第四章 帝国内乱編

138 帝国領キールへの到着

「見えてきましたね……これがキールですかあ」


 俺たちを乗せた乗合馬車がコトコトと揺れる。

 帝国辺境、サーティナ王国との最前線の街でもあるキールを目前に、アイヴィー以外の俺たちは初めての帝国領内ということで少し興奮気味に街を見ている。キールは最前線の街でもあるため、城塞都市とも言える堅牢さを感じる壁に囲まれている。

「お客さん、帝国くるの初めてかい?」

 この乗合馬車の御者さんは笑顔で、キールがどういう街なのかを説明してくれていた。


 まず、歴史でも有名なのはこの街は帝国最後の侵攻……ジブラカン戦役の際に、この地を治めていたジブラカン王国最後の抵抗が行われた街でもあり、聖王国、サーティナ王国連合軍と帝国の戦争、キール攻防戦の時に戦場ともなっているという事実。

 帝国軍はこのキールを守り通し、聖王国軍とサーティナ王国軍は残念ながらこの街を攻め落とせず……条約によって国境を定めた後撤退を余儀なくされた。

 それ以来キールは帝国の辺境かつ、王国と聖王国との有事の際にはここが最前線となるため、帝国辺境軍の中でも最精鋭の部隊が駐屯している。


 ちなみに帝国軍はその駐屯している方面によって幾つかの軍団に分けられている。辺境軍は帝国と王国の国境沿いを守備している軍団で、公表されているだけで兵数は王国軍全体を上回っていると言われ、過去数回王国と小競り合いが起きた際にもその一端を見せつける結果……帝国軍による王国軍への一方的な勝利をおさめているのだ。

 サーティナ王国はこの帝国辺境軍との戦いを想定した軍の再編成を進めており、再び起きるであろう帝国侵攻の際には、辺境軍をどれだけ押し留められるか? が鍵となっていると言われてもいる。


 とまあ、ここまでは国同士の問題。

 民間はどうか? というと王国の商人と帝国の商人は案外交易を活発化させており、王国の交易品を帝国に販売……さらに帝国の優れた文化や、交易品が王国にもたらされる……という結果になっている。

 これも帝国が一旦軍事拡大を進めることを止めたことが大きく、結果的に交易によって戦争で荒廃していた王国の経済が立ち直っている……というのは皮肉だなと思う。


 さて、馬車がキールの街に入ったのち、俺たちは馬車を降りてキールの街の冒険者組合ギルドへと向かう。この街の冒険者組合ギルドへ向かう、というのが大荒野の冒険者組合ギルドへと伝えていた内容だが、俺が倒れたことで数日予定よりも遅れてしまった……ということで少し問題になっている可能性がある。


 セルウィン村を出発できたのは俺が倒れてから三日後で、その頃には母親とアイヴィー、アドリアは一緒に食事を作るくらい仲良くなっていた。なんでもアドリア曰く……『腹を割って話した』ということで、母親は自分の娘のように二人を可愛がってくれたのだとか。

「クリフはあんなにいいお母さんがいるのに、家に戻らないなんて親不孝すぎるわね」

 アイヴィーが冒険者組合ギルドを目指して歩いている時に俺にボソッとつぶやいていた。アドリアもそれに同意していたので、どうやら母親とこの二人は対俺同盟でも結んだのだろう。

 でもアイヴィーさんもアドリアさんも、実家に全然戻っていないですからーっ! 俺は非難がましい目を二人に向けるが……彼女たちはそんな俺の視線などどこ吹く風で、キールの街を散策している。


 さて、キールの冒険者組合ギルドに到着した俺たちを受付担当……大変スイカップなモノをお持ちの……女性の担当者が迎え入れる。

「あ、お待ちしていました! 夢見る竜ドリームドラゴンの皆さんですね!」

 夢見る竜ドリームドラゴンというキーワードで、その場にいた冒険者達が少しざわめく……そりゃそうだろう。大荒野で活躍する新進気鋭、今一番勢いがあると言われる冒険者パーティ夢見る竜ドリームドラゴンだ。

 冒険者達は俺たちを値踏みするように見つめ……羨望と嫉妬と、そして多少の下心を感じる視線を向けている。少しだけ誇らしい気持ちになる俺。しかし……このスイカップな受付嬢は俺たちを判別できたのだろう?


「えっと……どうして俺たちが夢見る竜ドリームドラゴンだと?」

 スイカップ……あえてスイカップさんとするが、彼女は手元にあった一枚の紙を取り出して俺たちに見せる……そこには、お世辞にも俺たちに似てるともつかない、ギリギリパーティ構成がわかる程度の落書きの書かれた、それが描かれている。

「この描かれた絵にそっくりですよね!」


 その言葉に……絶句する俺、アイヴィー、アドリア、ロラン。

 まず俺と言われた似顔絵は……いや、これはもうなんだろう……前世の前衛芸術にしか見えない何かだ、ノーコメントで。

 次にアイヴィー……を見て俺が我慢できずに吹き出すと、アイヴィーは俺の脇腹に肘打ちを叩き込んで、俺は脇を押さえてうずくまる。痛いですぅー、似てないからって怒らないでくださいー。

 アドリア……あ、ギリギリ尖った耳で多分これだろう、という程度……アドリアが呆然としているのは、まあ仕方ない。ロラン……槍と盾しか合ってねえ、ロランは……イラストを見てものすごく残念そうな顔で肩を落としている。


「似てないですよね? 私こんなにひどくないですよね?」

 アドリアが青筋立てて……スイカップさんに詰め寄る……その迫力にスイカップさんが困ったように後退する。

「実物はとても……可愛らしいですね……ハハ……」

 そんな中、一人だけイラストを見て喜んでいる人物がいた。ロスティラフだ。彼としては珍しいくらい感情豊かに喜んでいる。まあ、他の人が見ていると怒ってるように見える顔なのだが。

「おお、これは……とても似ておりますな! いやあ私はちょっと嬉しいですぞー」

 どれどれと皆がその紙を覗き込むと、ロスティラフが意気揚々と自分、と言われたイラストを指さす。


 そうやって指差したロスティラフの似顔絵は……やはり子供が描いた蜥蜴族リザードマンを模した落書きのようにしか見えない何かだった。

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