103 夜とエールと混沌の戦士(ケイオスウォリアー)

「ねえ? なんで……嘘をついたの?」


 深夜、酒場での食事が終わって俺たちはそれぞれの部屋に戻った。アドリアは少し不満そうな顔をしていたものの、それ以上はその場では話さずに有耶無耶になったままだ。

 そして俺とアイヴィーはいつものように一緒のベッドの上にいた。お互いが満足するまで十分に抱き合ってから、ふと彼女が口を開き……俺に尋ねた。


「なんで嘘ってわかるの?」

 俺は少し意地悪をしたくなり……あえて問いに対して問いで返す。その問いに少し困ったような顔をして俺を見つめると、アイヴィーが意を決したように口を開いた。

「眼で見た……ダメだってわかってたけど、あなたが嘘をついたのがわかった」

「そうか……」

 俺はアイヴィーの頭を……普段のツインテールではなく長く解けている髪を少し弄った後、優しく撫でる。手の動きに合わせて……少し嬉しそうな顔をする彼女。その顔を見て心から愛おしい、と思う。

 初めて会った時のアイヴィーはもっと繊細な印象だったのだが、冒険者として活動し時間を共にしていくに従って、芯の強さというか……隠されていた勇気や、力強さを感じさせる目をするようになってきた。それでも、2人だけの時間を過ごしているときは、少し昔に戻ったような儚げな顔をすることがある。

 今アイヴィーがしている目は、そんな少し繊細さを感じさせる目だ。


「すまない、話せないんだ。そう決められている」

 これは事実だ。あの声が話すな、と言った時にそれ以上話したら俺は……もしかして死んでいた可能性すらある。だから心から愛する彼女にすらあの話ができない、と理解した。

「そう……ならこれ以上は聞かない方がいいわね。私は……あなたを愛するって決めた時から、何があっても信じるとも決めているから……あなたを信じるわ」

 アイヴィーは俺の胸に顔を埋めて……俺の背中に回した手に力を込める。俺もそれを返すために彼女の背中に手を回して……その滑らかな感触を感じながら抱きしめる。

「いつか……話せる時が来たら一番最初に君に話すよ、約束する」

「信じてる……」

 俺たちの夜はもう少し長くなりそうだった。




「あーあ、私とんでもないの好きになっちゃったんですねえ……」

 アドリアはいつものようにロスティラフを相手に、何杯目かわからないエールを口に運んでいる。ロスティラフは少し苦笑いをしながらジョッキを傾けている。

「まあ、クリフ殿が普通の人であれば……また違うのでしょうが。私は彼に異質な部分を感じていましたので……」


 アドリアが空になったジョッキを給仕に見せて、おかわりを頼んでいる。給仕もこの半森人族ハーフエルフの少女がかなりの酒豪であると理解しているため、慣れたものですぐにお代わりのジョッキが運ばれてくるようになっている。

「まあ、異質なのは昔からそうですね……ちょっと変わった人でしたし」


 よく考えてみれば魔法大学の時から少し変わった学生だった。普通の人が試さないようなことをやったり、階級差をものともせずに突っかかっていったり、かと思えば不思議なくらい惹きつけられる笑顔を浮かべている、そんな男性だ。

 アドリアもそんな不思議なところと、優しさが同居しているクリフに惚れたのだが……。ジョッキに入ったエールを見つめて……ふとクリフの笑顔を思い出して、少し頬を染める。

 ああ、こんなにも夢中に……本当に愛しているんだな、彼のことが。と改めて思うのだ。


 そんなアドリアを見てロスティラフが、優しい笑顔を浮かべている。まあ、他の人間には何かを企むような顔にしか見えないだろうが、このパーティのメンバーならロスティラフが本当に優しい笑顔を浮かべている、とわかるだろう。

 そんな顔のロスティラフを見て、少し怯えた顔の給仕がロスティラフ用のおかわりのジョッキを差し出してくる。

「助かります」

 ロスティラフは丁寧にお礼をいうと空になったジョッキを給仕に手渡す。アドリアを見ると、ジョッキに残ったエールをちびちびと啜りながら……頭を掻いている。

「気にしても仕方ないですね。彼が話したいというまでは待ってあげるのも……仲間の使命、か」


「そうですな。我々は一蓮托生……ですからな」

「フフ……ロスティラフさん本当にお父さんみたいですよね」

 アドリアはロスティラフに笑いかける。そこでとても重要な約束を思い出して……あれ? という顔をした。

「……帰ったら当分一緒にいるって約束したのに……忘れてるなクリフ……」




 都市国家デルファイ郊外の丘の上。そこにその人影は立っていた。

 板金鎧プレートアーマーに身を包み、兜を被っていない頭部は髪の毛を剃り落としたつるりとしたもので、顔中に複雑な刺青が刻み込まれた不思議な顔だ。身長は非常に高く2メートル近い巨軀であり、威圧感を感じさせる。目はエメラルド色に輝いており……顔には笑みが浮かんでいる。


 クラウディオ。この男の混沌の戦士ケイオスウォリアー、第三柱の名だ。


「直接攻撃をしても良いが……まずは絡め手と行こうか」

 街の灯りを見つめて不気味に笑いながら、指をパチンと鳴らすと彼の背後に一人の男が進み出る。

「現地の犯罪組織は使えるか?」

 クラウディオの問いに、男はひざまづいて答える。

「申し訳ありません、デルファイの犯罪組織は現在最高の冒険者パーティを攻撃することを拒否しました……ただ、黒鴉と呼ばれる男なら貸し出せると」


「よろしい。ではあの半森人族ハーフエルフを捕らえよ。痛めつけて戦線離脱を図り、使徒の戦力低下を狙う」

「承知いたしました」

 ひざまづいた男が立ち上がり、暗闇へと消えていく。

「さて……どう動くかな?」


 クラウディオのエメラルド色の目が……不気味に輝く。

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