94 竜人族(ドラゴニュート)の素敵な微笑み

「ん……ぅん……」


 アイヴィーは満足そうな顔で寝ている。その顔を見ながら俺は小さな幸せを感じている。

 ええと、なんで今こうなってるんだっけ。

 遺跡から戻ってきて……宴会になって、しこたまお酒を飲んで……大騒ぎをして、その後いつものように俺たちは寝台で一緒にいる。

 この世界で生きるようになって、とても命の値段が安い世界だ、と強く感じるようになっている。いつ死ぬかわからない、という緊張感もあるのだけど、他の人たちを見ていてもだいたい似たような感じで生きている気がする。


 王国で冒険者パーティに混ざって活動していた時、とあるパーティのリーダーは女性の斥候スカウトが恋人だったらしく、毎晩のように同衾をしていた。他のパーティメンバーも困っていたが、ちょうど思春期で多感な時期の俺も、毎晩見張り中に聞こえる嬌声に非常に困った記憶がある。そんな彼も俺がパーティから抜けてしばらくしてから、依頼中に判断を誤って命を落としてしまったと風の噂で聞いた。

 今だからわかるのだが、あのリーダーは恋人と一緒にいることで生きているという実感を得たかったのではないか? と思っている。ただ……俺はテントでは、と決めている。人にやられて嫌なことはしたくないのだ。

 まあ、宿の主人から『昨晩はお楽しみでしたね』とか言われるのも嫌な気分ではあるんだが、他の部屋だって似たようなもんじゃないか! とは思ってる。


 俺はアイヴィーをじっと見つめて……そっと自分の元へと抱き寄せる。彼女は意図を察したのか、俺の背中に手を添えると俺の胸にそっと顔を埋める。

「クリフ……愛してる……」

 アイヴィーはそっと俺に囁く。片目を開けて、悪戯っぽく笑って……その表情がとても愛おしくなって俺は彼女に口づけする。お互いを求め合うように舌を絡ませ……少しの間お互いの口内を味わい……再び見つめ合う。

「俺もだよ……君とずっとこうしていたい……」

 その答えを聞いて、アイヴィーは満足そうに笑う。その笑みが再び俺の心に強く衝動を起こさせ……俺はシーツに包まれた彼女の体に手を添えて……その滑らかな感触を楽しむように撫でていく。


「私ね……あなたと初めて会った時……ここまで好きになるとは思っていなかったの」

 彼女の頬が上気し……少し切なそうな表情を浮かべる。少し口の端から唾液が垂れているのがとても……扇情的だ。

「でも……今はもう……あなた以外は……」

 アイヴィーほどの美女からここまで言われて、黙ってる僕ではありませんよ。俺は、彼女の頬を優しく撫で……彼女に覆い被さった。彼女も俺にしがみつくと……荒々しく俺の唇を貪る。

 俺たち2人の夜はこれから長く続く。




「いつも私の側にいますねえ、ロスティラフさんは」

「護衛ですからな、クリフ殿からもアドリア殿を頼む、と言われておりますので」

 ロスティラフはジョッキのエールを呷るように飲むと、その芳醇な味わいに満足する。実はもっと美味しいエールはたくさんあるのだ、と言われてはいるのだが彼にとってはエールを飲むということ自体に価値があるのであって、美味しいかどうかは二の次なのだ……まあ美味しければ満足感は高いと思うが。


「しかし……私の依頼でみんなを危険な目に合わせてしまいました」

 この場にいるのはアドリアとロスティラフの二名。ロランは早々に娼館へとむかい、クリフとアイヴィーは気がついたらいなくなっていた。まあいつもの宿だろうが……。

「あの場合は仕方ないのではないですかね。クリフ殿も気にするなって言ってましたし」

 ロスティラフはエールのお代わりを頼むと、アドリアを見つめる。彼の目は優しく、父親のような暖かさがある。誰も今回の依頼はアドリアのせいだなんて思っていない。


「ファビオラさん……幸せだったんですかねえ」

 アドリアが寂しそうな顔で、ほんの少しだけ仲間だった女性神官を思い出す。最後は敵として……戦うことになってしまった。そして今回の依頼については、依頼者本人の死という結果となったため、公的な記録としては失敗とされてしまっているのだ。『夢見る竜ドリームドラゴン』としてはかなり久々の依頼失敗となるわけだが、クリフを含めメンバーは大して落ち込んでいるわけではない。


