91 執行者(エクスキューショナー)との戦い

「それで? 貴様は何をしようと言うのだ」


 ファビオラが道征く者ロードランナーへ尋ねる。現時点ではファビオラの一存で執行者エクスキューショナーが起動できてしまう状況のため、俺たちは動けない。と言うより道征く者ロードランナーの目的がわからない以上、下手をするとファビオラの味方としてこの混沌の戦士ケイオスウォリアーと戦う、と言う選択肢さえ出てきてしまうのだ。迂闊に動けない。


「不完全なる調和」

 道征く者ロードランナーはゆっくりと手を伸ばし……その不気味な手には複数の指輪が嵌められており、その全てが不思議な魔法の力を宿しているであろう、妖しい輝きを放っている。

「正直これ以上、帝国に玩具おもちゃを与えるのは些か不公平でな……。できるだけ長く、激しく、そして終わりなき混乱と破壊を、この世界にもたらすにはその玩具おもちゃは大きすぎる」

「はっ! 何かと思えば……混沌ケイオスの使徒が調和だと?」

 ファビオラが道征く者ロードランナーの言葉を聞いて笑い出す。しかし……俺も不思議だ。混沌の戦士ケイオスウォリアーは完全なる破壊の使徒ではないのか? と言う根本的な疑問が今のところ彼の言葉から感じ取れる。俺たち『夢見る竜ドリームドラゴン』のメンバーも武器は抜いているもののどちらを敵として戦えばいいのか、完全に迷っている。


「聞く耳は持たんか、愚かな。知識の神の信徒が聞いて呆れる……」

 一瞬のゆらめきと共に道征く者ロードランナーの姿がかき消える。驚いた俺たちが呆気に取られたその瞬間、悲鳴が聞こえた。

「では、貴様に大好きな玩具おもちゃをくれてやろう、喜ぶがいい」

 悲鳴はファビオラのものだった。道征く者ロードランナーがいつの間にかファビオラを羽交い締めにしており、ゆっくりと執行者エクスキューショナーの上部へと浮かび上がりながら移動する。

「や、やめ……」


 道征く者ロードランナーの手が光り輝く、それに呼応して執行者エクスキューショナー全体も鼓動を打つかのように鳴動する。ファビオラのローブを引き裂いた道征く者ロードランナーが背中越しに、手刀を突き入れ、ファビオラを貫いた。

「グハァアッ……」

 口から、胸から血を流しながらファビオラが悶え苦しむ……。呆気に取られて俺たちは傍観するだけしかできなかった。

「血の契約だ、執行者エクスキューショナーとお前のな」

 滴る血が執行者エクスキューショナーへと振りかけられる。その血を浴びた処刑人エクスキューショナーが大きく、のたうつように振動する。

「では使徒よ、その力を見せてみよ」

 道征く者ロードランナーが俺にお辞儀をすると……再び闇に溶け込むように消えていく。


 それと同時に遺跡全体が大きく震えるように振動する。各部が崩れ始めているのがわかる。

「ここはまずい、逃げるぞ!」

 ロランの一言で俺たちは慌てて出口に向かって走り始める。執行者エクスキューショナーの状態は確認できないが、最悪地上に出てから戦うことになるのか……。そこで俺はある重要なことに気がついて走りながら叫んだ。

「め、面倒ごと全部俺たちに押し付けて逃げたんじゃないか? あの混沌の戦士ケイオスウォリアー!」




 地上になんとか脱出すると、遺跡が大きく崩落していくところだった。

「崩れていく……」

 アイヴィーが呆然とした様子で遺跡を見つめている。遺跡は所々崩落と爆発を繰り返しているのだ。爆発するようなものなんかなかった気もするが、とにかく今現在目の前では崩壊が進んでいる……。

「俺たちが未探索の場所に何かあったのかもしれないな……」

 その時、大きな咆哮があたりを包んだ。甲高い、そして物悲しい叫びのような。遺跡の崩落が止まり、一瞬の静寂があたりを包む。


「まだ終わってないようですぞ」

 ロスティラフが複合弓コンポジットボウを構え、油断なく遺跡を見ている。その時、遺跡が大きく爆発し、中から轟音と共に巨大な影が姿を表した。馬鹿でかいエイのようなシルエット……執行者エクスキューショナーだ。

