123 ゲルト村防衛戦 14

 俺は精神を集中させて魔力を練り上げていく。


「炎よ、力よ。我が前に顕現せよ……」


 俺は核撃エクスプロージョンの詠唱を開始する。九頭大蛇ヒュドラは巨大だと言っても、体高が一五メートル、長さでも二五メートルもないだろう。この魔法の有効範囲を考えると少し魔力を抑え目に撃たないと……村が地図から消えてしまう。

 正直数回しか使ったことがない魔法だし、フルパワーで放ったことはないため、最小の魔力集中で放つことにする……恨まれたくないからな……。


「爆炎を我が前に、我が前に破壊を……魔の力で全てを破壊せよ」


 俺が詠唱を終えると、手にひらに凄まじい量の魔力が集中していく……。その様子を見て仲間が息を呑んでいるのがわかる。そりゃそうだ、明らかにやばいものをぶっ放そうというのだから。

「アドリア、全面の魔法の障壁プロテクションに集中してくれ、いいか気を抜くなよ」

 俺の言葉にアドリアが頷いて魔法の障壁プロテクションの維持に集中を始める。


「いくぞ! 核撃エクスプロージョン!」


 集中した魔力の球体がふわりと俺の手から飛び立つ……ゆっくりと漂うようにその球体が九頭大蛇ヒュドラへと向かい……九頭大蛇ヒュドラは訝しげな仕草でその球体を見つめている。ふわり、と球体が九頭大蛇ヒュドラの巨大な体に触れた瞬間……光が炸裂し、球体が膨れ上がっていく。

 九頭大蛇ヒュドラの悲鳴と共に俺たちの視界も光で満たされていく。


「な、なんですかこれは!」

 アドリアが悲鳴をあげる。そう、核撃エクスプロージョンはまず凄まじいまでの閃光が広がり……爆発の中心地で魔力が限界まで収縮していく。そして限界まで収縮した魔力はその反動で大爆発を起こすのだ。


 九頭大蛇ヒュドラを中心に限界まで収縮した魔力が一瞬、全ての時間が止まったように静かになる。そして……空間に凄まじいまでの魔力の爆発、衝撃と風、そして熱風があたりを包む。

 魔法の障壁プロテクションを維持するアドリアが悲鳴をあげて目を瞑る……アイヴィーも唖然とした顔で呆然と目の前に立ち上る巨大な爆炎を見つめ……そして何してくれたんだお前は、という顔で俺を見ている。ロランもロスティラフも呆然とした表情だ。


 俺だけは違う。俺は今までこの魔法をきちんと使いこなせていなかった。しかしこの瞬間、俺はこの核撃エクスプロージョンを完全に習得した、と豪語できるようになったのだ。

「……やった、やったぞ。これは過去最高にちゃんと収縮した魔力になった! 魔法をモノにしたんだ!」

 笑顔で目の前の爆炎を見て小躍りしている俺を見て、アイヴィーが完全に呆れ顔で頭を抱えている。

「わ、私……好きになるやつ間違えたかしら……」


 アドリアの魔法の障壁プロテクションのおかげで、爆風は俺たちまで到達できないが、爆風が周りの木を軒並み薙ぎ倒し、吹き飛んでいく石や岩が村の石壁、さらには門、おそらく家屋の一部へと衝突して破壊していく。

 爆炎の中心に九頭大蛇ヒュドラの影が見えるが、悶えるように大きく首を振り回しているが次第にその動きがゆっくりとしたものとなっていき……影が小さく砕けていく。爆音の中で細く、長く悲鳴が上がるが……轟々と迫る風の音とひたすらに続く炎の轟音で書き消えていく。


「……な、なんて魔法だ……」

 ロランが消滅していく九頭大蛇ヒュドラを見ながら、額に汗を浮かべている。まあ、前世の戦術核兵器クラスの破壊力はあるからな……城塞とかにぶち込んでもそのあたり一体が焦土と化すのだと酔いどれドリンカーが自慢げに話していた。

