121 ゲルト村防衛戦 12

 九頭大蛇ヒュドラが村の目の前まで到達する。


 その大きさはやはり尻込みするほどに大きく、九本の首……真ん中の首だけは少し大きく立派なトサカがついているのだが、その首が別々に威嚇するかのように蠢いている。

 威嚇の咆哮が九本の首全てから発せられ、かなりの大音量で響く……腹に響く轟音というのはこういうのをいうのだろう。蛇のような声ではなく、ドラゴンのような低音から響く声ではないが、それでも不思議な咆哮を響かせている。


「でかいな……正直倒せるイメージが湧かないな……」

 俺は九頭大蛇ヒュドラのあまりの大きさに、正直驚いている。単眼巨人サイクロプスも大きかったが、それを超えてくる圧迫感……。そんな俺にロスティラフが複合弓コンポジットボウを構えて口を開く。

単眼巨人サイクロプスよりは強いでしょうな……きますぞ」

 その声と同時に、九頭大蛇ヒュドラの首が2本、一気に俺たちへと襲いかかってくる。この大きさであの速度は凄まじい……一本の攻撃をロランが大盾タワーシールドで受け止め凄まじい衝突音を立てる。もう一本はアイヴィーを襲おうとして躱され、再び威嚇するように動いている。


火球ファイアーボール!」

 俺の魔法がロランの盾に齧り付いている首に命中して炸裂する……が、焦げ目すら着かない状態で、ギロリとその首の目が俺を睨みつける。口を開いて一気に俺に向かってくる首。

 その攻撃を俺は大きく横へ飛んで間一髪で躱す。再び剣杖ソードスタッフを構えて巨体に相対する……。攻撃的な魔法を使う俺への警戒度が上がっている気がする。


「はは……目が怖いな……」

 俺は額の汗を片手で拭うと、少し後ろへと下がる。前線で戦うのは俺の本領では無いからだ。特にこう言った巨体の敵を倒すには……俺の攻撃魔法はタイミングと威力が要求されるだろう。

「クリフ、でっかいの用意しとけ!」

 入れ替わりにロランが大盾タワーシールドを構えて前進する。前進してくるロランへ激しく攻撃を繰り返す九頭大蛇ヒュドラ。何度かの衝突音が響く中、アイヴィーがその首の一本へと突進していく。

「まず一本取りましょう! やああっ!」

 アイヴィーは、他の首の攻撃を華麗にかわしていくと、手に持った刺突剣レイピアを大盾に食いついた首の一つに突き立てる。

 一瞬遅れて赤黒い血が頭から吹き出し、アイヴィーは少しうわっ、という顔をしながら刺突剣レイピアを引き抜いて、回し蹴りを放って首を遠ざけ……その間にものたうつ首から血が吹き出していく。

 首の一つを無力化したアイヴィーに憎悪ヘイトが移ったのか、別の首が一気にアイヴィーへと襲いかかる。その首の攻撃を刺突剣レイピアで受け流すと、アイヴィーは剣を持っていない拳で九頭大蛇ヒュドラの顔を殴りつけて後退させる。怯んだようにアイヴィーへ威嚇を続けるも、積極的な攻撃は避ける九頭大蛇ヒュドラ


「うわ、殴ってるわ……」

 アドリアが呆気に取られたような顔をしつつ、ロランへと支援魔法をかけていく。俺は九頭大蛇ヒュドラの様子を見ながらアイヴィーに倒されたはずの首から吹き出す血が止まり……のたうつ首が再び口を大きく開けて威嚇を始めたのを確認した。

「どういうことだ? 頭に刺突剣レイピアを突き立てられたはずだろう?」

 ロスティラフが俺の疑問に答えるかのように複合弓コンポジットボウで別の首を射撃すると、矢が突き立ったにもかかわらず、少し時間を空けてから再び動き始めるのを見て叫ぶ。

「やはり一本だけが本命で、他の八本の首は不死に近いですな!」

 その本命のトサカのついた首は俺たちの攻撃が届かないように高く位置どりを行い威嚇に徹している。あ、届かないじゃないか。


「炎の王……火炎魔人イフリートよ、異界よりその力を欲する我の前に、力を顕現せしめよ。<<火炎の嵐ファイアストーム>>!」

 俺の攻撃魔法……単眼巨人サイクロプスすら焼き尽くした炎の嵐が九頭大蛇ヒュドラを包むが、一旦は弱ったように首が下がるが……トサカ首が大きく吠えると、魔法の効果が打ち消され、八本の首が再び動き始める。

「効いてないな……もっと強力な魔法が必要か」


「クリフ……なんかいい魔法はないですか?」

 アドリアが支援魔法や防御魔法を展開している間に俺に問いかけてくる。その言葉で俺は少し選択肢を考えていく。

 そうだな……まあ、選択肢はそれほど多くない。黒の槍ブラックジャベリン黒の拳ブラックフィスト歪みの亀裂ディストーションだろうか……。いや、もう一つあるにはあるが……この距離だと自分さえ巻き込まれそうなので使えない超強力な攻撃魔法がある。


核撃エクスプロージョン


 魔法大学の酔いどれドリンカーが教えてくれた古代魔法だが、有効範囲で爆発を起こしあたり一帯を焼け野原にしてしまうため使い所がない魔法だ。一度試したのだが、地点を中心に爆発を巻き起こすとんでもない攻撃魔法で、聖王国のとあるトウモロコシ畑一帯を焼け野原に変えてしまったことで、使用禁止にした魔法だ。……ちなみに冒険者組合ギルドの話だと、この事件の犯人探しはいまだに依頼が出ているそうだ。

 ちなみにそこまでの破壊力を生み出しておきながら、実は行使に失敗しているという笑えない現実がある。今ここで使っても魔法を成功させる、という自信はないのだ。

 歪みの亀裂ディストーションを使って首をちぎっていく方が良いかもしれない……。俺は剣杖ソードスタッフを振るってどの魔法が効果的なのか、頭をフル回転させ始める。




九頭大蛇ヒュドラとは……カマラめ、どれだけの魔物を飼っているのだ」

 クラウディオはゲルト村を見渡せる丘の上に立って戦闘の様子を見学している。その横には笑いを浮かべているネヴァンが立っている。

「二〇〇年ほど育てたそうだ。名前もつけておったかな……」


 ネヴァンは九頭大蛇ヒュドラを貸せと言われた時のカマラの顔を思い出して笑う。まるで玩具を取られるのを嫌がる子供のような顔だった。魔物ごときに情が移るなど混沌の戦士ケイオスウォリアーとしては不可思議な感情だな、と思う。カマラは自分が育てた魔物を子供のように愛でており、その辺りが他の混沌の戦士ケイオスウォリアーとは少し異質な部分でもある。


「さあ、あの九頭大蛇ヒュドラがどこまでやれるか……楽しみにしようではないか」

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