98 家畜の正体と罪悪感

「こ、これは……」


 洞窟の奥には……人間の子供が集められていた。人数は一〇人程度か、知恵者ウィズダムが戻ってくると子供たちは笑顔でこの巨大な蛇竜ワームに駆け寄ってくる。

「え、あ、あぶ……」

 アイヴィーが刺突剣レイピアに手をかけるが、ロスティラフがそれを押し留める。

「蛇のおじさん! 大丈夫だった?」

「ああ、子供たちよ。この人たちと話をするのであちらに行っていなさい、遠くへ行ってはいけないよ」

 知恵者ウィズダムが優しい声で子供たちを誘導する。その姿を見てアイヴィーがため息をついて、やれやれと肩をすくめる。知恵者ウィズダムに手を振って走り出す子供たち……俺を含めた冒険者の目が優しくなる。まあ、子供は可愛いからね。


「さて、この子達を見てどう思う?」

 知恵者ウィズダムがロスティラフ……そして俺の目を見て話し始めた。

「えっと……誘拐でもしたんですか?」

 俺は素直なところを口にしてみた。他の仲間は『あちゃー』という顔をして、頭を抱えている。

「フフ……お前は失礼な上に正直だな小さな魔道士。この子達は……お前らの依頼にある『家畜』だ」

「!?」

 アイヴィーやアドリア、ロランが驚いた顔で息を呑む。その顔を見て知恵者ウィズダムがおや? という顔をしている。

「そうか、知らなかったのか。あの屋敷の主人のことを」

 子供たちが、洞窟の中を走って遊んでいる。全員笑顔だ……とても知恵者ウィズダムを恐れているとは思えない。むしろ懐いているという気もするしな……。

「家畜とはどういう……」

 アドリアが知恵者ウィズダムへ質問する。彼女が取ってきた依頼なので、責任を感じているのだろう。


「言葉通りだ。あの屋敷の人間はこの子供達を家畜として。食料とするべくな」

 その言葉に俺たちに緊張感が走る……。人間を食料とする魔物は複数存在する、というより多すぎるが、人の姿をしているものはそれほど多くない。

 吸血鬼ヴァンパイアに代表される不死者アンデッド、そして混沌ケイオスの眷属である食人鬼オーガくらいか……。そしてあの時の容姿などを考えると……。


食人鬼オーガ……」

「そういうことだ、あの屋敷の主人と娘は食人鬼オーガ。お前は知識があるな。」

 知恵者ウィズダムが俺の言葉に頷く、そして俺の目を見てニヤリと笑い……口から大きく息を吐いた。その息だけでも空気が振動する。

 ロスティラフが神話ミソロジー級と判断したのも頷ける。この蛇竜ワームは相当に長い年月を生きている、それこそ何百年、いや何千年という年月を過ごしているに違いない。


知恵者ウィズダム、どうしてそれを知ったのですか?」

 アドリアが尋ねる……彼女が持ってきた依頼だ、かなり責任感を感じているに違いない。少し……肩が震えている。

 俺は、アイヴィーの目の前だがアドリアの肩に手を置く。そうしてあげないと、彼女が倒れてしまうかもしれない、と思ったからだ。アドリアはそれに気がつくと……俺の手にそっと自分の手を添えて、うなずく。

「うむ……まあ偶然なのだが。この近くを移動していて、奇妙な匂いに気がついた。姿を隠して子供に話しかけたら……屋敷のものに食べられてしまう、と騒ぐのでな……ここに連れてきたというわけだ」


 冒険者組合ギルドは決して混沌ケイオスに味方するわけではない。が、食人鬼オーガはそういった警戒網を潜り抜けて冒険者として活動するものすらいる。貴族として国に仕える食人鬼オーガすらいるのだ。見た目は美形の人間にしか見えないので仕方ないのだが。しかし厄介だ。


冒険者組合ギルド食人鬼オーガの依頼を受けてしまった、のは落ち度ですね……」

 アドリアはかなり悲しそうな顔で下を向く……いや君のせいではない……俺は重ねられたアドリアの手をそっと握る。気持ちが伝わるように。手が震えている。

「まあ、仕方なかろう。古い時代より食人鬼オーガは社会に溶け込んできているからな……人を欺くことについては奴等の手腕は筋金入りだ」


「俺たちはどうする?」

 ロランが俺に話しかける……そうだな……どちらにせよ混沌ケイオスに加担するわけにもいかないからな……。

「屋敷の食人鬼オーガを倒そう。確認はする……がな」

 その言葉に全員がうなずく……知恵者ウィズダムも満足そうに笑っている。





「はあ……私ダメですね……」

 アドリアは洞窟の外で、月を見ながら座っていた。最近アドリアの受けてくる依頼はあまり良いものがない……それまで夢見る竜ドリームドラゴンのまとめ役はアドリアだった。依頼の選択など含めてクリフもアドリアであれば、ということで任せてくれていた……でも……凹むなあ……とアドリアは下を向く。


「アドリア」

 俺は後ろから彼女に声を掛ける。その声に反応してアドリアが俺の方を向き……少し無理したような笑顔を向ける。

「どうしました? 明日は戦いになりそうですよね、休まないと」

 俺はそれには答えずに、アドリアの隣に座る。キョトンとしてアドリアが俺の顔を見ている。

「なあ、そんなに抱え込むなよ……」

「え?」

 アドリアはかなり驚いた顔をしている。俺はじっとアドリアの目を見て……続ける。

「俺たちはアドリアが依頼を取ってきてくれるから、冒険者として活動できているんだ。ありがたいと思ってるよ」

「で、でも最近みんなを危険にしてしまっていることばかりで……私……」

「いや、みんな納得してると思うよ。アドリアが仕事を受けてくれているから、俺たちはパーティとして機能してる。だから、そんなに背負いこむなよ……」


 その言葉を聞いて、少し肩を震わせるとアドリアがボソッと話し始める。

「わかった……それと、クリフは……どう思ってるの?」

「ん? どうって?」

「クリフは、私のことどう思ってるの?」

「どうって……好きだよ」

 アドリアは俺の顔を見て……続ける。

「私……クリフの重荷になってない? アイヴィーとの結婚が決まったら、私……」


「……なってない。俺は君と……そうなった時からずっと、君のことも幸せにしたいって思ってる。アイヴィーのことも好きだけど、俺は……」

 アドリアは寂しそうな……泣きそうな顔で俺の肩に頭を乗せる……。その頬に俺は手を添えて、優しく撫でる。

「罪悪感は仕事で誤魔化そうと思ってた。でも、最近うまくいかないの……」

 堪えきれずにアドリアは涙をボロボロとこぼして泣き始める。相当我慢してたんだろうな……。

「私……うう……うああ……」

 俺はアドリアをそっと抱きしめる。アドリアも泣きながら俺にしがみついている。夢見る竜ドリームドラゴンの仕事を押し付けすぎたかもしれない、とは思う。彼女が率先して依頼を吟味してくれていたのに甘えていたこともあるが……もう少しリーダーとして彼女に寄り添う姿勢が必要だったのかもな……。

 俺は優しくアドリアの涙を拭うと、彼女の唇にそっと口づける。潤んだ目で俺を見つめるアドリア。

「依頼を片付けて街に帰ったら、もう少し一緒にいよう。俺は君と、当分一緒にいるよ」

 今度は少し、強めに彼女を抱きしめて、軽く舌を絡ませてお互いの唇の感触を確かめる。


「ありがとう……クリフ」

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