109 ゲルト村防衛戦 前夜

「さて……そろそろ到着するはずだな」


 依頼のあったゲルト村が見えてくる……村とはいえ、石造りの壁が周囲を囲っており、軽い砦のような外見に見える。物見櫓や、簡単な防衛施設が設置されており普通の村という印象ではないな。

「そうですね、昔の資料を見ていますが何度も村が壊滅するような攻撃を受けているようですね」

 アドリアがロスティラフに背負われながら、書類をめくっている。まだ彼女は長時間の移動に耐えられる体ではない、とロスティラフが教えてくれた。しかし今の時点では、アドリアは辛そうな顔を見せてない……無理をしている気はするが、それを突っ込むとアドリアが怒りそうだからな……。


 俺たちが村の中へ入ると、怯えた住人たちが慌てて家に逃げていくところだった……ああロスティラフの外見か……。

「ローブを被ってくればよかったですな、私は外で待っていましょうか?」

 ロスティラフは少し困ったような顔をして、俺の顔を見ている。

「大丈夫、ロスティラフがいないとアドリアも外で待たせることになるから……お出ましだな」

 そこまで話すと、村の自警団らしき若者たちがこちらへ走ってくるのが見えた。


「止まれ! お前らは何者だ」

 自警団のリーダーらしき若者がこちらに槍を向けて俺たちを睨みつけている。槍はあまり使用していないだろうか、少し刃先にサビが浮いているような状態で、防具は革を滑してリベットを打ち込んだ鋲打ち革鎧スタッドレザーを着用している。自警団にしては防具の質はそれなりに良い、が手入れが必要だなと思った。

「防衛のために雇われた冒険者だよ」

 俺はゴールド級しか持たない金で装飾されたペンダントを胸元から取り出して見せる。そのペンダントを見て……困惑したように顔を見合わせる自警団の若者たち。

 まあ、そうだよな。夢見る竜ドリームドラゴンのメンバーの外見がどう伝わっているかわからないが、自警団の若者……といっても彼らは俺より年上だ。やたら若い魔道士、金髪ねーちゃん、デカい盾を持った戦士、竜人族ドラゴニュートそしてその背中にいる半森人族ハーフエルフの少女……色モノパーティに見えてしまうだろう。

 自警団の若者は困ったように相談をしていたが、埒が明かないようでリーダーがこちらに向き直って宣言する。

「と、とりあえず……村長のところへ案内する」




「こんにちは、俺が夢見る竜ドリームドラゴンのリーダーを務めていますクリフです。こちらはアイヴィー、盾を持った戦士がロランで、竜人族ドラゴニュートがロスティラフ、半森人族ハーフエルフのアドリアです」

 俺は案内された村長の家で、自分たちの紹介をする。村長もあまりに若い俺たちに困惑気味だったが、冒険者組合ギルドの紹介状と、ペンダントを見て納得してくれた。

「まさかこんなに若い方達だとは思っていませんでしたが……この村の防衛に力を貸してくだされ……」

「はい、俺たちでできることであれば」

 俺と村長は握手を交わし……先程の自警団のリーダーにも同様に握手を求める。少し戸惑った様子だったが、リーダーは俺の手を握り返して……、そういえばこの人名前なんだっけ。

「俺の名前はアベラルドという、よろしく頼む」

 リーダー=アベラルドという名前か、覚えた。俺は少し笑みを浮かべてから本題に入ることにした。

「村の防衛設備とか、状況を確認したい案内してもらえるだろうか?」

 アベラルドはお安い御用だ、と笑うとすぐに立ち上がる。さあ、ここからは時間が勝負だな。


 ゲルト村の防衛施設はやはり思っていたよりも揃っていた。石壁もきちんと整備されており、綻びになるような部分は見当たらない。投石器などの装備はないが、物見櫓もしっかり組まれているのと自警団には数人弓を使えるものも存在しているし、村には治療院もあり、さらにはそれほどランクは高くないが魔道士すらいた。

「まさか、移住したてで戦いに参加することになるとは……」

 村の魔道士であるガイスカはもともと聖王国出身で、学者をしていたそうだ。年齢は三〇代で学者として各地を調査していたが大荒野の魅力に取り憑かれ、このゲルト村へと定住することになった、のがたった1年前ということで少し後悔したような顔をしていた。

