133 吹き荒ぶ風は帝国へ

「ということで、帝国に行こうと思っているんだけどどうする?」


 俺は翌朝、仲間とともに朝食を突いているときにある程度情報をぼかした上で帝国への移動を提案した。

 現在帝国領内で少し揉め事が起きていて、協力のために召還状を受け取ったこと、アイヴィーの父親にも戻るように要請されているので、一旦顔見せも含めて領地へ行きたいということ。

 まあ、正直言えば最近依頼も少なくなってきているこの街に留まるのは大した意味がない、とも思っていたのでデルファイからは移動してもいいかも、と思っていたのは確かなのだ。


「そうですな……まあ、帝国に行ったことがないので一度見学には行きたいと思っていたところです」

 ロスティラフが話を聞いて即賛成する。彼は俺たちと組む前は一人で旅をしていた、と話していたものの帝国には足を踏み入れていない、というのも不思議な話ではある。

「私はクリフとアイヴィーが行く場所には同行しますよ、それと帝国を見てみたいです」

 アドリアも賛成、と。ではロランは? と思って彼を見ると少し悩んでいる様子が窺える。なんだろう?

「帝国……つまりここでは会えない美女がわんさといる場所か……新たな出会いも魅力的だが……娼館のリリーちゃんに会えなくなるのは惜しい……くっ……」

 なぜか一筋の涙を流して悔しがるロラン。それを見て、アイヴィーとアドリアが汚い物を見るような目でロランに向ける。でもまあこの街に逗留してからもずっと彼は夜の娼館の常連と化しており、ここを出るとなると話題にはなるだろうな。

「まあ、カスバートソン領行って今帝国で起きている揉め事解決するまで、とかだから半年もあれば戻ってこれるだろう」




 薄暗い部屋の中に古びた素材の円卓が置かれている。そこへ暗闇から滲み出るように二つの影が現れる。板金鎧プレートメイルを着た大柄な男性……名をクラウディオという。そしてもう一人は薄桃色の髪をした、少女の姿をしたネヴァン。二人は召還を受けて再びここに戻ってきた。

「きたか……今回はこれで全員だな……席に着くと良い」

 円卓には、あの時のように混沌の戦士ケイオスウォリアーが揃っている。が、唯一帝国領に残っているアルピナはこの場に存在していない。口を開いた鳥を模した仮面をつけた……道征く者ロードランナーが口を開く。


「急な呼び出しとは……何が起きた?」

 ネヴァンが小さな体を懸命に伸ばして、椅子に上る。復活前と違って体が小さいため、円卓の椅子が大きすぎてしがみつくような状況だ。何度も登ろうとして、その度に失敗している。見かねたのかクラウディオがネヴァンを抱えて椅子に載せる。

「おお、さすが元騎士であるな」

「早く体を元に戻せ」

 クラウディオは呆れたような顔で、自分の椅子へと腰を下ろす。ネヴァンが笑いながら手を振る。そんなネヴァンにカマラが凄まじく不機嫌な顔で話しかける。

「……あなた、私の可愛いマリアンヌを持っていった挙句に、彼女が帰ってこないのはどういうことなの……」

「マリアンヌ……? ああ、あの九頭大蛇ヒュドラのことか……ってどういう名前の付け方をしておるのだ。まあ、良い戦いであったぞ」

 カマラが怒りの視線をネヴァンに向けるが……ネヴァン本人はそんな視線などどこ吹く風かのようにそっぽを向いている。話が落ち着いたと判断した道征く者ロードランナーが椅子に座る混沌の戦士ケイオスウォリアー達を見渡すと……口を開く。


「アルピナの工作が成功した。帝国の一領主による独立……そしてそれに対して帝国領内で内戦が勃発する」

 その言葉にアルピナを除く混沌の戦士ケイオスウォリアーが感嘆の声をあげる。道征く者ロードランナー巻物スクロールを広げて、アルピナからの報告を読み上げる。

「独立したのはラプラス家……どうやら紅の大帝クリムゾンエンペラーとの約定で、独立についての取り決めがなされていたようだ。それを利用したのだろうな」


「ラプラス家か……確かに帝国建国の際に紅の大帝クリムゾンエンペラーと約定を交わしていた、とは聞いたことがあるが……それは有効なのだな」

 クラウディオが感心している。その言葉に道征く者ロードランナーが頷く。

「建国当時、紅の大帝クリムゾンエンペラーの軍は北方の蛮族との戦争に負ける寸前だった。蛮族との決戦において当時のラプラス家が帝国の臣下として参加し、軍勢を出したことで勝利を収めることができ……その後の帝国の急拡大に寄与した」

 これらは帝国でも有名な歴史の一部だ。それゆえにラプラス家というのは帝国では少し違った待遇をされている貴族でもある。時代によっては皇妃を輩出したことすらある。それゆえにラプラス家の支配しているトゥールインは帝国の中でも特別な都市の一つでもあった。


「しかしトゥールインが独立したとなると、帝国の輸送網が大混乱するな……紅の大帝クリムゾンエンペラーはトゥールイン攻撃に踏み切る……つまり内戦が勃発するということか」

 クラウディオが過去の知識などを思い出しつつ……今後起きるであろうことを考え始める。つまり……内戦をできるだけ長引かせることで、帝国の勢力を弱めてバランスを取ることも可能になる、はずだ。

「帝国は古代の遺物アーティファクトを集めているが……何を持っているのか今回の内戦で確認できるだろうな」

 道征く者ロードランナーはそこまで話すと、クラウディオを見つめて口を開く。


「クラウディオ……アルピナの助けとしてトゥールインで帝国軍と戦ってほしい。使徒の仲間に帝国人がいるだろう、召還を受けているようだ。使徒が戦場に出てくる可能性もある。我々も現在の工作を継続しつつ、帝国内の工作を支援する」

 その言葉にクラウディオが笑い出す……彼は元々帝国騎士だったこともあるため、顔を知られているだろう、という理由で帝国での活動は控えているはずだった。特に導く者ドゥクスが彼に気を遣っていた面も強い。

 意外なほど導く者ドゥクスは気を使うのだな……とネヴァンが彼らのやりとりを眺めながら思う。


「ハハハ、よかろう。久々の帝国を見てみたいしな……弟子が戦うなら剣聖も出てくるであろうよ」

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