144 神聖なる決闘(デュエル)

「パウル……彼らは私の客人だ……まずは話を聞いてほしい」


 ヒルダはこれまたボロボロの椅子にゆっくりと腰を下ろすと……パウルと名乗った完全武装の老人にそう伝える。俺たちは敵意がないことを示すように、跪いて一礼する。

「私はサーティナ王国出身の魔道士クリフ・ネヴィルと申します。この夢見る竜ドリームドラゴンのリーダーです」


 俺を値踏みするようにパウルは俺を見ると、口を開く。

「我々は世の動きに疎く……申し訳ないが冒険者の名前はよくわかっていないが、その横にいる娘は帝国人、そして戦士は聖堂戦士団チャーチのものだな……」

 憎々しげに二人を睨みつけた後に、アドリアとロスティラフを見て不思議そうな顔で……このチグハグなメンバーに疑問を持ったようだが、視線を再び俺に、というよりはアイヴィーとロランを視界に入れないようにしつつ、彼は続けた。


「私は五〇年前……キール陥落の戦いに参加していた。だからあの日のことは昨日のように思い出せる……祖国が滅びたその瞬間もな」

 悲しそうな顔でパウルは目頭を覆う……少し芝居がかっているようにも見える。おそらくだがこの人はそうやって、昔を懐かしむように生きてきたのだろう。一部の山賊……いやジブラカン王国残党は同調したかのように悲しそうに目を伏せる。

「ところでお前たちはこの新生ジブラカンの城へ何しにきたのだ?」


「私たちはキール……今は帝国の一地方都市になっていますが、冒険者組合ギルドから依頼を受けてここにきました。廃城に住み着いた山賊を撃退、もしくは退去させろ、と」

 その言葉に周りのジブラカン王国残党たちが一斉に剣や槍を構える……まあそうなるよね。俺たちは敵意がないことを示したが、武装解除は拒否している。ヒルダを説得して彼女に承諾させたからなのだが、ここで彼女が暴発を止められない可能性も加味した上での選択だった。本来であれば……こんなことは許されないが、なぜかヒルダはしてくれた。


「やめろ! 私の客人だといっただろう!」

 ヒルダの怒号が響き、困惑したような顔でパウルをみるジブラカン王国残党たち。パウルも少し悩んでいたようだったが、形式上でも主君であるヒルダの命令には逆らえず……手で合図をすると彼らは武器を下ろす。

「ありがたい。私としては皆さんを相手に戦っても殲滅するのは容易なのですが……荒事は避けたくてですね。できれば穏便に城から退去していただけると助かります」


 俺の言葉は……本気も本気、大真面目だ。はっきりいえばこのメンバーならこの城に残る山賊ごときは簡単に殲滅できる。多少苦労しそうなのが数名いるが、それでも戦闘能力の差は歴然としている。誇りを傷つけられたのかパウルが怒りで震えながら俺に尋ねる。

「この城に残るジブラカンの戦士……勇士を相手に、その人数で勝てると?」


 俺は黙って頷く……そしてパウルをじっと見つめる。俺は嘘は言っていない……引いてくれればお互いが助かる。そんな意味を込めて。

 しばらく俺とパウルは見つめ合い……ため息と共に、先に折れたのはパウルだった。


「どうやら本当のようだな……お前の目は嘘を言っていないし……そこの帝国人の娘、聖堂戦士団チャーチの戦士は、いつでも動き出せるように殺気に溢れている……しかも歳に見合わず歴戦の戦士だな。他のものもそうだろう……」

 ジブラカン王国残党が動揺したようにざわめき始める……パウルの言葉が信用できないのか、数人が口々に騒ぎ立てるが、パウルの手が彼らを抑えると、騒ぎ始めた彼らは不満があっても黙るしかない。文句や不満を口にしているが、それを無視するかのようにパウルは恭しく頭を下げながら、椅子に座って所在なさげなヒルダへ向き直る。


「姫様。ただ、我々が何も行わずに退去するなど、ジブラカンの、そして五〇年間雌伏を続けてきた誇りにかけて許容できるわけではありませぬ。先日のラプラス家との約定もございます。ここはどうでしょうか? 古の法に乗っ取って決闘などを催してみては」

 パウルはヒルダへ頭を下げながら、そのような提案を口に出した。

 確かに……黙って退去したとなるとジブラカンの旗印のもとに集っているジブラカン王国残党は何をするかわからない……その暴走を防ぐにはガス抜きが必要だからだ。

 そして言葉の端に出た『ラプラス家との約定』という言葉……その言葉に引っ掛かりを感じたものの、今はそこを追求する時間はないと判断し、俺はその言葉を流す。


「では私たちジブラカンの代表と、夢見る竜ドリームドラゴンの代表者で決闘を行い……その勝敗に我々の命運を委ねよう。それで良いか? 魔道士……クリフ殿」

 俺は頷く。それで無駄な戦闘……しかもどうみても一方的な殲滅戦を避けられるなら安いものだ。はっきり言って一方的な殲滅戦なんか冒険者のやる所業ではないからだ。

 見たところ、非戦闘員もこの城には存在している……彼らを手にかけてしまったら。俺は冒険者として誇れるのだろうか? という迷いもあった。俺はこの世界に来てから自分に誇れないような仕事はしてきていないつもりだ。暗殺とか、民衆への弾圧など少しでもそういった空気を感じた依頼は全て断ってきている。

 そんな俺を見て、ロスティラフが彼も俺の意見に同意なのだろう……口元を歪めて微笑を浮かべて、何も言わずに目を閉じているだけだった。


「クリフ、いいのか? 決闘に出る人間に全てがかかってしまう」

「そ、そんな勝手に決めて……決闘に負けたら私たち、大変なことになりますよ?!」

 ロランとアドリアが少し不安そうな顔で俺に話しかけてくる。俺は二人に頷くと、黙って跪いているものの戦いたくて仕方がない、という顔をしている彼女を見て、思っていることを口に出す。

「大丈夫……こっちには俺たちが信頼する最強の剣士……剣聖の弟子がいるんだぞ。そんじょそこらの山賊なんかに負けるわけがないさ」

 そう言ってアイヴィーを見ると……その視線に気がついた彼女は、俺に笑顔で笑い『任せろ!』と言わんばかりのジェスチャーをしている。

 そんな中パウルが宣言を行う。朗々と、そして誇り高い戦士としての宣言だ。


「では、中庭で決闘を行う。これはジブラカンの法が定めた神聖なる決闘だ。勝敗、生死……敗者となったものは恨みを忘れ……約定を交わすことになるだろう」

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