92 墜ちる執行者(エクスキューショナー)

「顕現せよ神界の乙女、その槍を我が前に!<<戰乙女の槍ヴァルキリースピア>>!」


 ダメ元で執行者エクスキューショナー戰乙女の槍ヴァルキリースピアを放つが、高速で飛翔する光の槍は、表面にぶつかると紫電を貫けず爆発し四散する。あの紫電はバリアみたいなものか。普通の魔法はあのバリアを貫けず、表層で破裂してしまってほとんどダメージになっていない。

 接近するものはあの小型エイが射出されて、対応すると。小型エイはそれほどの強さではないが、数体倒されると口から何度も吐き出しているので、基本的には数が尽きるのを待つ、というのは無理そうだ。


 ロランもアイヴィーも今の所かすり傷程度の負傷で済んでいるが、人間には体力の限界というものがあるのでそれがいつまでも続くとは考えにくい。試しに魔法の弾幕マジックミサイルを放ってみるが、複数の魔法の着弾も意に介していない。

「クリフさん……なんでそんな魔法を……」

 アドリアが隣で魔法の弾幕マジックミサイルを撃って考え込む俺を見て呆れたように苦笑いしている。

「ん? 紫電の防御能力を調べてたんだ。一〇〇パーセント防御というわけではなさそうだけど……別の方法を考えるしかないかもな」

 俺の呑気な返答にアドリアが、少し焦ったように反論を始める。

「いやいや、今の状況わかってます? アイヴィーやロランさんが危ないんですよ?」

「わかってるよ、彼らを……君のことも信じているからこういう時間がある」


 キョトンとした顔で少し俺を見たアドリアが、少し頬を染めて障壁へ注ぎ込む魔力を増幅していく。

「わかりましたよ! 私だってあなたを信じてますから、あの化け物をどうにかしてください!」

 執行者エクスキューショナーが再び雷撃の槍ライトニングジャベリンを障壁に向けて何度も飛ばしてくる。その度に障壁の表層で爆発四散していく魔法。お互い盾は互角ってところだな。


 さて、こっちとしては撮れるては二つしかない。俺は両手に魔力を集中していく。

「時紡ぐ蜘蛛……蜘蛛により紡がれた時間、引き裂く力……我が前にその時の魔力を顕現せよ……時は歪み歪みは亀裂へ……<<歪みの亀裂ディストーション>>!」

 執行者エクスキューショナーの表面に黒点が出現し、その姿を歪めていく。歪みの限界点に達した空間が、正常な姿へと戻る逆作用の力が、執行者エクスキューショナーの体の一部を引き裂く。その衝撃か甲高い咆哮をあげ、青い血を噴き出しながら悶えるような、苦しむような動きを見せた執行者エクスキューショナーの表層から紫電が消えていく。

 やはり……神話時代の魔法であれば紫電を食い破れると思ったが、その読みが正しかったようだ。神話時代の魔法は、現代に伝わる魔法と違って属性に左右されることがない。この魔法もどこから魔力を調達しているのかいまいちわからないが、少なくとも精霊などからは供給できていない、というのは理解している。


「闇よ、深淵の力よ」

 そして俺は間髪入れずに次の魔法の準備へと移る。

「我が影から生まれ、敵を貫く槍となれ」

 同じようにこの黒い槍ブラックジャベリンも精霊の力を借りては発現できない。ある意味神話時代の魔法に近いのかもしれない。俺の手の中に生まれた闇が、再び形を変え槍の形へと変化していく……ん? 前よりも遥かに槍っぽい形になっているような気がする……いつからだ?

