116 ゲルト村防衛戦 07

「勝手に話終わらせようとしてるんじゃねえよ……」


 俺は杖を支えに立ち上がる。咳と共に血が混じった唾液が口に混じり、地面へと吐き出してから口を拭う。脇腹に結構いいのを食らった……残念ながら足が震えている。ボクシングの試合でボディブローを食らって立てなくなるボクサーを見て、そんなに効くものなのか、なんでだろう? と謎に思っていたが、今食らってみると恐ろしく痛いし、ダメージがあるな。何発も食らうと簡単に意識ごと持っていかれそうだ。

 ガルタンは俺が立ち上がったのに驚いているが、すぐに獰猛な笑顔を見せると戦闘ポーズを取る。


 さて、ガルタンのあの黒い腕は、魔法だろうか? それまで体にまとわりついていたものが腕の形になって殴りつけられた。名前は確かガルタンが話すには『黒の拳ブラックフィスト』だったか。巨大なハンマーか何かで殴りつけられたような衝撃だった。


<<企画プランニング実行。『黒の拳ブラックフィスト』の模倣コピーを実行できます。>>


 頭の中に声が響く。模倣コピーができる……また見られたら問題を起こしそうな気がするが、ここは素直に声に従う方が良いだろう。どの程度の時間がかかるかな。


<<模倣コピーを実行します。……完了までの作業時間は残り一五分、カウントダウンを開始します>>


 一五分……結構かかるな。とは言えこれは切り札に取っておく。まずは目の前のガルタンをどうにかするしかない。俺は手を伸ばして、魔法を練り上げる。

「炎の王……火炎魔人イフリートよ、異界よりその力を欲する我の前に、力を顕現せしめよ。<<火炎の嵐ファイアストーム>>!」

 ガルタンを中心に炎の嵐が吹き荒れる。普通の獣魔族ビーストマンであれば黒焦げだろうが……ガルタンの体を包む黒いモヤが彼の体に炎を寄せ付けていない。

「ハッハッハ、使徒殿は無駄な足掻きが好きとみえる」

 腕を組んで高笑いを始めるガルタン、もちろん俺もこれが通用するとは思っていない。予想通り黒の拳ブラックフィストは防御の時には消滅している。防御か攻撃の二択で使えるのだろう。


 激しく燃え盛る魔法の炎が消えると、無傷のガルタンがこちらへとゆっくりと歩いてくる。俺が剣杖ソードスタッフを構えると、ガルタンは一気に加速して俺に接近する。三本の腕を振り回して一気に攻め込んでくる。

 再び俺は剣杖ソードスタッフを使って、防御に専念しつつ黒の拳ブラックフィストの発動を警戒する。当然戦士ではない俺にはそこまで器用な防御は出来ず、防御が出来ないガルタンの拳が俺の鎧に命中していく。


 魔道士だけど、俺は金属製の板金プレートを一部使用した鎧を着用している。あくまでも重要な部位のみを覆う形で、それ以外の部分は革鎧レザーアーマーでカバーしているのだが。黒の拳ブラックフィストを食らった腹部……というより脇腹に近いのだが、そこには板金プレートがカバーしていない部分だった。

 ガルタンは板金プレートを叩いたことで、違和感に気がつき一度距離を取る。そこへ俺は戰乙女の槍ヴァルキリースピアを打ち込むが、黒いモヤが魔法を消滅させる。


「やはり効果はないな……」

 この高速で飛翔する魔法も簡単に消滅させてしまうガルタンの防御能力はちょいと面倒だ。古代魔法なら防御を貫けるだろうが……隙が生まれるだろうか?

「グフフ……何か考えておるな? やらせんよ」

 ガルタンが何かに気がついたように一気に距離を詰める。残念ながら古代魔法は詠唱が必要な状況なので、接近戦に持ち込まれると詠唱が妨害されてしまうのだ。


「くっ……どうする……?」

 ガルタンの猛烈な攻撃を多少くらいつつ、防御に専念していく。身体中に痛みが走るがこの程度なら我慢できるが……ジリ貧だな……。

「フハハハ! 使徒殿よ、どうするのだ!」

 ガルタンは高笑いをしながら次々と拳を繰り出す。防御を突き抜けてくる攻撃にジリジリと後退してく俺。一度大きくバックステップして距離を取る。やるしかない。


<<模倣コピー……残り時間は五分となります>>


「……闇よ、深淵の力よ」

 その詠唱が始まると同時に黒の拳ブラックフィストを発動させるガルタン。同時に俺の目の前に黒点が生まれる。魔力が集中していき、収縮する。

「そのままやらせんよ?」

 ガルタンがニヤリと笑い……黒の拳ブラックフィストの拳が一気に俺に迫る……。その瞬間、俺の前に人影が割り込む。


「やらせませんよ! <<魔法の障壁プロテクション>>!」

 黒の拳ブラックフィストが光り輝く壁に衝突して甲高い音を立てる。ギリギリと音を立てて拳と壁がせめぎ合う。しかし壁を貫けるだけの魔力をガルタンは持っていないようで、押し込めない。

「ぬうっ! 黒の拳ブラックフィストを受け止めるだけの魔力……誰だ!」

「はっはっは! 私の防御魔法を舐めてもらっては困りますねえ。でしょ? クリフ」

 その人影は……俺に顔だけ向けてニッコリと笑う。藍色の髪、少し尖った耳。ローブを着た華奢な体型。


 治療院で怪我人の看護をしているはずのアドリアだった。

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