93 混沌会議(ケイオス カウンシル)

「揃っているだろうか?」


 道征く者ロードランナーがその部屋に入ったのは、いつ以来だろうか? 数年はここに来ていないかもしれない。

 彼ら混沌の戦士ケイオスウォリアーの活動は基本的に個が主体である。三年前に道征く者ロードランナーがネヴァンの元に訪れていたのには理由があるが……アルピナのように個人で活動し、禍をもたらすことが通常の活動にちかい。


「……貴様らを待たせたようだ。久々の召還とのことで、時間が必要であったな」

 道征く者ロードランナーは椅子に座ると、円卓に座るメンバーを確認する。自分を入れて五人……彼の忠誠を捧げる対象はまだここにいない。

 程なく音もなく扉が開き……赤いローブの人物がこの部屋に入ってくる。五人の混沌の戦士ケイオスウォリアーが一斉に椅子から立ち上がり、赤いローブの人物へ恭しく頭を下げる。


「良い、我らは同志である。我に礼儀は必要ない」

 赤いローブの人物は混沌の戦士ケイオスウォリアー達へ手を上げると、その言葉を受けて彼らは椅子へと座り直す。道征く者ロードランナーは他の混沌の戦士ケイオスウォリアーの様子を確認してから、一番最後にローブの人物にもう一度頭を下げてから着席し、口を開いた。


導く者ドゥクスよ、お久しぶりでございます」

 道征く者ロードランナー導く者ドゥクスと呼ぶ赤いローブの人物へ目を向ける。

 その人物は赤いローブを身に纏い、白髪を美しくまとめ……理知的な黄金の眼を持ち、白い肌を持った男性だった。背は高いが他の混沌の戦士ケイオスウォリアーと違って細身に見えるが……内から溢れ出る存在感、違和感は他の混沌の戦士ケイオスウォリアーとは桁の違う何か、を持っている。

「久しいな道征く者ロードランナー、変わりはないか?」

 導く者ドゥクスは優しく笑顔を浮かべつつ……道征く者ロードランナーに顔を向ける。あくまでも笑顔は空虚だが、印象は柔らかく、幼な子を見るかのような慈愛の表情を浮かべている。

「はい、先日かの使徒と遭遇し……その力を確認してまいりました」

 その言葉にその場にいた一人の混沌の戦士ケイオスウォリアーが我慢できなかったように口を開く。


「おお……あの子とお会いになられたのですか? 彼はどのような成長をしておりましたでしょうか?」

 その問いを発したのは、長い黒髪を無造作に束ね、頭にはねじれた角が2本生やし、はち切れんばかりの妖艶な肉体を最小限の高い露出をしている鎧に身を包んだ……そう、あのアルピナである。

 アルピナは少し潤んだ瞳を道征く者ロードランナーへと向ける。

「使徒は……利発な、そして実力のある若者であったぞアルピナ。失われた古代魔法を復活させ、あの執行者エクスキューショナーを滅した……」

 その言葉に混沌の戦士ケイオスウォリアー達が騒めく。

「なんと……」

「脅威ではないのか?」


 導く者ドゥクスが軽く手を上げると、一斉にその騒めきが収まる。彼らをまとめるのはこの導く者ドゥクスだ。彼の言葉、命令は彼らにとっては神の信託に等しい。

「使徒が脅威であることは理解している。今ここにいるアルピナ、ネヴァンがすでに一度倒されているのだ」

 その言葉に従って黒いローブを着用し、薄桃色の髪を持った少女が恐縮したように下を向く。この少女はあのネヴァンである、ただクリフと対峙した時とは違い、10歳程度の少女の姿である。

「私もあの使徒殿の力を脅威と思っております……」


「お前は一度使徒に滅ぼされておるな」

「はい……」

 ネヴァンは頷く。油断もあっただろうが、ネヴァンとアルピナを倒すだけの力量の持ち主なのだ。混沌の戦士ケイオスウォリアー達の表情が緊張で引き締まる。


「本人の力量も高いだろうが……仲間の力もあるのではないか?」

 発言は髪の毛を剃り落とした顔に不気味な刺青を入れた男性から発された。彼は兜を被っていないが、板金鎧プレートアーマーを着込んでおり、かなりの長身だ。

「クラウディオが言う通り……過去の使徒にはない仲間の支援も良い」

 道征く者ロードランナーはクラウディオと呼んだ戦士に語りかける。あくまでも仮面の下にある空虚な目は感情を写さない。

「それと、貴様の宿敵……剣聖の太刀筋を持つ女剣士を見た。まだ未熟ではあるが、成長すれば……」

 その言葉にクラウディオが覇気と隠しきれない殺気を放つ。そしてクラウディオは咲う。

「クカカ……その女剣士、強く美しいのであろうな。我を昂らせる程度には」

「貴様が見ても……最上の一人であろうよ。美しい金髪の姫だ」

 道征く者ロードランナーは呆れたようにクラウディオを見る。この混沌の戦士ケイオスウォリアーは過去の敗北に囚われている。帝国の剣聖、セプティム・フィネルとの戦いで敗北した……もう遠い過去のことをひたすらに追いかけている。


