117 ゲルト村防衛戦 08

 破裂音とともに、魔法の障壁プロテクションを貫けなかったガルタンの黒の拳ブラックフィストが弾け飛ぶ。


「あ、アドリア?! なんで前線に……」

「助けに来たんですよ。クリフ一人じゃ負けちゃうかもって思ったんで」

 アドリアは俺を見つめてニコリと笑う。

 危ないだろう?! と俺は詠唱を中断して目の前のアドリアの肩を掴む……そこで気が付いた。彼女の肩は震えていて、額には汗が滲んでいる……やはり本調子ではないのだ。その事実に気がついて……俺はそれ以上疑問をぶつけられなくなった。


「すまない……」

「私はクリフの仲……いや……私の大事な人を守るのに理由なんかないんですよ」

 アドリアはぷい、と顔を背けてガルタンに向き直る。再び魔法の障壁プロテクションを展開し始める。アドリアの防御魔法魔法の障壁プロテクションは物理・魔法問わずにフィールド内に侵入させないだけの密度がある。

「ここは通さないわ! やれるものならやってみなさい!」


「ククク……一人増えたところで……障壁など破壊してくれるわ!」

 ガルタンは狂気的な笑みを浮かべて黒の拳ブラックフィストを発動させて障壁へと叩きつけ始める。衝突音が響くたびに魔法の障壁プロテクションの光が薄まるが、アドリアが手をかざして魔力を充填して再び障壁の効果を回復させていく。

「この程度で……私の魔法を貫けると? 馬鹿にしないでください!」

 しかし……アドリアの呼吸は荒くなっており、かなり辛そうな顔をしている。その表情に気がついているのか、ガルタンは笑いを絶やさずにひたすらに障壁へと攻撃を繰り返している。

「顔はそうは言っていないぞ? 半森人族ハーフエルフよ」

 アドリアが額の汗を拭いながら……必死に障壁の維持に回る。そして、そのタイミングで俺の心にあの声が響く。


<<模倣コピー完了しました。黒の拳ブラックフィストが使用可能となります>>


 模倣コピーが完了した魔法の構造が一気に流れ込んでくる。黒い槍ブラックジャベリンと構造としては似ている気がする。魔力構成とか、既存の魔法とは少し違う場所から魔力を引っ張り出しているところなど。そして構造が解析できるとこの魔法は単なる魔力で構成した拳で叩くだけの魔法ではないことがわかる。

「これは……追加の腕のようにも扱えるのか……」


 ガルタンの攻撃が激しくなり、アドリアが片膝をついた。もう限界かもしれないな……俺は急いでこの状況を好転させるために黒の拳ブラックフィストの詠唱を開始する。


<<企画プランニング、仕様模倣を発動します>>


「影より生まれよかいな

 俺の影から黒い霧が体へと巻きつくように立ち登る。その様子を見てガルタンが驚愕の表情を浮かべて攻撃を止める。そして、攻撃が止まったことでアドリアにも余裕が生まれるが、異様な雰囲気を感じたのか慌てて俺の方向を見て……その表情が固まる。

「漆黒の腕よ、わが意思に従い敵を討ち滅ぼせ。黒の拳ブラックフィスト

 黒い霧が次第に腕の形へと姿を変えていく、その腕はまさにガルタンが使っている黒の拳ブラックフィストと瓜二つだ。


「ば、馬鹿な……私の黒の拳ブラックフィストを……なぜだ!」

 ガルタンが焦りの表情を浮かべて叫ぶ。それには答えずに俺は黒の拳ブラックフィストを伸ばし、ガルタンを掴み取る。ガルタンは黒の拳ブラックフィストを解除してモヤを防御へと回すが……俺の黒の拳ブラックフィストはそれをものともせずに、そのまま締め上げていく。


「俺がお前の魔法を模倣コピーした……」

 俺はガルタンを締め上げたままその問いに答える。アドリアは目の前で見せられる光景に口を開けたまま唖然としている。メリメリと音を立ててガルタンを締め上げていく。

「そうか……これがガエタンを倒した使徒の……ハハハ……お前はやはり危険人物だ……」

 ガルタンは笑いを浮かべてこちらを見る……黒いモヤが限界を迎えて消失していき、そして一気に黒の拳ブラックフィストが肉体へと食い込み……全身の骨が砕けていく嫌な音が響く。それでもガルタンは意識を失わずにアドリアと俺の顔を交互に見て……そしてアドリアへ向けて囁いた。


「ククク……お前の大事な人とやらは……グハッ……人ではない化け物……クハッ」

 その言葉と同時にガルタンは口から血を吐き出して……黒の拳ブラックフィストに音を立てて潰されていく。拳の間から林檎を絞るかのように血が滴り落ち……グシャグシャに潰れて絶命したガルタンの残骸が地面へと落下し、音を立てた。


 俺は黒の拳ブラックフィストを解除する。霧が消失していくように、俺の身体から消失していく。そして模倣した魔法の最初の一発……凄まじいまでの倦怠感が俺を包み込み、俺は膝をつく。

「あ、アドリア……大丈夫か?」


「え……あ、あの……」

 アドリアが困惑したように俺を見ている。顔をあげて彼女を見ると、その目に少し怯えの色が感じられる。何かを聞こうとしているのか、口を何度もパクパク動かして……何かを言おうとしてはすぐに言い淀み、何を話せばいいのかわからないという表情だ。

 そうだな……アイヴィーに初めて魔法を見せたときはこんな反応だった。彼女は俺が魔法を模倣していることを知っている。が、アドリアには話していなかった。


「すまない、今は何も聞かないでくれ。ちゃんと話すから……」

 俺は剣杖ソードスタッフを拾い上げて、支えにして立ち上がると、アドリアに頭を下げる。

「……わかりました……今はそんなことを言う時ではありませんね……」


 アドリアは俺の顔を見ずに……悲しそうな、そして辛そうな顔で答えた。

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