134 紅の大帝(クリムゾンエンペラー)
「至高の皇帝陛下、帝国初代皇帝にして永遠の統治者であらせられる……
帝国が誇る最強の戦士、剣聖セプティム・フィネル子爵は今まさに自らが忠誠を誓う至高の皇帝の前にひざまづいていた。寒気がする……何度皇帝陛下の前に出ても慣れない、目の前に座る忠誠の対象……それがどこか人間ではない何かにしか思えないのだ。なぜだろうか?
目の前の椅子に座る
皇帝の被る仮面には奇妙なデザインが施されている。普通の目の部分に縁取りがされており、そこから深く赤い目が見えている。そして額の部分に一つ目のデザインが縦に刻まれており……その描かれた目の色は漆黒だ。
ただ……その目を見るものは、言いようのない不安感、皇帝陛下に心の中を覗かれているような、そんな不安感を感じる。まるで心を陛下に直接握られて……探られているような。
剣聖たるセプティムですらその不安感を感じている……昔はそんなことすら考えなかったのだが。
「お前の弟子……カスバートソンの娘は戻ってくると思うか?」
皇帝の発した言葉に、少し驚きつつ……アイヴィー・カスバートソンの顔を思い出す……三年前に恥じらいながらクリフのことを愛している、と話していた彼女はどういう成長を遂げているだろうか?
誇らしい、と思う。自らが手塩にかけて教育した剣士が世に認められる形となった。師匠としてこれほどまでに嬉しいと思う気持ちは抑えられないのが本音だ。
セプティムは基本的にそれほど多い門下生は抱えていない……彼自身が直接
「そうですな……帝国貴族として陛下の召還を拒否するものはおりますまい」
三年前に伯爵が帝国に顔を出せ、と話した後も戻ることがなく大荒野へと移動してしまった彼女だ。とはいえ帝国貴族の末席であっても皇帝陛下に逆らう、ということがどういう意味があるのかは理解しているだろう。
「私としてはカスバートソンの娘と共にいる使……いや、クリフとかいう魔道士を連れ帰ってくることを期待している」
セプティムは皇帝がクリフの名前を知っていることに驚きを隠せない。なぜその名前が、と思わず顔を上げて皇帝を見つめる。不敬な行動のためその場にいる衛兵が身じろぎをするが……皇帝は気にせず、周りの衛兵を手の動きだけで抑える。
「陛下……冒険者
その言葉に、皇帝は堪えきれないという風でくすくす笑う。セプティムの心の中に彼を陛下の前に出したら良くない、と警鐘が鳴っている。それはクリフ自身の人生を変えてしまう何かが起きる可能性、単純に不敬を買ってしまう可能性、そして帝国内で勃発している謀略の中に彼らを巻き込みたくないという親心のような気持ちが湧き上がる。
「お前はよほど、その若者を余の前に出したくないようだな」
「い、いえ……そのようなことは。ただあの若者は王国の小さな村出身、王国の貴族ではなく……」
「お前がクリフという若者を大切に思っているのは理解した、それ故に私は彼を見てみたい」
ああ……アイヴィーを呼び出したのは単なる口実でしかなく、皇帝陛下の本当の目的はクリフか……とセプティムはそこで理解した。なんらかの形で皇帝はクリフのことを知ったのだ。
「理解したか? 彼が帝国の役に立つのであれば、私は彼をどのような手段を持ってでも手に入れるだけだ。国や生まれは関係ない。お前も弟子を探すときは身分を気にしておるまい?」
「し……しかし、彼がそれを望みましょうか?」
これ以上は本当に不敬を買うと解っていても、セプティム自身の優しさがあの子供、いや若者を……クリフを帝国の騒乱や謀略に巻き込みたくない、という強い気持ちを沸き立たせる。
そこで初めてセプティムは皇帝の目がじっと自分を見つめていることに気がついた。赤い瞳が射抜くように彼の心へと突き刺さる。心は凍るような気持ちを掻き立てられ、背筋が冷えていく。
「……お前は変わらず優しいな。逆にそれが余に興味を持たせていることに気がついているか? 彼が帝国に帰属しない? カスバートソンの娘がまずは
皇帝の冷たい視線にセプティムは再び頭を下げて、表情を曇らせる。……苦虫を噛み潰したような顔で床を見続ける。できればこの気持ちは陛下には見えてほしくない、と心に願いながら。ぽたりと床にセプティムの汗が落ちる。
そんなセプティムの様子を見ながら、
セプティムは儀礼に則った作法で謁見の間より退室していく。その様子を見て……
「帝国へ来い使徒よ……お前の力を余のものに。世界を鮮やかなる紅に染めるために、お前が必要だ」
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