100 鬼火熊(ジャカベア)の能力

「ここまできたか……」


 館の主人であるジャン・ルー・ダントリクはその邪悪な本性を隠さない歪んだ笑顔で俺たちを睨みつけていた。その傍らにはまだ生きている……若い女性が鎖で繋がれている。女性の顔は恐怖で歪み、俺たちに救いを求める目を向けている。

 娘である西瓜スイカ……もといマリア・ルー・ダントリクもその横に巨大な大斧グレートアックスを持って立っている。

 俺はまず聞かなければならないことを確認するために、飛び出しそうになっている仲間を手で制して……二人へと尋ねた。

「戦う前に一つ聞かせてほしい、あの食卓やキッチンにあった死体、あれはどこから手に入れた」


「旅人がよく訪れるのでね……保存しているのだよ」

 ジャンはニタニタと不快な笑みを浮かべて……問いに答える。マリアも口元を押さえて笑うが……こちらも不快だ。

「人を襲って食べるなど……鬼畜の所業ですね」

 アドリアが怒りの表情で手に持った連接棍フレイルを二人へと向ける。

「鬼畜……? 何を勘違いしているんだ貴様は」


 ジャンは理解できない、という顔でアドリアを見つめる。

「私は食人鬼オーガだぞ? 生肉を食べることで欲求を満たしているに過ぎない。それが人間だろうと、森人族エルフだろうと、なんであろうとだ」

 やれやれと言ったふうに呆れたような表情を浮かべて、馬鹿にしたような態度をとるジャン。それを見てアドリアが言葉に詰まる。


「第一、人間型の生物を食べてはいけない、と決めたのは誰だ? 食人鬼オーガにはそんな掟は関係ない。お前らも豚や牛を屠殺して食べるだろう。私たちはそれが人間型の生物であっても生肉であれば食べるというだけのことだ。人を家畜にするから悪い? ハッ……貴様らも家畜を飼うだろう? 何が違うというのだね」

「ぐっ……人を襲って食べることが罪ではないですか……」

 アドリアが言葉に詰まりながらも反論する。その反論もジャンからすると予想できていたのだろう、笑いながら答えていく。


「なら『私は食人鬼オーガなのですが、人間を食べられる場所を知りませんか?』とでも聞くのか? それができないからそうしているだけのことなのだ。邪魔をするな」

 傍の女性を繋ぐ鎖をぐいと引くと、女性の腕にジャンが鋭い牙を突き立てる。女性が悲鳴を上げて泣き叫ぶが、お構いなしにジャンはその腕の肉を抉り取って、血とともに咀嚼していく。女性の泣き叫ぶ声があたりに響く。

「貴様……ッ。無辜の人間を……!」

 ロランが堪えきれない、というふうにスピアを構える。それを見て笑うマリアが……女性の足へと齧り付き、肉を引きちぎる……次にジャンは女性の首元へと噛みつき……血を撒き散らしながら肉を食い破っていく。

 まさに地獄絵図のような、現実感のない光景が目の前に広がる。


「ク、クリフ! 何をしているの?」

 アイヴィーが何もしようとしない俺を見て叫ぶが、あまりに現実感のない光景に俺の思考が完全にフリーズしている……というよりも、頭にモヤがかかったように、動けなくなっている。

「あ、う……な、何かが……俺を……」

「クリフ! しっかりして!」

 慌てるアイヴィーを横目に、俺は体を震わせながら膝をつく。なんだ……なんだこれは……。その時、暗闇からのそり……と不気味な影が立ち上がった。

「君たちの数が多いからな、特にそこの魔道士は危険だ、と混沌の戦士ケイオスウォリアーから教えられている。なので、こちらも切り札を用意した。紹介しよう……鬼火熊ジャカベアだ」

 その巨大な影が前に進むと、不気味すぎる姿があらわになる。頭部は醜く変化したカボチャのような形をしており、全身は剛毛で覆われた巨大なグリズリーのような体だ。空洞のような目の奥には、不気味な赤い光を携えている。


「おやおや……魔道士殿は鬼火熊ジャカベアの能力を知らなかったようだな」

「あ……ぐ……な、なんだ」

 俺は急激に重くなる体に耐えきれず、地面へと崩れ落ちる。意識はあるので、これは魔法か何かか……。

鬼火熊ジャカベアは狩りをするときに、相手を追いかけたりしない。なぜなら相手を無力化する目を持っている……調和ハーモニーと言ってな、餌を生きたまま貪り食う為にその能力を使うそうだ」

 ジャンが邪悪すぎる笑みを浮かべて……鬼火熊ジャカベアに命令を下す。

「食ってしまえ」


 鬼火熊ジャカベアが咆哮を上げて俺に向かって突進を開始する。やばいやばいやばい、体に全く力が入らない。カボチャのような顔にある巨大な口が大きく開き……鋭い牙が剥き出しになる。これは……死ぬ。

「クリフ!」

 ギリギリのところで、ロランの大盾タワーシールドによって鬼火熊ジャカベアの突進が防がれる。ロスティラフが複合弓コンポジットボウでジャンに向かって射撃をするが、不可思議な力によって矢が途中で止まる。

 アドリアが俺を支えて後退させ、アイヴィーはその間にマリアに向かって刺突剣レイピアを構えて突進していく。


「あ、う……あ、アイヴィーの……え、んごを……」

「喋らないで! アイヴィーは私が護ります!」

 口が回らない、体が鉛のように重く、俺は口から涎を垂らしながら、なんとか立ち上がろうと必死に力を入れる。なんとかしないと。アドリアが俺の前に出て連接棍フレイルを構え、アイヴィーへと支援魔法をかけていく。

 ロスティラフがその間にもジャンを狙って射撃を繰り返すが、当たらない。ロランは鬼火熊ジャカベアの攻撃を防ぎつつスピアを突き出して相手を後退させている。


 アイヴィーとマリアの技量はほぼ互角か。アイヴィーは素早い動きでマリアの大斧グレートアックスの攻撃を避けているが、刺突剣レイピアの突きもマリアは大斧グレートアックスの柄をうまく使って捌いている。

「ハハハハ! いいぞ人間! 強いな!」

 先日会った時とは全く印象が違い、笑いながら大斧グレートアックスを振るうマリアは……悪鬼のような雰囲気だ。

 ジャンはロスティラフがなんとか押さえているが……決定打が欲しい。俺がなんとかして動けるようにならないと……。


「あ、ぐう……な、なんとかしないと……」

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