101 神性への道(クエスト)

「う、ご……け……っ!」


 動けなくなった俺の前で仲間達と食人鬼オーガ達との戦闘が繰り広げられている。俺は意識があり、その様子を這いつくばって見るしかできない状態に陥り……なんとか体を動かそうと必死になっている。その時。


<<……ウイルスの解析が完了しました。>>


 え? な、なんだ? 動けない俺の頭の中で声が響く。これはあの声からもらったチート能力の声か。何度か聞こえていたが……毎回唐突なタイミングで聞こえる気がしている。声はさらに続く。


<<現バージョンをアップデートすることで、本ウイルスの無効化……プロテクトが可能です。>>


 な、なんですとー! そんなチートができるんですかー! 俺は頭の中で思いっきりツッコミを入れている。なんて便利な能力なんだ、というかバージョンってなんですか、俺自身がゲームアプリかなんかですかね。その質問には声は答えず、ただただ無機質なトーンで声が頭の中に響いていく。


<<バージョンアップによって、希少性レアリティが向上します。それでもよろしいですか?  Y/N>>


 希少性レアリティ? カードのスーパーレアとかスーパースペシャルレアとかか? まあ俺自身は希少性レアリティなんて考えてなかったが……もしかして今の俺はランクがそれほど高くないということなのだろうか……。ノーマルだったりしたら悲しいな、いや前世の俺がノーマルカードだった、というのはどうしようもない事実なのかもしれないが。

 少ないながら希少性レアリティを上げていける仕様のゲームもあったことだし、イメージとしてはまあ確かにやれそうな気もしている。……ここは深く考えても仕方ないな、とりあえずイエス!


<<アップデート開始。希少性レアリティの向上により、イベント神性への道クエストが解放されます。勇者ヒーロー及び魔王ハイロードへの道が開かれます>>


 ん? しれっとなんかおかしなものが入っている気がするが……。俺は急速に眠気を感じて……目を閉じた。ああ、体がとても暖かい。もう周囲の音も入らない……。ぐるぐると視界が回っていく。

 フッと意識が飛んで俺の体は暗闇の中に落ちていく。




「もしもーし、おきてー」

 ん? 何か懐かしい声が聞こえる。この声は何度か聞いたことのある声だ。俺はゆっくりと目を開ける。そこには、チェスボードと……懐かしい椅子と……そしてそこにぼんやりと見える少女の影のようなものが写っている。

「やあ、懐かしいね、お。ここまで見えるようになってるんだね……ほー、影のような感じに見えているのか」

 あ、あれ? 今俺は戦闘をしていると思ったんだけど……。みんなは大丈夫か?


 黒い影がニヤリと笑うと……俺にはぼんやりとしか認識出来ない手をこちらに向けて話し始める。

「ここは時間も、空間も異なるからね、意識が戻れば1秒も経過していない状態で戻れるよ。その前に少しお話をしようか、**君」

 話って? それとクリフでいいって言わなかったっけ、俺はもうクリフ・ネヴィルだから……。


「そうだったね、クリフ君。思っていたよりも君の成長が良いのでね……少し今後の説明をしておこうと思ったんだ」

 数年ぶりに会って、それかよ……俺は少し呆れたように、肩をすくめる。

「まあまあ、声に気がついているかと思うけど……希少性レアリティを上げた君には今後選択肢が二つあるんだ。勇者ヒーロー、それと別に魔王ハイロードへの選択肢も存在している」


 神性……は神になるってことか? 

「一つは勇者ヒーローとしてこの世界に名を馳せる神性へと進化バージョンアップする道。実はこの世界には勇者ヒーローとなった人間が何人か存在している。わかりやすい例でいくと……君も会ったことのある聖王国の神権皇帝ファラオ、あれは神性への道クエストをクリアした人間がベースになっている」

 確かに神権皇帝ファラオは数年前にあっただけだが、非常に独特の雰囲気を持った人だった、いや人と思えない独特の迫力を持っていた……。思い出すだけでも少し体が震える。


「もう一つは魔王ハイロードになる選択肢だね。実はこの世界にも……この道を選択したものがいる」

 魔王ハイロード……言葉尻だけを考えると、悪の道なのだろうか? そして選択した人間がいるということは。

「そうだね、混沌の戦士ケイオスウォリアーを統率している人間が……選択者の1人。ただ勘違いしてほしくないんだけど、全ての魔王ハイロードが絶対悪だというわけではないんだ」


 どういうことだ? 俺の認識だと魔王ハイロードって名前はたいてい悪のボスだったりするわけじゃないか。

「国を統治して人々を戦いへと導いている魔王ハイロードも、ひたすらに研究のみに興味を抱いて世捨て人のようなことをしている変わり者の魔王ハイロードもいるってことだよ」

 ……つまり王様になっている魔王ハイロードが存在している? 魔王ハイロードに統治される国って、どこのことだ?


「……難しく考える必要はないよ。勇者ヒーロー魔王ハイロードは表裏一体、目的が違うだけだよ。混沌ケイオスと手を結んだ魔王ハイロードは、単純に彼のやりたいこと……私とのゲームに勝つために混沌ケイオスを使っているだけ」

 声とのゲームか……そのためだけに混沌ケイオスと、混沌の戦士ケイオスウォリアーを使って混乱を助長させているとすれば……それはそれで厄介な存在だな。

「君はまだ盤面の駒だ。だから難しく考える必要はない。でも、道を選択して自らの拠り所を確立したら……ゲームプレイヤーとなるかもね、その時は……楽しい時間になるよ」


 声がくすくすと笑うと……次第にあたりが薄ぼんやりとしてきた。

「さあ、君はどちらを選ぶかな? 私は……ぜひ君の選択を……楽し……たい……頑……ね」

 どんどん声が遠ざかる、最後に見えた影は……恐ろしく歪んだ笑みを浮かべてこちらを見ていた気がした。




「はっ……」

 俺が目を開けると……床に這いつくばったまま、最後に見ていた光景の直後……まだ戦闘はこう着状態のままだった。ゆっくりと手を何度か握る……さっきとは違って、手に力が入る。俺はゆっくりと立ち上がる。

 それを見てジャンが驚いたように叫んだ。


「ば、馬鹿な! 先ほどまで調和ハーモニーに飲まれていたではないか! もう一度調和ハーモニーを!」

 鬼火熊ジャカベアの目が再び怪しい光を放つが……俺の体の周りで何かを弾くように破裂音のようなものを立てて、鬼火熊ジャカベアが目を押さえて後退する。

 唖然とするジャン……そして戦闘中の仲間も何が起こったのか分からず……困惑している。


「時紡ぐ蜘蛛……蜘蛛により紡がれた時間、引き裂く力……我が前にその時の魔力を顕現せよ……時は歪み歪みは亀裂へ……<<歪みの亀裂ディストーション>>!」

 俺はそれには答えず……鬼火熊ジャカベアへと歪みの亀裂ディストーションを放つ。最大限まで歪んだ空間が、鬼火熊ジャカベアをとらえ、悲鳴とともに鬼火熊ジャカベアはいとも簡単に引き裂かれ、血を撒き散らしながら地面へと倒れ絶命していく。


 その様子にジャンとマリアは流石に呆然とした表情を崩せない……ただし、アドリアもアイヴィーも、ロランも……俺に向けている表情は少し普段とは違って訳がわからないという様子だ。俺は杖を振るい……仲間へと指示を出す。


「まずはここを片付けよう、みんな。それから……」

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