141 ヒルデガルド・マルグレッタ・ジブラカン

「姫様! キールからきた冒険者のようです!」


 部下の一人が、城から出て偵察作戦を指揮しているヒルデガルド・マルグレッタ・ジブラカンこと、通称ヒルダへと報告を行う。ヒルダには現在一〇人の山賊もとい残党兵が付き従い……この偵察作戦に従事している。老パウルは城に残し……まあ平たくいうと、お忍びで外に出てきている。

 ちなみに早い段階で五人組の冒険者グループは、新生ジブラカンのメンバーに発見されており……その動向を確認しにきた、という状況なのだ。

 望遠鏡……これもジブラカンの装飾が施された美術品としてもかなり価値の高い魔法のアイテムであるが……を覗き込むヒルダ。


「魔道士風の小僧が一人、金髪の……帝国人の女が一人。半森人族ハーフエルフの少女が一人、竜人族ドラゴニュート……一匹。そして……あの裏切り者の聖堂戦士団チャーチの戦士が一人か」

 ふむ、とヒルダは顎に手を当てて考える……随分と珍妙な集団がやってきた、と思っている。裏切り者の聖堂戦士団チャーチの戦士と帝国女の組み合わせ……。あの男の魔道士もその手下か何かだろう。しかし半森人族ハーフエルフの少女と竜人族ドラゴニュートは奴隷だろうか? このような組み合わせの集団がいるとは……・


「姫様、どうします?」

 部下……といっても年上で三〇代の戦士……身なりは非常に粗野だが、王国戦士の末裔である彼がヒルダに指示を求める。彼女は今まで老パウルに全てを任せてきた……人生で初めての決断を強いられている。

 少し悩む……ここで無理を通していいものかどうか、パウルを思わず探すがここにはいない自分が置いてきた。期待に満ちた目を浮かべる部下達の視線に耐えきれず、ヒルダは折れることにした。

「む、ぐ……仕方ない捕らえて、帝国の情報を引き出すことにしよう……」




「きましたねえ……この程度の数で」

 アドリアが呆れたような顔で、雄叫びをあげて迫ってくる山賊を見て……馬鹿にしたような顔で悪態をつく。まあ十人……身なりも統一されていないし、持っている武器もまちまちの集団が、真っ直ぐ走ってくるのをみて俺も同じ意見だ。

 武器を構えるも、どうしたものか? と少し悩む……山賊相手に戦うのが久々すぎて、対処法を思い出せなかったからだ。

 俺に向かって飛んでくる矢があったが……ロランが呆れ顔で大盾タワーシールドを使って防御すると追撃すら飛んで来ず……少し困惑した顔で警戒を続けている。

「統一した意思ではないな……これは」


「あー、うん。とりあえず真っ直ぐ向かってきてくれているし……とりあえず、これで行こう。<<魔法の汚泥マジックスラッジ>>」

 俺の魔法詠唱と共に、山賊の進路上に魔法の沼地が出現する……ご丁寧に山賊はその沼地へと足を踏み入れ……全員が足を取られて動けなくなっていく。


「……こいつら魔法への対処を知らないのか?」

 呆れたようにロランがスピアを使って、山賊の武器をはたき落としていく。地面に落ちた武器は、半分沼地へと浸かって取り出せなくなっていく。

 弓を放っていた山賊は、ロスティラフの混合弓コンポジットボウの一撃を受けて、頭を吹き飛ばされて倒れていた。

「素人ですな……」


「はいはい、みなさんおとなしくしてくださいねー、<<蔦絡みバインディング>>」

 アドリアが呆れ顔で山賊に対して、蔦で縛り上げる森人族エルフに伝わる魔法蔦絡みバインディングで縛り上げていく。この魔法は混沌の戦士ケイオスウォリアーアルピナが使っていた魔法の源流に当たる魔法で……使いこなすと、範囲内の複数の対象を一気に行動不能にする魔法で、アドリアはデルファイでの冒険の合間に……魔法を習得して使いこなしていた。


