132 帝国からの召喚状
「帝国からの書状……」
蝋にある紋章……カスバートソン伯爵家の封印がされているので、これはアイヴィーの父親からの書状だということがわかる。
この世界の郵便……前にも説明をしているものの、実はそれほど精度が高いわけではない。それでも
そんな彼女の様子を見て、ロランとロスティラフが珍しいものを見るかのような目をしている。パーティの中でどちらかというと冷静に、それでいて貴族らしい品の良さを兼ね備えた女性として彼らは見ていて、帝国の話もそれほどしたがるわけでもなく……身の上話などもほぼ言わない。
俺やアドリアは付き合いが長いし、それなりに色々な話をしているので……そして彼女の父親のことも知っているからこそ、まあそういう顔もするよな、とは思う。
「ま、とりあえず食事にしましょう」
ため息をついたアイヴィーが
寝台の上でアイヴィーがシーツを裸体に巻いたまま
初めて会った時から、彼女の色々な表情を見てきた……笑顔も、泣き顔も、切なそうな表情や、俺に向ける優しい目……ふと彼女が俺の視線に気がついて俺に微笑む……。
「どうしたの? 私の顔をそんなに見つめて」
「いや、いつ見ても本当に綺麗だなって」
「な、何よ。急にそんなこと言って……」
その言葉に顔を真っ赤にして、でも少し緩んだ表情を見せるアイヴィー。そんな恥ずかしそうな顔を見て、なんとなく微笑ましい気持ちになる。俺はなんとなく、寝台を這って移動して彼女の膝の上に頭を乗せる。
「ん、撫でて」
「……甘えん坊ね……」
彼女はキョトンとした顔をしていたが、意図に気がついたのかクスッと笑うと俺の頭を優しく撫でる……。暖かく優しい手、この世界で生き始めた頃に、母親……リリアがよくこうやって慰めてくれた。その時の幸せな気持ちを少しだけ思い出す。
残念ながら俺はこの世界では
転生により一人ぼっちでこの世界に放り出された、と感じた時にホームシックにかかってしまい、理由を説明できない悲しさから涙が止まらないことが多かった。その時にリリアが歌を歌いながらこうやって甘えさせてくれたことで、次第に心を落ち着けることができるようになった。気がついたら……寂しく無くなっていたんだ。
だから……この年齢になってもこの姿勢で、優しく頭を撫でてもらうことが好きなのだ。
「そうだよ、俺はいつまで経っても甘えん坊なんだよ」
俺はアイヴィーの頬に手を添えて微笑む。それを見て優しく、そして愛情深く微笑み返すアイヴィー。ふと視界の端に
「開けないの?」
その言葉に彼女は少し戸惑ったように
「……多分、帝国へ戻れという召喚状だと思う……」
「帝国で何かあったのか?」
「わからない……でも赤と違う、紅色は皇帝陛下の……
俺たち他国の人間は帝国皇帝を表す時に、単純に侮蔑も込めて『皇帝』と呼ぶが、帝国臣民にとっては『皇帝陛下』の御名は
彼は帝国初代皇帝にして、現皇帝でもある永遠の統治者として喧伝されている、謎の多い為政者でもある。だが、俺はあの声が暗示していた国を統治する
「それなら必ず目を通せ、って意味もあるんじゃないのか?」
「……私見るのが怖い……もし、あなたと進むべき道が異なってしまうなんてことになったら……」
アイヴィーは目を伏せて、俺の頭を撫でる手を止めている。その手が軽く震えているのに気がついて、俺はそっと頬を撫でていた手を彼女の手に添える。
「大丈夫だよ、俺は君一人で帝国に戻すことなんて考えていないし、もし離れ離れになっても必ず君を迎えに行く」
「……うん、信じてる。クリフは私が甘えさせてあげないと夜も眠れないでしょうからね」
くすくす笑って、アイヴィーは俺に覆い被さるように口付けをする、しばらくの間お互いの唇の感触を楽しみつつ、舌を絡め……少し落ち着いた俺たちは、寝台の上に座り直す。
「開けるわ、一緒に見てほしい」
アイヴィーが封を破って、
書状は二つの紙を巻物状にしていた。
一枚は完全にカスバートソン伯爵からの私信……帝国に戻って来るように伝えてから三年の間、顔も出さないことへの苦言というか、早く戻ってきて顔だけでも見せてほしいという願いがつらつらと書かれていた。
それと俺に関することも書いており、何かされていないか? とかもし泣かされていたら軍隊を送って抹殺するから安心するように、とか案外物騒なことを書いていた。
「そ、そういえば俺も一緒に戻れって言ってたな……ってか抹殺するって、なんて物騒な」
「すっかり忘れてたわ……そろそろ怒らせそうね」
やっベー、という顔をしてアイヴィーが苦笑いを浮かべている。そしてもう一枚を広げる。
もう一枚は完全に
「う、嘘でしょ……」
『外国にて活動する帝国貴族の子弟へ勅命、一時帰国し皇帝陛下の恩顧へ報いるべし。特段の事情を除き、これを否定するなかれ』
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