 甲高い咆哮を上げながら、宙を舞い外界へと躍り出たその姿は、石像として安置されていた時と違い、生き物のような……そして艶やかな光沢を帯びた皮膚を持っていた。皮膚には紫電のような、不思議な魔力が脈動するように走っている。そして……執行者エクスキューショナーの頭部には一体化したファビオラ……すでに自我も無く目と胸から血を流した彼女が見える。

 執行者エクスキューショナーは俺たちを見つけると、ゆっくりと目の前へと舞い降り……再び甲高い咆哮をあげた。

「これは……倒さなければいけないわよね?」

 アイヴィーが刺突剣レイピアを構える。ロラン、アドリア、ロスティラフも同じく武器を構える。そうだな……ここで倒しておかないと……。再び咆哮をあげた執行者エクスキューショナーが襲いかかってきた。


 執行者エクスキューショナーが甲高い咆哮をあげると、複数の雷撃の槍ライトニングジャベリンが空中に出現する。この魔法は魔力で、雷の槍を作り出して相手を攻撃する炎の槍ファイアランスとは別属性の魔法だ。魔力の大きさから考えて、一発一発がかなりの威力を持っているに違いない。咄嗟にアドリアが魔法の障壁プロテクションを展開して俺たちを防御する。

堕落の落胤バスタードよりも厄介ですね……っ!」


 雷撃の槍ライトニングジャベリンが次々と発射されるが、魔法の障壁プロテクションを貫通できない。アドリアの魔力は三年前よりも高く、この程度の攻撃であればそう簡単に崩されることはない。

「炎の王……火炎魔人イフリートよ、異界よりその力を欲する我の前に、力を顕現せしめよ。<<火炎の嵐ファイアストーム>>」

 俺の火炎の嵐ファイアストーム執行者エクスキューショナーを包む……が、火炎の奥で紫電が走ると、火炎の嵐ファイアストームの威力がかき消されていく。まるで魔法を無効化しているような……。

「嘘だろ……ってあぶねえ!」

 呆然とする俺に向かって執行者エクスキューショナーが襲いかかる。巨大なヒレを使って薙ぎ払うような攻撃だ。大振りの攻撃だが、重い一撃はギリギリで後退した俺ではなく、地面を軽く抉り轟音を上げて粉塵が舞う。


 まるで空中を泳ぐように大きく宙を旋回し、再び対峙する執行者エクスキューショナー。再び甲高い咆哮をあげて俺たちを威嚇する。体の下にある大きな口が開き、そこから複数の人間サイズのエイに似た魔物が射出される。その小型エイがロランとアイヴィーに向かって躍りかかる。

「うぉ……なんだこいつら……」

「くっ……」

 ロランが大盾タワーシールドを使って小型エイの攻撃を受け止め、スピアを突いて攻撃する。アイヴィーも攻撃を避けつつ、刺突剣レイピアを振るい、小型エイと接近戦を演じる。小型エイは素早く空中を舞いながら、2人の戦士と戦っている。いわゆる空母と艦載機……かな、これは。複数人数との戦いも含めて、この怪物は対応できるようになっているのか……。


 執行者エクスキューショナーに向けてロスティラフの複合弓コンポジットボウから矢が放たれるが……矢は表面に走る紫電に阻まれて命中する前に消滅していく。

「ロスティラフ本体よりも小さいのを、アイヴィー達の援護を頼む!」

 俺の言葉にロスティラフが頷き、小剣ショートソードというにはあまりに大きいその剣を抜き放って、ロランたちの援護へと走る。

「アドリア、俺たちで本体をどうにかするぞ」

 アドリアが頷き……俺達は執行者エクスキューショナーへと対峙した。


 執行者エクスキューショナーは再び甲高い咆哮を上げた。

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