140 五〇年前の亡霊達

「それでは……ジブラカン復興のための助力が得られる……と?」


 この古い砦……ジブラカン王国がサーティナ王国との戦争を想定して建造した、マーロ城は五〇年という長い年月を感じさせるあちこちが崩れかけた、廃城のような外見をしている。

 正直、このまま手入れをしなければ……持って十数年で完全に防御能力を喪失するだろうな。と混沌の戦士ケイオスウォリアー、アルピナは考えている。

 内心そう思っても顔には出さず外交向けの笑顔で……とは言っても混沌の使徒である彼女の笑顔は、人からするととても不愉快なものなのだが……目の前の老人の疑問に答える。


「はぁい、老公がおっしゃる通り我が主人である……ヴィタリ・ラプラス閣下は五〇年に及ぶ帝国、ジブラカン王国両国の蟠りを捨てて、反帝国連合を結成しようと考えております。その中に、古兵ふるつわものであるジブラカン王国の皆様にご助力いただきたいと」

 アルピナは自分の発している言葉を少し考える。

 古兵ふるつわもの……いい言葉だ、人によってはこれを美麗美言として捉えるものがいる。目の前の老人は……まあ単なる過去の亡霊でしかないので、この場合は侮蔑の意味でしかないのだが。


「し、しかし……ラプラス家といえば帝国でも特殊な立ち位置にいる名門貴族と聞いている。それが何故帝国を離反するのだ」

 目の前の老人……名前をパウル・フリュクレフという。ジブラカン王国滅亡の時に、王国の騎士として戦い……そしてキール攻防戦において最後まで戦い、帝国に下ることを良しとしない一部の残党を率いて、このマーロ城へと落ち延びた。


 マーロ城は対サーティナ王国の軍事拠点であったが、建造途中でジブラカン戦役が勃発し、ジブラカン王国首都パルティームが陥落、その後の建造が中止された。

 キール攻防戦後は帝国軍も薄氷の勝利ということもあり、建造途中の城などに興味を持たなかったため、以降五〇年間完全にこの城は放置されてきた。

 最近になってパウル達が帝国の哨戒網に引っかかってしまい、やむを得ずに帝国の補給物資の略奪行為などに及んだため、ここに山賊が住んでいることが発覚した。


「我が主人ヴィタリ・ラプラス卿は憎むべき紅の大帝クリムゾンエンペラー、帝国の侵攻により帰る国を失った、亡国の忠臣の皆様の現状を憂いておいでです。ついてはトゥールインの物資を皆様に提供し……来るべき帝国との決戦の際には皆様のご助力を得たい、と申されました。それ故に私はこうして使者として物資をご提供に馳せ参じた次第です」

 アルピナはグニャリ、といつもの笑い……彼女としては結構優しく笑顔を浮かべているつもりの表情を浮かべ……目の前に座る老人へと説明を行う。

 正直いえば……これは単なる捨て駒づくりの一環。すでに五〇年前に滅びた王国の残党など、戦争ではものの役には立たない。帝国軍は現在のラプラス家が所有する軍隊よりも遥かに強大で……それをひっくり返すには、方法は一つしかない。


『同盟そして仲間を作る、そして多数の足止めができる捨て駒を用意し続ける』


 帝国全軍が集結すればラプラス家は一夜にて滅びるだろう、しかし全軍を集結させるには時間がかかる。その集結にかかる時間をできるだけずらしていく。到着の時間差が大きく、致命的になるに従ってラプラス家の滅亡へのカウントダウンは遅れていく。遅れれば遅れるほど、帝国全体の動揺は広がり……燻っていた不満が焚き付けられていく。

 帝国の支配は強権的だと考えるものも多く、横暴なる帝国へひとり立ち向かったヴィタリ・ラプラスという新たな英雄の下へ馳せ参じるものも出てくる。そう時間、ラプラス家には時間が必要なのだ。

