142 最高の仲間と共に
「この卑怯者ども! 私を今すぐ解放しろ!」
縄に繋がれた……お姫様、ヒルデガルドだったっけ? を伴って俺たちは山賊……いや、ジブラカン王国の残党が待つ城へと移動している。そのほかの山賊は運ぶことが難しいため、一旦魔獣よけの薬を撒いた場所で縛り上げて眠らせてある。依頼が解決した段階で、回収しにいく事にしよう。
「なあ、お姫様……ヒルデガルドって言ったっけ? ジブラカンという王国自体はもう五〇年も前に滅んでいるんだけど……どうやって生き延びてきたんだ?」
俺は素直な疑問を感じて……立ち止まってお姫様に尋ねる。いくらなんでも五〇年間残党が放置されてきたのは何かあるに違いない……と思ったからだ。
「お前らに教える義理などない! 今すぐ解放しないと仲間がきてお前らなんか○△■X……!」
罵詈雑言が聞くに耐えないレベルになってきたため、質問を打ち切って再び歩き始める。あ、っとそうだ、流石にこの状態で引っ張っていくと残党の心象が悪そうなことに気がついたので、ロスティラフに合図をして……彼は頷くと、姫様を肩に抱えるようにして持ち上げる。お尻が進行方向……ロスティラフの後ろにはロランが後方警戒をしているので、姫様はロランの顔を見ながら輸送される事になる。
「ひぁあっ! き、貴様王族たる私を物のように持ち上げおって! 死刑だ! 死刑にしてやる!」
ロスティラフは彼女がぎゃあぎゃあ騒いでるのに耳を貸さずに、歩き始める……こういう時はロスティラフに任せるに限る……彼には悪いことをしてしまったので、あとでエールを奢ってあげよう。
さて、歩きながらロスティラフや俺たちが聞く耳を持たないと理解したのは物の一〇分程度で姫様は大人しくなった。しかし……目の前に
「貴様、あの金に汚い
ヒルデガルドはロランへの侮蔑をこめた目で睨みつけると……いいことを思いついた、という顔をしてロランへと囁く。
「おい、お前今の主人に雇われている金額の二倍私が払うから、こいつらから私を逃がせ」
ロランは何を言い出しているんだ? と理解に苦しむ顔で彼女を見つめる。その表情を勘違いしたのか、ヒルデガルドは得意な顔で続ける。
「お前ら
その言葉にロランがカチンときたのか、凄まじい目で彼女を睨みつける。あまりの迫力のヒルデガルドは自分が虎の尾を踏んでしまった事に今更ながら気がついた。
「なあ、姫さん。ジブラカン戦役はもう五〇年も前だ……俺も生まれていねえ。今更滅びた国の復興なんか……意味がないだろ」
ロランは怒りを抑えるように目を伏せて……吐き捨てるように呟く。その言葉に今度はヒルデガルドが噛み付きはじめた。
「貴様意味がないだと!? 正当な王家の復興に意味がないというのか!」
暴れ始めた彼女に困り果てたロスティラフが、助けを求めるように俺を見る。流石に見ていられなくなって……俺が横槍を入れる事にした。
「……お姫様。ロランは俺たちに雇われているわけじゃない。冒険者の仲間には主従関係なんかないんだ。俺の仲間に……これ以上暴言を吐くなら、ここで捨てていくぞ。もちろん魔獣よけの薬なんか無しで、だ」
この世界で相手を殺す、という意味になる言葉がいくつかあるのだが……『魔獣よけ無しで捨てていく』は結構えげつない言い方だ。魔獣よけの薬を撒かずに放置された人がどうなるか? 狩もせずに肉が落ちている……とわかったら、そりゃあ助からないよね。
ということで俺の脅しは……ヒルデガルドを顔面蒼白にし……彼女は少し震えた後に押し黙ってしまった。その様子を見て……流石に言い過ぎだと思ったらしく、小声でアイヴィーが俺に囁く。
「クリフ……流石に言い過ぎだと思うのだけど……相手はまだ一五〜一六歳歳くらいの女の子なのよ?」
まあ……そうだな。あとでフォローを入れてあげる事にしよう。俺はアイヴィーの言葉に頷くと……ため息をついた。
城までもう少しかかる、というところで夜になってしまった。俺たちは野営の準備を進めながら……とは言ってもヒルデガルドをそのままにするわけにもいかず……ロランに彼女と山賊たちの見張りをお願いしつつ準備を進めている。
山賊たちは……木に縛り付けているので、まあ動けないだろうが。
「手伝いたいんだけどなあ……まあ仕方ないか……」
ロランはため息をついて、ずっと黙ったままのヒルデガルドを見る。彼女はクリフに脅されたあと、本当に傷ついてしまったようで、ずっと下を向いて座り込んでいる。
「お姫さん、喉乾いてないか?」
ロランが差し出した水筒を見て……少し疑うような視線で彼を見るヒルデガルド。その目を見て……大丈夫と言わんばかりに笑顔を浮かべるロラン。
「……感謝する……」
ヒルデガルドは野営準備中に自由にしてもらった両手で水筒を受け取ると、中の水を飲み始めた。もちろん胴体には縄が付いており逃げられないようになっているのがわかっているのか、そういった仕草は見られない。
相当に喉が渇いていたのだろう……夢中になって水筒の水を飲んでいるヒルデガルドを見て、ロランが微笑む。
「貴様……どうしてあのような凶暴な魔道士に仕えているのだ……ってやめろぉ!」
ひと心地ついたのか、ヒルデガルドが水筒を抱えたまま呟く。その言葉にロランが笑って……ヒルデガルドの頭をくしゃくしゃ、と撫でる。乱れた髪を一生懸命に手で直しながら……ヒルデガルドはロランを見上げる。
「楽しいからだよ、クリフや他の仲間と一緒にいるのがな」
「楽しい? 危険な旅を続けることのどこが楽しいのだ?」
「ああ……俺たち
ロランはヒルデガルドの疑問に答えるように、彼女の横に腰を下ろして……
よく彼自身も大荒野で子供相手に冒険譚をねだられることがあり、その時のように語って聞かせている。
「
ロランは冒険譚を語るときに、とても楽しそうにヒルデガルドに笑顔を見せていた。あまりに無邪気に笑うロランを見て……ふとヒルデガルドの頬に朱がさす……それに気がついたのか、彼女は両手で頬を覆うと……下を向いてしまった。
「どうしたお姫様?」
「……ヒルダ」
「へ?」
「私のことは姫とか、ヒルデガルドとかでなくて……ヒルダで良い。……その代わりお前のこともロラン、と呼ぶぞ」
ヒルダは拗ねたような顔で、水筒をロランへと突き返す。
「ロラン、水をありがとう。助かった、礼を言う」
「ああ……?」
ロランは訳がわからない、という顔をしながら……水筒を受け取る。何か悪いことでも言ったかな? と思い返してみるが、特にそんなこともなかったな、とロランは思いつつ……仲間たちが野営の準備をテキパキと進めていくのを眺めて……改めて暇だな、とため息をついた。
その後もヒルダは下を向いたまま……決してロランの顔を見ようとはしなかった。
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