99 食人鬼(オーガ)の食卓

「たのも〜! 討ち入りですよ〜!」


「アドリア……どこでそんな言葉覚えたんだ……」

 アドリアが腰に手を当てて、屋敷の門を叩く。実に堂々としていらっしゃる。俺たちはアドリアを先頭に、屋敷の門の前に立っている。いつでも彼女を守れるように、武器に手をかけているのだけど。

 そして周りの集落には人が全くいない……つまり、そういうことなんだろう。


「しかし出てくるかねえ……」

「もうバレたってわかってると思いますよ」

 音を立てて、俺たちの目の前で扉が開いていくが、中からは誰も出てこない。これは入ってこいってことか……ロランを見ると、彼が頷き……大盾タワーシールドを構えて先頭に立つ。アイヴィー、アドリア、俺、ロスティラフが後ろを警戒する並びで屋敷へと侵入していく。


 甲高い音を立てて、ロランの大盾タワーシールドへ次々と弓矢が当たるが……彼の構えている大盾タワーシールドはその程度の攻撃は寄せ付けない。前にロランが自慢していたが西方の高名な鍛冶屋の作品だとかで、何度も命を救われたんだとか。盾と一緒に寝ている、と噂されるくらい愛用してるとかなんとか。


「確定だな、一気に行くぞ!」

 ロランが一気に屋敷の中に突入し、一気に俺たちは内部に展開する。

「炎よ、炎よ、行く手を遮る障壁となれ! <<炎の壁ファイアピラー>>!!」

 俺は壁にカバーされない方向へ炎の壁ファイアピラーを立てて弓矢の対策を行う、屋敷は木製だがコントロールできれば可燃物への引火は防げるだろう……床に着火するまでの間だが。

 屋敷の中を確認すると、男たちが弓や剣を持って構えている……見えている範囲で五人か、少ないな。彼らは戦闘訓練を受けているわけではないらしく、構えが粗雑だ。

「お、お前ら! ご主人様に雇われたくせに裏切るのか!?」


 ロランが大盾タワーシールドを前面に一気に突撃を開始する。

「矢を射掛けておいてそれは無理があるぞ」

 大盾タワーシールドを使って、目の前の剣を持った男を殴り倒す。ロランの背後から一気にアイヴィーが別の男へと飛びかかり、武器を手刀で叩き落とすとにっこり笑って殴り飛ばし、気絶させる。

「ロスティラフ、武装解除させよう」

「承知!」

 俺とロスティラフも一気に動き、別の男たちの武器をはたき落としていく、この程度なら炎の壁ファイアピラーは必要なかったかもな。

 ものの数分で男たちは制圧できた。俺は炎の壁ファイアピラーを解除して延焼を防ぐ。


「いやー、さすがですねえ私たち」

 アドリアがはっはっは、と腰に手を当てて笑っている。とても昨日ボロボロ泣いた本人とは思えない明るさではあるな。まあ、そこが可愛いんだけど。

「おい、他に何人いるんだ?」

 カーテンを破って作った紐を使って縛り上げた男を小突いて、俺は尋ねる。男はペッと唾を吐いてから騒ぎ始める。

「ご、ご主人様に逆らったことを後悔するぞ! お前らなんかすぐにひき肉にされるぞ!」

 俺はそれには答えずに、剣杖ソードスタッフを男の眼前で床に突き刺す。ああ、こいつも混沌の僕か……あまり生かしておく必要も感じないのだが、無用な殺生は避けるべきだろう。黙ってしまった男を杖部分で殴って気絶させると、俺たちは屋敷の中を探索し始める。


 屋敷はこの集落には不釣り合いなくらい大きいものだが、部屋数がそれほど多いわけではない。1階部分は応接室……と倉庫、あとはいくつかの小部屋だけで構成されているが、ジャンはいなかった。俺たちが来るのを想定していたのか、金目のものはすでに無くなっていた。

「あとはこの食堂とキッチンが1階では探していない場所ですねえ」

 アドリアが食堂のドアを開けると、そこにはとんでもない風景が広がっていた。


 食堂には食べかけの食事が……そのまま残っていたのだがそれを見て俺たちは驚愕した。

「こ、これって……うっ……」

 アイヴィーは気分が悪くなったらしく、口元を抑えて、後ろを向いているが、それもそのはずだ。

 皿の上に乗っていたのは、人間の腕や足が生のまま……しかもご丁寧にナイフで切り分けたものまで用意されていたのだ。大皿には見知らぬ女性の頭が乗せられこちらを見ている。

「うげぇえっ……ひどすぎるよ……」

 アドリアが部屋の片隅で涙ながらに戻し始めた。俺はアドリアの背中をさすりながら食堂の中を見回す。ロスティラフが食卓のものを調べ始める。彼からすれば大したものでもなさそうだしな……。

「ふむ……まだこのスープは温かいですな。……中身は見ない方がよろしいかと思いますが。どこかに隠れる場所などもあるのではないかと」

 そうだな、上の階からは全く物音はしていないので、俺は多分地下室のようなものが存在していると予想している。

「キッチンにも何かありそうだな……そっちへ行ってみよう」


 キッチンに近づくと……異常なほど生臭く……軽い腐敗臭が広がった。

「う、こ、この匂いは……」

 全員が気がついた、人の死臭。これは覚悟が必要な気がしてきた……。前回この屋敷に来た時には全く気が付かなかったが、どうやらこれが普段の匂いなのだろう。

 青い顔のままのアドリアやアイヴィーを見るが、もうやるしかないという顔をしていたので、覚悟を決めて俺はキッチンのドアを開ける……そこも地獄のような風景が広がっていた……。


「う、うげぇえっ……」

 堪えきれずにアイヴィーが通路に吐き出した。俺たちの目に映ったのは、人間の死体がそこらじゅうに転がっており、巨大な包丁などが血塗れでまな板に刺さり、壁には切り分けた手や足がかけられていた風景だった。

 床にある樽には、おそらく食べないのだろう、内臓なども詰め込まれておりそれがまた悪臭と、虫を集らせては音を立てているのだ。床には血液の痕が広がっており、これ以上見るに堪えない、と判断した俺は黙って扉を閉じた。

「入りたくない……」

 これは俺の素直な気持ちだ……。ロランも気分が悪そうにして頷く。アドリアとアイヴィーは距離を取って離れている。流石にもう堪えきれないのだろう。


「これ……どうするよ……」

 ロランが青い顔で俺に話しかける。何度か咳き込んでいるので、彼も相当に気分が悪くなっているようだ。

「……ちょっと待ってね……俺も吐きそうなんだ、正直……」

 俺は何度か胸を叩き、気分を落ち着ける。匂いもそうだが、光景が衝撃的すぎて処理が追いつかない。

「とりあえずロビーに戻ろう……」

 皆で頷くと、俺たちは急かされるようにロビーに戻った。


「……これ、冒険者組合ギルドに報告するまでは保存だよな……」

 ロビーで俺たちは今後のことを相談する。この屋敷の主人が見つからない以上、なんらかの形で依頼主の正体を告げる必要がある。とはいえ、ここを離れる……とジャンたちが戻ってきて証拠隠滅を図る可能性すらあるのだ。これには困った。


「くそっ……これだけの非道をみすみす見逃せってのか!」

 ロビーにある石像をロランが殴りつけた。パキッ、という軽い音がすると石像の頭が回転し、鈍い音を立てながら階段の横にあった隠し扉が開いた。

「え?」

「ちょっと?」

「あら?」

 ……おいいいいい! なんだこれは……。俺は唖然として隠し扉の先を見ると……軽く空気が流れてきていた。


「ここにいそうだな……」

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