「セプティムの弟子は全て殺すと決めた。その剣士も……敗北の屈辱を忘れさせないために犯し尽くして……我の高ぶりを止めて見せよう」

 クラウディオは欲望と、憎悪と、そして……言いようのない何か不思議な感覚を感じさせる表情で笑う。

「全く……クラウディオは女性を愛でることを覚えた方が良いわね。壊すものではないのよ?」


 魔法使いの帽子ウイザードハットを被り、白髪を長く伸ばし彫刻のような美しい造形の顔をした赤眼の娘が咲う。その女性はアルピナやネヴァンと違い、グラマラスな体型をしていないが、備えた雰囲気は他の混沌の戦士ケイオスウォリアーとは違い、不気味さと威圧感では導く者ドゥクスと変わらない……実力者の空気を醸し出している。

「カマラよ……我は転生の直後、やつに……剣聖に滅ぼされた屈辱を忘れておりませぬ」

 クラウディオは恭しくカマラと呼ばれた娘に頭を下げる。クラウディオは混沌の戦士ケイオスウォリアーへの転生直後にセプティムに滅ぼされた……クリフにセプティムが語った友人の堕落フォールダウン、その本人だからだ。再び復活し、ひたすらにセプティムへの憎悪を糧に彼は生き続けている。

「我は必ず……剣聖を倒す……」


「そうね、あなたはそれで良いでしょうね。でも人は老いるわ……剣聖もいつか死ぬ。死ぬ前に剣聖を堕落フォールダウンさせる、と言うのも面白いかもしれないわね」

 カマラは笑うと、導く者ドゥクスへと問いかける。

「さて、いかがいたしましょうか?」


 導く者ドゥクスは頷くと混沌の戦士ケイオスウォリアーを一人一人見て話しかける。

「第一柱、カマラよ。西方の諸王国への働きかけを行え。数年後を目処に彼らと帝国との戦争へと導く」

「仰せのままに我が主人よ」

 第一柱カマラ……は椅子から立ち上がり、導く者ドゥクスへと一礼し、闇に溶け込んでいく。


「第三柱、クラウディオ。貴殿に大荒野の使徒への備えを命じる」

「承知……我の方針でよろしいでしょうか?」

 導く者ドゥクスへとクラウディオが問いかける。彼の方針……つまりは殺戮と破壊だ。

「構わぬ」

 その言葉を聞いて、クラウディオは満足そうに笑うと椅子を立ち、暗闇へと溶け込んでいく。


「第四柱、アルピナ。帝国内にて活動を行い戦争への機運を高めよ。剣聖との戦闘は避けよ」

「承知いたしました」

 歪んだ笑いを浮かべて、アルピナも闇へと溶け込むように消えていく。彼女はすでに以前の力をほぼ取り戻している。戦闘でも引けを取ることはないだろう。


「第五柱、ネヴァン。お前は体を休めよ、我の補佐とする」

「ありがたき幸せ」

 一礼をしたのち、ネヴァンはその場に残る。数年前に倒されてからネヴァンはまだ力を取り戻していない。少女の姿であるのもその証左だ。後数年……復活には時間がかかる。


「最後に……第二柱道征く者ロードランナー。サーティナ王国の混沌ケイオスを使い、不和を起こせ」

「……ご命令とあらば」

 道征く者ロードランナーは椅子から立ち上がり、恭しくお辞儀をする。そして何かを言いたげに導く者ドゥクスを見る。その視線を受けて導く者ドゥクスは笑う。

「……発言を許可する」

「それでは……クラウディオに使徒の相手が務まりましょうか?」

 道征く者ロードランナーはクラウディオの性格と能力を考えてみるが、彼は自分の復讐を優先すると思えるのだ。そう、あの剣聖に連なる金髪の少女……道征く者ロードランナーの目から見ても彼女の能力は高く、これから大きく成長する可能性を持っている。人間は成長する生き物だ……自分やカマラであれば無慈悲に、無感動に相手を殺すことができる。だが、クラウディオは……。


「そうだな……だが、それ故に使徒を成長させる可能性が残っておる」

「……導く者ドゥクスは使徒を成長させたい……と?」

 その問いに答えず導く者ドゥクスは薄く笑い……そして手を振り退室を促した。

「差し出がましい問いでした……貴方様の御心のままに」


 再び一礼をすると道征く者ロードランナーは闇へと溶けこむように、ゆっくりとその姿を消した。

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