110 ゲルト村防衛戦 01

 あたり一面に不気味な角笛の音が響く。


 その音を合図に、轟音のように獣魔族ビーストマンたちの咆哮が沸き起こる………。村人たちが慌てて集会所への避難を開始し、自警団が忙しく走り回っている。

「北側からきますぞ!」

 ロスティラフが櫓から叫ぶ。彼は自警団の射手へ指示を出しながら、周囲の状況を再度確認している。俺たちは北側の防衛のために門の外に立っている。目の前には柵が立ち並び……一気には襲いかかることができないようになっている。

 大群が近づくにつれて、地響きの音や角笛の音、そして咆哮がどんどん大きくなっていく。後ろを見ると、自警団のメンバーが不安そうな顔で槍を構えている。


「大丈夫、俺たちが撃ち漏らした敵だけを相手してくれればいいから……」

 俺は震えている自警団のメンバーへ、安心させるように話しかける。そういえば、俺は子供の頃にセプティムたちと一緒に戦ったことで、完全に麻痺してしまっているが普通の人はこういう戦いの前は自警団の面々のように恐れを感じるのだよな……。

 アイヴィーが刺突剣レイピアを抜き放ち顔の前に立てて心を落ち着けている。彼女の戦いの前に行っているルーティーンだと聞いた。何度も深呼吸を繰り返している。

 ロランも兜を何度も被り直して細かく調整をしている。俺は……剣杖ソードスタッフの握りを確認するように、くるりと回す。この剣杖ソードスタッフは大荒野に向かう時に聖王国で作ったものだ。魔道士とはいえ接近戦に巻き込まれるケースが多く、攻防一体の武器として使っている。影霧シャドーミストは俺の中では最後の最後まで取っておく切り札としての認識だ。


 北門の先に、獣魔族ビーストマンの集団が見えてくる。山羊、羊、鹿など獣魔族ビーストマンならではの様々な頭部がこの距離からでもわかる。武器は剣や斧、槍などが多く、盾を持っている個体は少なそうだ。

 数が多く、個体の身長差もかなりあるようで一番大きいものは暗黒族トロウルよりもさらに大きいサイズの獣魔族ビーストマンも見えている。

 ある程度の距離を保ったまま、獣魔族ビーストマンたちは足踏みを始める。地響きのように村へと響く獣魔族ビーストマンの足踏み、威嚇行動だろうな……。自警団のメンバーにも恐怖で真っ青になっているものもおり、戦いが長引かないうちにケリをつけないと、危ないかもしれない。

 どうやら先頭にいる山羊頭で三本腕の獣魔族ビーストマン……これは武器を持っていないようだが、手をスッとあげると足踏みが止まる。


 その山羊頭が大きく不思議な咆哮を上げると、角笛が鳴り響き……ゆっくりと集団が前進し始める。完全にこちらの戦意を奪うためにわざと駆け出さない……わかってらっしゃる。

「ならこちらは……一発大きいのを叩き込まないとな」

 俺は杖を振るって魔法の準備を開始する。こういう場合は集団を巻き込むような大掛かりな魔法で出鼻を挫く方がいいだろう。

「炎の王……火炎魔人イフリートよ、異界よりその力を欲する我の前に、力を顕現せしめよ。」

 相手がゆっくりとした進軍速度であれば時間が豊富にある……魔力を集中して、射程距離に相手が入るまでじっくり待つ……ここかな。

火炎の嵐ファイアストーム!!」

 目標とした地点に火炎の嵐が巻き起こり、複数の獣魔族ビーストマンが巻き込まれて悲鳴を上げる。ん? 魔法の威力も心なしか強い気がする。目の前で仲間の獣魔族ビーストマンが炭化していくのを見て、他の個体が驚いたように吠える。


