120 ゲルト村防衛戦 11

 翌日……村の人々が避難を始めた後、軽い地面の揺れを感じて俺たちは顔を見合わせる。


「きたかな……」

「大きなものが移動しているようですな、振動が重いです」

 ロスティラフが地面に耳をつけて、音の方向を確認している。ちなみに竜人族ドラゴニュートの耳はどこだ? という素朴な疑問も湧くだろうが、頭の横に小さな穴が空いているとかなんとかでそこから音が聞こえるのだとロスティラフがエールを片手に話していた。


「みんな動けそうか?」

 昨日の戦いで怪我をした仲間もいるのだ……俺も治療を受けたが、まだ頭の芯が重い気がしている。とはいえここで引いたら冒険者組合ギルドの面子も潰れれしまうだろうし、俺たちが踏ん張らなければいけない時だ。

 皆の顔を見ると……力強く頷くアイヴィー、アドリア、ロラン、そして笑顔のロスティラフ。大丈夫何がきても俺たちならやれる……。

「よし……準備だ」

 その言葉に夢見る竜ドリームドラゴンのメンバーが動き出す。


 地響きがゆっくりと村へと近づいてくる。石壁の上から見ると、巨体の怪物がこちらへと近づいてきているのが見える……あの姿は前世のギリシア神話にも書かれていた九本の頭を持つ蛇……九頭大蛇ヒュドラか。

 ただしこの世界の九頭大蛇ヒュドラは少しイメージと違う……体はドラゴンのように四足歩行の恐竜のような姿だ。そしてその大きさは凄まじい……体高は一五メートル近いだろうか、尻尾も長く歩くたびに地響きが伝わってくる。

「あれは九頭大蛇ヒュドラですな。竜の眼ドラゴンズアイにいた頃に見たことがありますが……あそこまで大きいサイズのものは初めてです」

 ロスティラフが九頭大蛇ヒュドラを見て感心したように尻尾を動かしている。ロランはその言葉を聞いて口笛を吹く。

「俺は九頭大蛇ヒュドラを見るのが初めてなんだが、どんな生物なんだ?」

 俺は素朴な疑問をロスティラフにぶつけてみる。流石に王国では九頭大蛇ヒュドラなんて化け物を見る機会はなかったからな……。


「そうですな……私もあのサイズは初めてですが、九頭大蛇ヒュドラドラゴンとは違う生物です。卵生で一度に大量の卵を産みますが、共食いで育つのでそれほど多くの個体が生き残るわけではありません」

 ロスティラフは知識を思い出すかのように顎に手を当てて、考えながら喋っている。その言葉を聞きつつ、アイヴィーやアドリアも石壁に登ってその巨体を見ると、少し苦笑いを浮かべている。


ドラゴンとは違う生物って……ドラゴンよりも厄介そうな化け物ね……」

 アイヴィーは赤い眼を輝かせながらも、流石に大きさに驚いているようで少し表情が曇っている。アドリアも大きさを見て少し引いている状況だ。

「正直いえばドラゴンよりも弱いはずです。ただあの大きさになった九頭大蛇ヒュドラというのを聞いたことがないので……この大陸でも数頭しかいないのではないでしょうか?」

 ロスティラフはアイヴィーの疑問に答える。『ドラゴンよりも弱いはず』という評価が正しいかどうかは俺たちにはわからない。ドラゴンと戦った経験は俺たちには無いからだ。

「9つの首は鋭い牙を持っていますが、物理攻撃に特化しているはずです。中心にある一本だけが本体で、それ以外は落としても生えてくる可能性があります。体に攻撃を集中した方が良さそうです」

 ふむ……そういうところは前世のギリシア神話に近いかな……確か一本だけの蛇の首が不死で、それ以外はダミーのようなもの、ということだろう。


「以前、聖堂戦士団チャーチの任務でもう少し小型の個体と戦ったことがある。散々だったよ。仲間も大勢食われてな……」

 ロランが俺を見て口を開くが、そこまで喋るとこちらに近づいてくる九頭大蛇ヒュドラを見つめて黙ってしまう。おそらくその時のことを思い出しているのだろう。少し悔しそうな顔で歯噛みをしている。

「勝てなくて……俺達は逃げたんだ……それで村が一つ滅びた……だから、今回は逃げたくない……」

 彼はスピアを握りしめ……九頭大蛇ヒュドラを睨みつける。今までこう言った話をすることのなかったロランだが、表情を見ていてもその強い気持ちを感じる。


「クリフ……あの化け物を止めましょう。私たちがやらなければこの村は滅びます。だから……ッ!」

 アドリアが俺を見つめて、強い意志を感じる目で訴える。俺はその目を見て……頷く。俺も同じ気持ちだからだ。アドリアの頭をぐりぐりと撫でると、俺は笑う。アドリアが赤面しながら膨れっ面で抵抗する。

「ちょ、ちょっと。何しているんですか」

「いや、俺たちはいい仲間だって思ってさ……信じてるよ皆」

 その言葉で仲間達……アイヴィー、ロラン、アドリア、ロスティラフが俺を見て大きく頷く。


 さあ、戦いを始めようか……俺は近づいてくる九頭大蛇ヒュドラを見つめ、決意を新たにするのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る