118 ゲルト村防衛戦 09

 ガルタンを倒されたことが分かったのか、獣魔族ビーストマンの軍勢は一旦撤退を開始し始めた。


「引き際が早いな……もう一回来そうだな」

 俺は引いていく軍勢を見ながら、村の方向を見る……。外壁はあちこちに砕けた跡があり、物見櫓も炎上している。何よりもその炎が家を焼いており……これ以上の防衛がかなり難しい気がしている。


「クリフ! アドリアも無事だったか」

 ロランが俺とアドリアの元にやってきた。彼の武具も返り血や傷がついている状態だが、本人は打撲程度で済んでいるのがさすがと言わざるを得ない。

「ロランさん、怪我はないですか?」

 アドリアがロランの体を気遣って打撲の様子などを確認していると、そこへロスティラフと、彼に抱えられてアイヴィーもやってきた。


「アイヴィー殿が毒を受けておりまして……アドリア殿に見てもらいたいのです」

「大丈夫なのか?」

 俺がアイヴィーに話しかけると……彼女は少し苦笑いしたように俺に答える。

「大丈夫……少し休めば動けるようになるわ」

 体のあちこちに傷もあるし、太ももについている傷は変色している……ここから毒が入ったのか。


「アドリア、すまないアイヴィーをお願いできるか?」

 俺はロランの体の確認をしているアドリアを呼ぼうと、彼女の肩に触れる……手が触れた瞬間に彼女は少し怯えたように、震えると俺の顔を見て、戸惑ったような表情を浮かべる。

「ひっ……あ、す、すいません。アイヴィーですよね……」


 その様子を見て俺以外の全員が訝しげな表情を浮かべるが……アドリアは首を何度か振っていつもの表情に戻るとロスティラフに頼んでアイヴィーを座らせるとテキパキと治療の準備を開始する。

「クリフ殿……二度目の防衛はかなり難しいと思いますが……どうしますか?」

 ロスティラフが俺に話しかける……そうだな、でも村長の意見も確認しないといけないだろう。村人にどの程度の犠牲が出ているのかも確認しなければいけない。

「村長たちの様子を見に行こう、ロラン二人を頼むよ」

 ロランが頷いて……俺とロスティラフは村の中へと移動していく。その背中を不安な顔で見つめるアドリア。そんな表情を見てアイヴィーが何かに気がつき、ため息をついてアドリアに話しかけた。

「アドリア……治療しながらでいいわ、話できる?」

「え、ええ……」

 アドリアは不安そうな表情を隠せないまま、アイヴィーを見つめて頷く。




「おお、冒険者の……敵はどうなりましたか?」

 村長は集会場……村人とともに固まってじっとしていた。村人のほとんどは不安そうな顔で俺たちをみている。自警団の怪我人で治療が終わった者もここへと運び込まれていたため、彼らにとっては不安しかないだろう。

「一回目の襲撃は撃退しました。ただ二回目があるかもしれません」

 俺は包み隠さずに事実のみを淡々と伝える。その言葉に村長は真っ青になる。とはいえ隠しても仕方ないしな……。


「だ、大丈夫なのですか?」

「こちらの戦力を確認していますが、おそらく二回目の防衛はより被害が大きくなると思います。村の皆さんはデルファイへの避難を開始していただいた方が良いでしょう」

 その言葉に村人たちは動揺する。村長が諫めるもすぐには収まらず……俺に向かって村人たちが口々に文句を言い始める。


「なぜ守り切れないのか!」

「どうしてだ! ゴールド級冒険者だと聞いたのに!」

「私たちの生活が……どうしてくれるんだ!」


 口々に俺に対する文句が飛んでくる……覚悟はしていたけど、まあこうなるよな……俺は黙って彼らの文句を聞き続ける。ロスティラフが何度か勝手に騒いでいる村人たちに反論しようとしたが、俺はそれを手で制して黙って話を聞き続ける。辛い……世間一般ではどうか知らないが、ゴールド級冒険者とはいえ俺の中身は普通の人間だ。

 罵倒や非難に耐え切れるほど俺の心は強くはない……ただ、責任感だけで一方的な言葉に耐えている……前世でもベクトルは違うが、さまざまな罵倒を受けたことがある。

 大体が一方的で、しかも容赦ないものが多かった。それで傷つくことも多かったが、異世界転生してすっかり忘れていた。


「す、すいません。とはいえ皆さんの命を守るのが最優先だと思います。皆さんに決定は委ねますが……私としては避難をしていただきたいです……」

 俺は黙って頭を下げる。頭を下げる俺に尚も食ってかかる村人も多かったが……村長やアベラルドが間に入り、何とか収まると、彼らだけで議論が開始される。


「大丈夫でしょうか?」

「ん? ……ああ多分退去はしてくれると思うけど……それ以前に攻められる可能性もあるよな……」

 ロスティラフは俺の言葉に頷くと、俺の肩にそっと手を載せた。そして俺を見つめて頷く。頑張ったな、と言わんばかりの笑顔で。

 ああ、ロスティラフは優しいなあ……惚れちゃうかも。

 そこへ治療の終わったアイヴィーがアドリアとともに歩いてきた。そして俺の前に立つと……いきなり手を握って引っ張っていく。


「え? な、何?」

「ロスティラフ、ちょっとクリフを借りるわ」


 呆気に取られたロスティラフはキョトンとした顔で俺たちを見送って行ったのだった。

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