「ロスティラフ! 撃てえっ!」

 俺の号令に合わせて、ロスティラフと自警団の射手が弓を撃ち始める。数は少ないものの、確実に弓矢が獣魔族ビーストマン数体へと突き刺さる。自警団の矢は相手に傷を負わせているに過ぎないが、ロスティラフの複合弓コンポジットボウの威力は凄まじく、命中した獣魔族ビーストマンが血飛沫を上げて倒れていくのだ。


「さすが……私たちはどうする?」

 アイヴィーが刺突剣レイピアを再び振るって突撃の姿勢を作る。

「ダメダメ、引き込んでから各個撃破していく方がいい」

 俺はアイヴィーを止めると、柵の両側へと炎の壁ファイアピラーを立てて、侵攻方向の固定化を狙っていく。少し不満そうなアイヴィーに笑いかけると、ロランへと合図をして柵の内側へと後退していく。そこには自警団が槍を構えて待ち構えている。


 再び咆哮が上がると一気に獣魔族ビーストマンたちが突撃を開始したようで、地響きのような音を立てて柵へとぶつかってきた。初回の衝突では柵を乗り越えられなかったようで、踏鞴を踏む個体もいた。

「槍で突くんだ!」

 ロランの号令で自警団が必死に槍を突き出して獣魔族ビーストマンへと攻撃を仕掛ける。俺は簡易的に作った台の上へと登り、火球ファイアーボールを準備して、獣魔族ビーストマンの後背へと打ち込んでいく。

 火球ファイアーボールもかなり使い込んだ魔法であり、詠唱はほとんど行わなくても準備ができるくらいまでは練り込んである。まあ、こうなってくると便利な魔法だよなあ。

 連続で火球ファイアーボールを発射すると、まるで投石器の射撃のように弓なりの挙動で火球が飛び、着弾と同時に爆発を起こして何匹かの獣魔族ビーストマンが吹き飛んでいく。まるで昔見た戦争映画のような光景だが、今は感嘆している場合ではない。


 自警団の槍で傷を負った獣魔族ビーストマンをロランやアイヴィーが攻撃をしてトドメを刺していく。俺は作業のように相手の陣形の真ん中へと火球ファイアーボールを連続で打ち込んでいく。

 敵側からも弓矢が飛んでくるが……現状では石壁や炎の壁ファイアピラーを避けて射撃をしているため動き回る俺たちには命中しない。射手をロスティラフが認識したのか、個別に狙撃を行なって射手を沈黙させていく。


「そろそろいけるな」

 単調な突撃を繰り返す獣魔族ビーストマン達だが、流石に突撃を受け止められ、じわじわと損害を出し始めていることに焦りの色が隠せなくなってきている。ここで一気に俺たちが突撃することで、相手を押し返すことができるかもしれない。

「アイヴィー、ロラン行くぞ!」

 俺は二人に号令をかけて剣杖ソードスタッフを振り回して一気に突撃を開始する。

「あ、この脳筋魔道士が!」

 ロランが慌てて大盾タワーシールドを全面に構えて、突進していく。アイヴィーも目を爛々と輝かせて近くにいた獣魔族ビーストマンを切り払うと、一気に突撃していく。


 目の前に直刀ファルシオンを片手に突進してくる獣魔族ビーストマンが現れる。俺は剣杖ソードスタッフを振るって相手の攻撃を杖側で受け止め、反動を利用して体を回転させて刃の部分を獣魔族ビーストマンの腹部へと突き入れる。そして相手を蹴り飛ばして剣杖ソードスタッフを引き抜くと、次の敵へと切りかかる。


 防衛に徹すると思われていた冒険者側のまさかの突撃に面食らったのか、及び腰で戦っている獣魔族ビーストマン達。少し距離が離れていれば魔法の弾幕マジックミサイルを片手で放って牽制を行い、ロラン、アイヴィーが戦いやすいように戦場をコントロールしていく。

 そこへ、三本腕の山羊頭の獣魔族ビーストマンが姿を表した。俺の顔を見てニヤリと……邪悪な笑みを見せる。


「貴様が集団の中心だな……我の名前はガルタン。存分に殺し合おうぞ」

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