「くそっ……なんだこの魔法は……この小娘が!」

 山賊達はアドリアを憎々しげに睨みつけるも……残念ながら俺たちの敵ではなかったわけで。俺は一人一人をぶん殴って気絶させて回る……その時、俺に向かって突進してくる殺気を感じて……顔を身けるとそこには、黒髪の小剣ショートソードを逆手に構えた少女が突進してくるところだった。

「貴様ァ! 我が臣下に怪しげな術を使いおって! 殺す!」


 おっと、お怒りですねこの人。しかし……この時それまで全く活躍の場がなかった人が一人、電光石火のスピードで刺突剣レイピアを構えて割って入る……。

「相手があまりに弱すぎて何もできないかと思っていた! これは私の獲物でいいよね? クリフ!」

 アイヴィーさん……笑顔ですね……。俺は黙って頷くと、山賊達を昏倒させる作業に移っていく。


「帝国の雌豚が! 我が前に出てくるとは……いいだろう、ジブラカン王国末裔の私が相手をしてやろう」

 少女がアイヴィーを指差して……え? 今ジブラカン王国末裔って言ったか? アイヴィー以外の全員が驚いた顔をしている中……アイヴィーはとても嬉しそうな顔で刺突剣レイピアをその謎の少女へと向ける。

 黒髪の少女……黄色がかった染色をされた革鎧レザーアーマーに身を包み、小剣ショートソードを逆手に構えているものの……歴戦の戦士のような姿には見えない。とても愛らしい顔をしていて……山賊をしている娘には見えない、と思った。


 なんというか……若すぎる。おそらく年齢は一五〜一六歳程度だろう。ただ構えは非常に様にはなっていて、鍛え上げられているのだろうと予測はするが、歴戦の俺たち全員を相手にして、すんなりと勝てるような腕の持ち主ではないと思う。

 つまり結構いい腕をしているが、一人でここに飛び込んでくるのは……勇気ではなく蛮勇といっても良い。

「アイヴィーだめだ、その娘は絶対に殺すな! とんでもなく面倒なことになる気がする!」

 俺は相手の腕が俺達のレベルではなく、しかも先程の発言からして殺すととてつもなく不味い状況に陥ると判断して、アイヴィーに警告をする。


 その声にアイヴィーが少し……残念そうな顔を浮かべて、目の前で小剣ショートソードを構える黒髪の少女に話しかける。

「あなた……名のある戦士なのかしら?」

「そうだ! 私は栄光あるジブラカン王家に連なる者……貴様のような下賤のものに名乗る名などない!」

 あーあ、名乗る名などないとか言いつつ、ジブラカン王家に連なる者って言っちゃってるし……俺は目の前の少女の痛々しさに正直頭痛がしてきているのだが……仲間を見るとアドリアは完全に呆れ顔で、ロランとロスティラフはまあ聞いていないふりをして、山賊を縛り上げる方に集中している。


「私は帝国カスバートソン伯爵家のアイヴィー・カスバートソン。帝国剣聖の弟子にして剣士」

 アイヴィーは刺突剣レイピアを顔の前に立てて名乗りを上げる、その名乗りに反応したのか……黒髪の少女は返礼を返す。

「私はジブラカン王家最後の王女……ヒルデガルド・マルグレッタ・ジブラカン! いざ尋常に勝負!」


 その名乗りで……アイヴィー以外、俺を含めた全員が叫ぶ。

「「「亡国の姫かよ!」」」

 その声に驚いて身を震わせたヒルデガルドが、怯んだ隙をついてアイヴィーの刺突剣レイピアがぺちん、と手を叩き……小剣ショートソードを地面へと落としてしまった彼女を俺とアドリアで押さえつけ……恙無く戦闘は終了したのだった。

 俺たちに捕まった姫様は……必死に抵抗して叫ぶ。


「卑怯者! 正々堂々と勝負をするのだ!! 貴様! 下賎の魔道士如きが高貴な私に触れていいと思っているのか! 離せ!」

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