139 ジブラカン戦役の記憶

「と言うことで、帝国本国からの迎えがくるまで……冒険者組合ギルドからの依頼をすることになりました!」


 アドリアが酒場で食事をとっている俺たちに宣言する。

 事のあらましとしては、アイヴィーがキールの冒険者組合ギルドに仲間を連れて到着したことは、帝国本国……現在いるキールは帝国辺境、旧ジブラカン王国にあるためこう呼ばれている……へ連絡がすでに到達しているのだが、それへの返答として、まずカスバートソン伯爵家までの移動をすること。ひいてはカスバートソン家から専用の馬車を用意して向かうので、それで領地まで移動せよ、という話になっていたからだ。


 これはまあアイヴィーの帰国が皇帝の勅命とはいえ、まずは所属する家への帰参が優先されるというこの国の慣例に則ったものではあるが……皇都自体は見てみたかったので、個人的には少し残念な感じではある。

 で、ただ待つというのも冒険者組合ギルドとしては大きな損失……ということで、依頼を受けてほしいという要請が入ったためだ。


「依頼内容は……古い砦を占拠している山賊退治だそうです」

 アドリアが言うにはジブラカン王国時代に、帝国との戦争で使われた古い砦に山賊が住み着いてしまいその山賊を追い払うもしくは全滅させてほしいと言うものだった。

「ずいぶんと……その……普通の依頼だな」

 俺は山賊退治、と言う依頼を王国時代にいくつかこなした記憶があるが……聖王国、大荒野ともに魔物との戦いが大半だった気がする。山賊退治、と簡単に言うがこの世界の『山賊』というのは複数の意味を有している。


 一番目、山賊とは名ばかりの強奪もする村人の場合、政治体制などの不満をぶつけてくるが戦闘能力は低い。

 二番目、本当に山賊、無法者の場合、これはもう滅するべきだと思う。地域の治安の回復に役立つ。

 三番目、山賊という扱いだが、実は旧体制下の戦闘集団の場合、これは非常に強く、思想含めてとても問題が多い。


 こんな感じだ。つまりまあ……俺は帝国内のケースだと二と三を想定している。一のケースは正直いえば……もう説得するしかない。今回のケースは……アドリアの顔を見ると、少し戸惑った顔をした後に口を開いた。

「察してますね……山賊……ということになっていますが、冒険者組合ギルドを通さずに少し調べたところジブラカン王国の残党のようです」


 はい、三番確定。非常に厄介だ。

「五〇年前に滅びた国の残党か……」

 ロランが少し難しい顔をして答える……なぜこんな顔をするのか? それは彼が元々聖堂戦士団チャーチの出身であることに起因している。


 五〇年前に帝国はジブラカン戦役において、このキールに立て篭もったジブラカン王国最後の残党を攻撃し、キールを陥落させた。ジブラカン王国の残党はサーティナ王国、聖王国に助けを求め、両王国は帝国からキールを奪還するための軍隊を国境に集結させた。

 これがキール攻防戦として俺も子供の頃に勉強をさせられた戦史にも記されている。この戦闘で両王国軍は帝国軍の意外な強さを目の当たりにして……その後の軍事拡大、編成の変更を余儀なくされるのだが、それはまあ置いておくとして……。


 キール攻防戦において、両軍は一進一退を繰り返す激戦となり、双方にかなりの損害を発生させた。

 帝国軍においても聖王国軍による包囲攻撃で撤退できずに壊滅した部隊などもおり、両王国軍は当初優勢に戦っていた、と言われている。

 特に王国の戦士団による騎馬突撃はかなり有効で、帝国軍はこの騎馬突撃に対抗することに苦心していた。

 戦況のターニングポイントとなったのは、戦闘開始から三日後に行われた王国戦士団の騎馬突撃を、帝国軍側に突如出現した重装歩兵部隊が受け止め……そのまま戦士団を退却に追い込むという出来事が発生したことだ。


 その重装歩兵部隊……スピア大盾タワーシールドを用いて密集陣形ファランクス戦法を用いたその謎の部隊こそが……帝国に金で雇われた聖堂戦士団チャーチだ。

 この事態に両王国軍は非常に憤慨した……聖堂戦士団チャーチは所在地としては聖王国の国内にあり……まさか帝国に雇われる……などという事態が発生するとは思わなかったからだ。


 この出来事から王国戦士団から聖堂戦士団チャーチはめちゃくちゃ嫌われており……首都へ聖堂戦士団チャーチが入場することをとても嫌がる……と言われている。

 その後キール攻防戦は、攻勢の要だった王国戦士団を喪失した両王国軍は、帝国軍の攻撃を支えきれなくなり撤退を余儀なくされた……ジブラカン王国残党は散り散りとなって一部が帝国へのゲリラ戦へ、一部が周辺諸国へと逃亡……そして大半が帝国へ降伏し名実ともにジブラカン王国は滅亡した。


「帝国の戦史でも同じことが書かれているわ。私のお父様が生まれる前の出来事だしそれほど歴史を学んだわけではないけど……私は帝国人なので今のキールの繁栄は帝国の支配下に入ったから、だと思っているわ」

 アイヴィーが少し言葉を選びながら……ワインを口にする。そうなのだ……彼女は帝国人であり、帝国の歴史を学んで育っている。侵略戦争についても自国の歴史は基本的に不利なことは書かない。


 かくいう王国の歴史も似たようなものだ……ジブラカン戦役におけるキール攻防戦は、両王国軍はキールを守備する邪悪な帝国軍を寸前まで追い詰めるも、金に塗れた聖堂戦士団チャーチの裏切りにより泣く泣く撤退を余儀なくされた、と書いてる。

 その割に別の戦史では、たまたま味方についた聖堂戦士団チャーチを褒め称えたりしてるのがもうなんというか。視点が違えば書かれる内容も変わってくる。これはもう歴史の必然と言えるのかもしれない。


「まあ、それはそうだな。昼間街を少し見たけど……平和で活気があった。戦争からもう五〇年経過しているわけだし、今更残党が出てきても……というのはあるな」

 うーん、少しアイヴィーびいきすぎるだろうか? と思ってアドリアを見ると、それほど気にしていない表情で俺の言葉に頷く。あれ? アドリアさん聖王国出身なのに。そんな俺の目を見てアドリアが口を開く。

「五〇年前……私が生まれる全然前の出来事ですよ? 今更なんだっていうんですか」


「俺は一緒に行っていいのか? その……俺自身は知らないことだけど歴史上は恨まれててもおかしくないぞ」

 ロランの言葉に、まあそうだろうなと俺も思った。ジブラカン王国残党がいるのであれば……キール攻防戦における最大の戦犯が現れる……これは相手から見れば、だが。復讐の機会を狙ってくる可能性が大きい。

 アドリアがその懸念に対しての疑問を口にする。


「とはいえ戦役は五〇年前ですよ? 生き残ってたとしてもおじいちゃんしかいないんじゃないですかね……」

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