからない。
これならまあ辻褄は合うだろう。
「山賊行為を行なっていたのは流石に見咎められると思うので……数人身代わりを立てて服役をしてもらう必要があると思いますが……
悩み始める二人……生まれ育った場所を捨てて、大荒野……一般的には危険すぎて人が住みにくいとまで言われている場所へ行くと言われて、即断できるような人は少ない。
「少し考えさせてもらっていいか? 検討をしてみる……」
二人が少し暗い顔で、俺たちをみる……俺は頷いて、中庭に仲間を連れておりていく。
「また……無茶苦茶な提案しますねクリフは……」
中庭に降りて腰を下ろしたあと、アドリアが流石に呆れたような顔で俺に話しかける。
「いい提案だと思ったんだけどなあ……そう思わない?」
アイヴィーもアドリアも顔を見合わせて……苦笑している。ロランとロスティラフも似たような顔をしている。
「まあ……
「馴染んでもらうしかないだろうなあ……ジブラカン王国は滅んでいる。キールの住民は古い王家が戻ってきたところで……受け入れないと思うんだ」
これはもう歴史の必然というやつだ。古い王家が打倒され、その時よりも生活水準が良くなったとしたら? 不満を感じていた住民も次第にその不満を薄れさせていく。そして気がついたら『昔そんな国がここにはあったな』という認識になっていく。そんな時に古い王家が復活し、再度元に戻すのだ、と宣言したら?
住民は今の生活水準を捨てて、古い王家の復興に力を貸すとは思えない。損をしたくない、今の生活を壊されたくはない、そう思うのは人間の根底にある心理だからだ。
下手をするとジブラカン残党はキールの住民からも攻撃を受ける可能性すらある。残党はそんなことは思わないだろう、いや考えつきもしないはずだ。
だから今の状況や、ここに残っているヒルダ達の立場は非常に危険すぎる。
できることは古い蟠りや、思いを捨てて新しい土地で再度やり直す。これしかない。
残念だが、戦役が集結して一〇年程度なら再起の芽はあっただろう。古い王国が滅びてしまった絶望や、怒りが国民、住民の同情を誘えただろうから。
でもすでに五〇年経過している……人も代替りをしていて、今の生活に慣れてしまっている。今の生活を脅かす古い体制はどう人の目に映るだろうか?
だから、この土地を離れて、人によっては蟠りを捨てて再出発するしかないのだ。
「冷静に……判断して欲しいな」
クリフたち……いや城にいる誰もが気がついていなかったが、城を遠巻きにした場所に帝国軍の鎧を着た一団が待機していた。その数は約二〇〇〇人。キールへと派遣されていた帝国軍の一団だ。
「廃城から炊事の煙が立ちのぼっていますね……ここに近くの住民から聞いた、例の山賊の一味が住み着いているのは間違いないようです」
帝国軍下士官……これは兜に赤い羽を差していることで判別ができる……が上官となる男性に報告をする。報告を受けた男性は……薄く笑うと、栗色の髪に、藍色の目を輝かせて目の前にあったワインを一気に飲み干した。
彼の服装は帝国軍士官といえども非常に装飾が豪華であり、この格好だけを見ても彼が帝国貴族に属する人間であることがわかる。
「ふーむ……まさか帝国辺境に飛ばされたと思えばこのような手柄を立てる機会に恵まれるとはな……あの兄には出世では負けてしまったが……これを機に中央へと戻るきっかけになるやもしれんな」
男は立てかけてあった
「閣下……我らが
ハーヴィーと呼ばれた栗色の髪の男性は、並んだ下士官を見回して、心のうちに潜む残虐な本性の一端を見せつけるかのように歪んだ笑顔を浮かべると、よく通る声で居並ぶ下士官へ命令を下す。
「我が
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