124 帝国動乱の兆し
「お久しぶりね、剣聖……いやあの頃は違ったのでしたっけね?」
アルピナはグニャリと歪んだ笑顔で目の前に座っている懐かしい顔の男へと話しかける。今アルピナは帝国領内辺境の街であるトゥールインに滞在していた。名目上は帝国貴族であるラプラス家の使者として、しかしその目的は帝国内部の混沌を使っての工作作戦に従事している。
普段のようなはち切れそうな肉体を押し込めた甲冑姿ではなく、黒いローブを豊満な肉体の上に纏い表向きは使者としての体裁を整えている。くすくすと笑うと目の前に立つ男の顔が憎悪と嫌悪で歪む。
「貴様のような穢らわしい化け物と交渉しなくてはならんとはな……」
目の前にある椅子に座る男は、帝国子爵にして剣聖。セプティム・フィネルその人である。彼は帝国皇帝の使者としてこのトゥールインへと派遣されていた。
帝国の内部、それも一部でしかまだ知られていないが、トゥールインを治めるラプラス家が帝国へと反旗を翻した。もともとこの土地はラプラス家が長きにわたって支配していた土地で、帝国建国直後から傘下へと下りそこから帝国領として、ただしかし影響力としてはラプラス家が実権を握る半独立した小国家としての歴史を持っている。
帝国領の小国家としては最大規模……軍事的は帝国全土の戦力に及ばないが、十分に訓練された常備軍を持ち、豊かな土地を有している。
「当主であるヴィタリ・ラプラス卿は帝国からの再独立を宣言しております……私はその臣下として命に従っているまでです。」
アルピナはくすくす笑うと、古い古文書を取り出しテーブルの上に広げていく。この古文書は
「この古文書は帝国皇室に残されている約定の書簡と同一、ということだな。ラプラス家は帝国傘下に下る際に再独立の権利を
そしてじろり、とアルピナの隣に座る年端も行かない少年を見る。ヴィタリ・ラプラス、たった一〇歳の少年がこのラプラス家の現当主なのだ。
目の前にすわる
「ラプラス卿……私は
そこでセプティムは言葉を止め、アルピナの顔を睨みつけて続けた。
「あなたは
アルピナはくすくすと笑うと、ヴィタリの頭を優しく撫でると、セプティムへと向き直ると口を開いた。
「おやおや……フィネル子爵は帝国建国の際は、我々も尽力をしたことをご存知ではないのか?」
その言葉に激昂したセプティムが抜く手も見せずに
「貴様……」
セプティムの怒気に剣を突きつけている衛兵たちが恐怖を感じている。はっきり言えばセプティム1人でもこの数の衛兵は敵ではないだろう。それがわかっているからこそ、衛兵たちは恐怖を感じているのだ。
「私は
アルピナはくすくす笑うと、
「すまない、使者としてはあるまじき行為だった……許されよ」
鞘に
それほどにセプティムの発した殺気、怒気が凄まじかったのだ。むしろ叫び出したり大声で泣かなかっただけ、ヴィタリはよく我慢したと言えるだろう。
それを見てアルピナが侍女を呼び、ヴィタリを下げさせる。他の侍女たちがテキパキと失禁の跡を掃除していく。
「閣下に湯浴みとお着替えを。お疲れのようでございますので……委細このアルピナにお任せいただき、閣下は少しお休みください」
侍女は頭を下げるとヴィタリを伴って部屋を出ていく、それを優しい顔で見守りつつアルピナは再びセプティムへと向き直る。グニャリ、と不愉快な笑いを浮かべる。
「さあ、使者殿……帝国は私たちの独立を認めてくださいますね?」
「セプティム、どうだった?」
帝国地方軍に所属する歩兵連隊を指揮するカルティス・アイアランドは肩を落として戻ってきたセプティムへと声を掛ける。そう、過去にクリフとも会ったあの斥候カルティスである。あの時よりも少し髪の毛に白いものが混じり、年齢相応の外見となっているが、昔の面影はきちんと残っている。
身につける鎧は帝国正規軍の紋章の入った
「だめだ……独立は止められない。それとあの
セプティムの返答で、カルティスの顔色が変わる。過去サーティナ王国でセプティムたち冒険者パーティがクリフ・ネヴィルとともに倒した女性の
「あの女は、あの時クリフ坊やとお前が倒したではないか!」
「奴らは不死なのだろう……倒されても復活するようだ……それと、私の見たところ昔よりもはるかに強くなっている」
セプティムは衛兵たちが歓声をあげているトゥールインを眺めながら……別れ際のアルピナの言葉を思い出していた。
『戦いとなっても私はあなたとは戦いませんよ?
それはあの
セプティムはカルティスに命じて率いてきた軍に号令をかけると、まずは帝都へとラプラス家の書簡を届けるべく、その場を離れる。帝国軍は一糸乱れぬ訓練された動作で、セプティムの後をついていく。ひたすらに街からは独立を祝う歓声と、音楽が流れ続けていた。
「この先、戦争が起きてもおかしくないな……」
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