「お、今話題の『夢見る竜ドリームドラゴン』のお嬢ちゃんか」

 二〇代後半の男性冒険者が管を巻いているアドリアに話しかけてくる。あまり意識はしていないがアドリアもとても美しい少女だ。彼女を狙っている男性もかなり多い、と聞いた。目の前の男性冒険者も、アドリア狙いだろうか? 彼女が許可もしていないのに隣に座って話しかけ始める。

「魔道士もあの金髪のお姉ちゃんもいねえんだな。どうだい? 一緒に飲まないか?」

「いえ、結構です。私ロスティラフさんと一緒に飲んでるんで」

 アドリアはこういう手合いに誘われることが増えたな……と思った。冒険者になる前は学生でその前はお嬢様だったアドリアだが、大荒野にきてからというものの自分が思っている以上にやたらと男性から誘われるようになった。


『アドリアは綺麗だからね、そりゃ誘われるだろう……でも渡す気なんかないよ』

 クリフが2人きりの時によくいうセリフ、最初はお世辞だと思っていたが、最近はどうやら本当らしいと思えるようになってきた。その言葉を聞いて……アイヴィーに化粧の仕方を聞いたり、一生懸命クリフを誘ってみたりと、アドリアはいじらしいくらいの努力を影でしているのだった。


「なあ、いいだろう? 俺はお前が気に入ってるんだよ。一回くらい付き合えよ」

 男性冒険者がしつこく誘ってくる……めんどくさいなあ、と思いつつエールのお代わりを給仕に頼む。目でロスティラフに合図をすると、意図を察してロスティラフが冒険者に話しかける。

「仲間に話しかけるのはやめていただこうか?」

 ロスティラフが……獰猛な笑みを……いや当人にしてみれば愛想笑いのようなものなのだが、牙を剥き出しにして怒っているようにしか見えない笑みを浮かべる。

 その顔を見て……怖気付く冒険者。黙って席を立つと、舌打ちをして離れていく。


「いやー、いい笑顔ですねえ。私その顔好きですよ」

 アドリアが屈託のない笑いを浮かべてロスティラフにジョッキを近づける。乾杯の合図だ。ロスティラフもジョッキを軽く当てて、エールを呷る。

「私の顔を見て、笑顔でそう言ってくれるのはこのパーティの仲間だけです……」

 初めて大荒野に来た時、ロスティラフは一人だった。というよりもずーっと一人だった。そんな彼を見て初めて声をかけたのはクリフとアドリアだった。


「もし君がよかったらだけど……俺たちと仲間にならないか?」


 クリフが恥ずかしそうに頬を掻きながら話した何気ない一言が、ロスティラフをどれだけ勇気づけたのか。

 当人はそこまで重大なこととは思ってなかったらしいが、ずっと一人で旅をしていたロスティラフにとっては、とても大事な、有難い言葉だったのだ。強く心を揺さぶられる、そんな一言だったと今でも思っている。

 だからこそクリフが大事にしているこのパーティメンバーは全力で守る、そして自分を信じてくれる目の前の半森人族ハーフエルフの少女も、今では大事な守る対象、だ。

 そんなことを思いながら……ロスティラフとアドリアは笑顔でジョッキを飲み干し……軽く頷くと立ち上がる。


「ではまた、私を守る騎士殿に送ってもらうとしますか。どうも最近声をかけてくる殿方が増えてまして……」

 アドリアが笑顔でロスティラフに手を差し出す。その手を恭しく取り、ロスティラフが満足そうに笑う。


「そうですな、私がアドリア殿をお部屋までお送りしましょう」

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