「敵を貫け! <<黒い槍ブラックジャベリン>>!」

 黒い槍が執行者エクスキューショナー目掛けて飛んでいく、俺の狙いは……すでに自我がないであろうファビオラだ。


『血の契約だ、執行者エクスキューショナーとお前のな』


 道征く者ロードランナーはそう言っていた。執行者エクスキューショナーとファビオラが血の契約を結んだことで、起動キーとして稼働を開始していた、と俺は判断している。だから……ほんの数日だけでも仲間として旅をしたファビオラを……殺す。ふと笑顔の彼女の顔をほんの少しだけ、思い出した。


 黒い槍ブラックジャベリンが血の涙を流し続けるファビオラの胸へと突き刺さる。魔法が爆発を起こし、肉塊としてファビオラの体が吹き飛ぶ。執行者エクスキューショナーが悲鳴に似た甲高い咆哮をあげて苦しむ……。

 俺は大規模な魔法を連発したことで急激に体のだるさを感じて片膝をつく……体の中からごっそりと何かが抜けていくような、そんな感覚が倦怠感として感じられる。

「クリフ……っ!」

 慌ててアドリアがフラつく俺を支えて抱きしめる。ありがとうアドリア……彼女の心地よい暖かさと、安心する匂いを感じて少し意識が飛びかける。でも見なきゃ……俺はなんとか飛びそうな意識を繋ぎ止め、アドリアにしがみついて執行者エクスキューショナーの最後を見ている。


 何度か暴れた後、執行者エクスキューショナーはゆっくりと地面へと落下していく。体の各部に大きな亀裂が走り、ボロボロと音を立てて崩れていく……。小型エイも似たような形で次々と地面へ落下する。

 ロランやアイヴィー、ロスティラフは無事だ、怪我はしているが大きな負傷には見えない。彼らも執行者エクスキューショナーの最後を見ている……。最後に何度か地面で跳ね回ると大きく体が崩れ、執行者エクスキューショナーは灰となって消えていく。


「よかった……倒せたな」

 仲間が俺のもとに走ってくる。神話時代の化け物を倒したんだ、そりゃあ喜ぶよな。

「アドリア、みんなの治療を」

 頷くとすぐに俺を座らせ……アドリアは仲間の怪我の様子を確認しつつ治療を開始する。大きな怪我をしている仲間はいないのだが、細かい傷や疲労もあり少し休憩は必要な状況だった。

 全員の状況を見て、ほっとしたのも束の間……俺の背後から手を叩く音が聞こえた。その音で全員が武器を構えて俺の背後を見る。


「素晴らしい、さすが使徒……」

 そこにはいなくなったはずの道征く者ロードランナーが立っていた。いつの間に現れたんだ? 俺もすぐに飛びすさり杖を構える。

「私は戦いに来たのではないのだ。そう焦るな」

 道征く者ロードランナーの仮面の奥の虚無な瞳が笑った気がした。戦意がないかのように手を背中に回し俺たちを見据える。

道征く者ロードランナー……」

 全員が緊張している。この目の前の男は……異常とも言える圧力プレッシャーを持っている。蛇に睨まれた蛙……そんな比喩が頭の片隅に出てくるくらい、獰猛で不気味で、そして『戦ってはいけない』と心が叫んでいる。アルピナやネヴァンといった混沌の戦士ケイオスウォリアーとは格が違う、そんな気がする。


「前にも話したが、執行者エクスキューショナーはすでに神話時代で役目を終えている。かの時代に暴れた時はこんなものではなかった。それ故に長い眠りについたのだ」

 道征く者ロードランナーは俺たちの緊張をよそに、不気味だが威厳のある声で喋り始める。

「我々もこの時代に目覚めさせることは考えておらなんだ。帝国は少し欲をかき過ぎておるな」

 アイヴィーを見据える目が冷たい。その目に彼女は本能的な恐怖を感じて全身が震えている……。俺はアイヴィーを後ろに庇うように立つ。

「ほう? 心意気やよし、だが貴殿は我と戦うには力不足……」

 道征く者ロードランナーは再び笑うように俺を見ると……優雅な動作で一礼すると、闇に溶け込むようにかき消えていく。

「では、また。時がくれば戦いの舞台にて合間見えようぞ」


 俺たちはその後かなりの間……本能的な恐怖を感じ、一歩も動くことが出来ないままだった。

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