 うまくいかないものですね、と話すと苦笑いをしていたがこの際魔道士の手も借りたいところは山々なので、無理を承知で防衛に参加してもらうことになった。


「侵攻してくるルートとしては一箇所しかないそうだ、村は南北に街道が縦断していて入り口と呼べるのは二箇所しかない。洞窟からの最短ルートは北側の入り口になるそうだ」

 ロランは簡易地図をもとに防衛戦力の割り振りを調整している。街道には木の柵をたてて一気に侵入できないようにしているが、大した足止めにはならないだろう。

 南側の入り口には最小限の護衛をおいて、いざというときは音色の違う角笛を使って連絡をする、という手筈を整えた。


「ロスティラフは弓を使って援護をしてくれ。櫓の上がいいかもしれない」

「承知」

 ロスティラフはゴツい複合弓コンポジットボウを片手にニヤリと笑う。その顔が獰猛な野獣のように見えてしまい、自警団の面々が怖がっているが……まあこれは慣れてもらうしかないな。

「アドリアは治療院で負傷者の救護と治療にあたってくれ」

「わ、私も前線に出れますよぉ!」

「いや、本調子じゃないだろう? あと体をちゃんと休めるんだ、いざという時に動けなくなる」

 膨れっ面で抗議するアドリアだが、顔色が少々悪い。かなり無理しているのはわかっているので、ロスティラフに頼んでアドリアを早めに治療院へと送り届けてもらうことにする。


「アイヴィーとロラン、俺が前衛で戦おう。柵をうまく使って一度に囲まれないように戦うしかない」

 アイヴィーとロランも頷く。アイヴィーは目が赤く輝いていて、戦いの前の高揚感を感じているようだ。俺もこの3年で接近戦の訓練をロランやアイヴィーと続けてきている。他の魔道士よりもはるかに役に立つと思う。

「最悪村の中に敵が入り込んでしまうことも想定して、集会場に皆を集めておいてくれ。無理だなとなったら俺たちが率先して殿について村の住民を逃す、それでいいな」

 この場にいる全員が頷く。




 夜になるまで少し時間があったため、休息と食事を取ることになった。とはいえ歓待を受けるようなものではないため、簡単な食材を提供されたものを村の広場で焚き火を起こしてもらって調理している。

 ロスティラフは弓の整備をしているが、村の子供達がロスティラフの尻尾につけた青色のリボンが気になるらしく……それに気がついたロスティラフは悪戯心を発揮して、尻尾を大きく揺らしていたりしている。

 子供たちはその動きにつられて尻尾を掴もうと飛びついたりしており、他の村人たちも少し和んだ空気を出し始めていた。


「ロスティラフは子供好きなのよね」

 アイヴィーがその様子を見ながら楽しそうな顔で笑っている。その横顔を見つめていると、視線に気がついたのかアイヴィーが俺の方へと顔をむけ……笑う。

「どうしたの?」

「あ、いや。平和な時間が長く続けばいいなって」

 アイヴィーはその言葉に、空を見上げてつぶやく。

「そうね……ファビオラが話していた帝国が戦争を考えている、って話……本当かしら」


『帝国は来るべき戦争に向けて各地の遺跡から発掘した様々な古代の遺物アーティファクトを集めているのです。その栄光ある戦争にあなたも参加なさるのでしょう?』


 ファビオラは確かにそう言っていた。帝国は確かに過去に拡大戦争を繰り返していた。かなり前に聖王国、サーティナ王国との条約を締結して現状は仮初の平和がこの大陸にはもたらされている。

 しかし、その裏で帝国が再侵攻の機会を窺っているとしたら……再び戦争が勃発したとき、このパーティメンバーは一緒にいられるのだろうか? ふとそんな不安が頭をよぎる。

 アイヴィーが俺の隣に座ると、そっと俺の肩に頭を乗せて……あの時のように呟いた。


「帝国が戦争を始めても、私はあなたのそばに居るわ。帝国に帰れなくなっても……」

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