 ちなみにこの魔法の授業料はエール一樽分……対価に比べて魔法の威力はコストパフォーマンスが高いとも言える。覚えたところで使えるやつはほとんどいない、が口癖だったか。


 気がつくと魔法の効果は消滅し、周りの木は完全に吹き飛ばされ、地面は黒く焼け焦げ九頭大蛇ヒュドラだった何かの黒い塊が爆発の中心地に存在していた。しかし、目の前でゆっくりと炭化した九頭大蛇ヒュドラが崩れていく。


 それと同時に焦ったようなロスティラフの声が響く。

「く、クリフ殿……村がありませぬ」

 みんなが村を見るが、石壁は見事なまでに破壊され、主だった家屋も爆風で薙ぎ倒された廃墟が広がっている。あれ? こんな場所に廃墟なんかあったんだっけ? と考えるが……廃墟に見えるそれは、元ゲルト村の成れの果てであった。

「ちょ、ちょっと! 村の防衛をしに来た私たちが村を破壊してどうするんですか!」

 アドリアが、あわあわ、と口を抑えて焦り始める。ロランはうわーという表情で広がった廃墟を見ている。……これはやっちゃった系だろうか。その瞬間に俺は後ろから蹴倒される。


「クリフ! あなた何やっているの!?」

 アイヴィーが完全に怒りの表情で俺をゲシゲシと蹴り飛ばす。や、やめてください……アイヴィー様ぁ。

「い、いやでもあのくらいの魔法じゃないと九頭大蛇ヒュドラは倒せなかった……ぐえぇっ!」

 アイヴィーが怒りのままに思い切り襟元を掴み首が締まってしまい、情けない声を出してしまう俺。そしてそのままぶんぶん振り回わされる。く、苦しい、それ以上はやめて下さいぃぃ。

「これじゃあ私たちの方が極悪人じゃない! なんて事してくれてるの!」

「うぎゃあああ! ……この始末をどうするんですか! この馬鹿エロクリフ!」

 パニックになったアドリアも一緒になって俺の首を絞め始める。ロランとロスティラフはやれやれ、という顔でお互い顔を見合わせると、肩をすくめた。




「ほう……古代魔法核撃エクスプロージョンとは。使い手は滅びたと聞いていたが……」

 ネヴァンは顎に手を当てて記憶を探っていく……核撃エクスプロージョン神を知る者ラーナーの開発した戦術魔法タクティカルの一つで、敵城砦の攻撃や野戦における軍団攻撃などに使用されていた。

 あの使徒の若者はわかっているのだろうか? 核撃エクスプロージョンはそのあまりの破壊力と敵味方問わずに灰にする無差別性から、神を知る者ラーナーは彼らに敵対するものだけでなく、反抗的な領民を抑えるために都市ごと躊躇なく焼き尽くした悪夢のような魔法であることを。

「歴史を知っていれば、あのような喜び方はせぬな……中身は子供だの」


「凄まじいな……これが古代魔法か」

 クラウディオは感心したように頷いている。彼は比較的新しく混沌の戦士ケイオスウォリアーとなったため、神を知る者ラーナーのことはよくわかっていない。

神を知る者ラーナーの開発した魔法は他にもあるぞ。正直言えば彼らの敵よりも、味方へ行使されたものが多いのだがな」

 ネヴァンは憎々しげに呟くと揉めている夢見る竜ドリームドラゴンのメンバーを見つめ……ため息をつく。これほど成長した相手と戦う、というのは過去の使徒との戦いでも経験がない。どうやって勝てば良いというのだろう?


「血がたぎるな……これほどの強敵と戦えるのは喜びでしかない」

 クラウディオは笑う。それを見てネヴァンはほう? と感心したように顔を見つめている。どうやらクラウディオはあくまでも正面から戦うことを望んでいるらしい。戦士ではないネヴァンにはよくわからない理由だが……。


「我らは死なぬ、とはいえ再生には時間がかかるからな。無理はするなよ?」

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