 目の前の残党軍はとても良い捨て駒、時間稼ぎに使うチェスの歩兵ポーン


 アルピナは少し微笑むと、老人の返答を待つ……ここにいる残党の兵士は百名程度……戦争に参加したところで大した働きはできない。ただ、この城へと逃げ込んだ際に降ることを拒否した国民の一部とともに籠城したため、内部の世代交代は進んでおり思ったよりも若者が多い、と周りを見渡して考えていた。

「パウル……私に話をさせよ」


 パウルの後ろにかかっていたぼろぼろの天幕が開き……これまた少し年代物の椅子に座った一人の女性が現れる……歳は非常に若く、一五歳程度だろうか? 滅びたはずのジブラカン文化を象徴するデザインの黄色みがかった衣装に身を包んでいる。目はエメラルドのように緑色に輝いており、美しい黒髪を高く結い上げている。

 肌の色は……少し帝国人よりも濃く、とても滑らかな肌をしている。

 ジブラカン王国の貴族の子女だろうか? とアルピナが訝しむように見つめていると、パウルがその女性へと跪くのを見て、アルピナもその女性がこの城の主人であることを理解して、同じように跪いて頭を下げる。


「姫様……このような者にお姿を見せられるのは……」

「良いパウル、お前は常日頃言っていた、我が祖父ジブラカン王がいつか帝国を打倒し、王国を復興するための機会を伺えと言い残したと。我々はこの機を待っていたと言えるのではないか?」

 姫様と呼ばれた少女は、椅子から立ち上がるとアルピナの元へと歩み寄る……背はそれほど高くない……一五〜一六歳の少女としては平均的かもしれないが。

 よく見ると顔立ちは少し幼さが残るが、非常に可愛らしい顔立ちで少し気が強そうな目の光をしている。


 姫様……祖父、そうかこの娘はジブラカン王国最後の王族……アルピナがそう理解し、頭を下げたままにしていると少女はアルピナの肩に手を置いて顔を上げるように促す。

「良い、使者殿……顔をあげてくれ。私の名前はヒルダ……ヒルデガルド・マルグレッタ・ジブラカン。お察しの通り王国最後の王族にしてこの城の主人でもある」

 クハハ、やはり……とアルピナは心の中でほくそ笑むと、そっと彼女の差し出した手に手を添えて……彼女の基準でだが、優しく微笑む。

「ヒルデガルド王女殿下……不肖このアルピナ、殿下のお心遣いに大変感銘を受けました。殿下が我がラプラス家と手を結んでいただければ……我々は殿下のために粉骨砕身、力を尽くす所存です」


 その言葉にヒルダは満足そうに頷くと、パウルの顔を見て口を開く。

「私は、ジブラカン王国の最後の末裔としてこの城に残る勇敢なる戦士達に告げる……ラプラス卿と我が新生ジブラカンは手を結び……悪虐非道な帝国への聖戦を行う、王国を解放し……再びジブラカンの狼煙をあげるのだ!」

 その言葉に……五〇年間耐えることを強いられてきた老人、そしてその老人達に育てられてきた純粋な若い戦士達は雄叫びをあげる。

「この城へ向かう不埒な者どもを倒そう!」


 その様子を見て、アルピナは内心笑いが止まらなかった。百名程度で、復興、そして帝国との戦争。なんて夢みがちで、愚かな姫君だろうと。老パウルが少し悔しそうな顔をしているのは現実が見えているからだ。

 このままだと死ぬだけだとわかっているからこそ、同盟を回避しようと考えていたに違いない。しかし五〇年間耐えた人間や、その人間達に一方的な教育を施されてきたもの達は違う、外の情報を得ることができないが故に、信じるしかできない。

「やれやれ……まずはこの地方での仕事は終わりそうね。せいぜい足掻くと良い……」


 人知れずアルピナはクスリと笑うと、目の前で意気揚々と鬨を上げる戦士達を見つめて……意識を次の仕事へと向ける。

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