84 ゲテモノ食いのクリフさん
「アイヴィー、ご飯食べてくださいね」
アドリアが料理の入った皿を前にぼんやりしているアイヴィーを前に語りかける。皆で廃墟から戻って、丘の上に野営を移してからというもの、アイヴィーは食事も取らずにぼーっとしているだけであった。
「調子悪いのかな?」
アドリアが少し心配そうな顔でアイヴィーを見つめる。ロランやロスティラフも不安そうに彼女を見ている。そしてロスティラフが俺を見て、早くどうにかしろ、という目をしている。表情は変わらないのに、アイコンタクトで大体何が言いたいのかわかるようになったのはここ最近だ。
「疲れてるのかもなあ……早めに休ませたらどうだろう?」
俺はアドリアの肩に手を置いて話しかける。アイヴィーはそういう動きにも反応せず、ただただ木皿の上の肉を眺めている。アドリアは心配そうにアイヴィーを見るも、首を振って俺に向き直る。
「そうですね……私アイヴィーと寝ますので、スケベ大王様は一人で寝てくださいね」
「……それ誰のこと?」
「クリフさんに決まってるじゃないですか、この状態のアイヴィーに何かするつもりですか?」
いや、しねえよ……第一野営でそんなことするわけないだろう……とロランとロスティラフの方を向くと、彼らは明後日の方向を眺めていた……なんて裏切り者揃いなんだろう、我がパーティは。
「では、アイヴィー、あちらへ行きましょう」
「なんで俺が……スケベ大王なんだよ……」
ブチブチと独り言を呟く俺。今日の野営の件もあって、俺が前半の見張りを担当することになった。後半はロスティラフだ。丘の上にある野営からは廃墟がよく見える。夜だというのに……蟲か何かの瞬きが見えている。よく見えないな、と思ってそちらの方に目を向けていると、後ろからガサッと音がした。
「ん?」
そこにはアイヴィーが虚な目をして立っている。先ほどまでアドリアと同じテントに入っていたのか少し服がはだけている。
「ど、どうしたの?」
俺はアイヴィーの格好に少しドキドキしながら、話しかける。アイヴィーが俺に近づいて何かを口にしている。
「……して……」
「え? なに?」
よく聞こえないので、俺は顔を近づける。アイヴィーが虚ろなままの目で俺を見つめる。お、おう……どうしたんでしょうか。アイヴィーが突然俺の肩を掴む。
「……食……せ」
ど、どうしたんだろう? 夕食食べてないからお腹減ったんだろうか。まだ残ってたかな、と焚き火のあたりに目をやった時に、アイヴィーにどん、と押し倒された。突然のことで抵抗できず、俺は地面に倒れた状態、アイヴィーは俺に馬乗りになっている。えええ? 今日は随分なんて積極的な。
「あ、アイヴィー。野営でこんなことダメだよ、みんないるんだし」
その言葉には特に反応せずに、俺に覆い被さったアイヴィーが俺の首筋に舌を這わせる。前に同衾した時の記憶が蘇り、背筋がゾクゾクとしてしまう。耳たぶにアイヴィーの細い舌が滑っとした感触を伝えてくる。
「お、おい。やめろって」
「し……て……」
アイヴィーが耳元で囁く。そして再び首筋に舌を這わせる。うう、なんだ急に。舌が俺の胸のあたりまで舐め回すと、アイヴィーは俺に馬乗りになったまま、こちらを見る。
そこで初めて気がついた、興奮したり感情が高ぶるとアイヴィーの目はルビーのように輝く時がある。普段は抑えてるとのことだが、彼女の特殊な能力の一つだと、寝物語の時に話していた。今のアイヴィーの目は……薄暗く、どこまでもくらい。魔法か何かか?
その彼女が俺に微笑みかけて……片手で下半身を弄っている。うっ……細い指が触れるたびに少しずつ刺激を受けていく。も、もうだめだ。これ以上は……。
「がっ……」
突然目の前のアイヴィーの胸から、銀色の刃が突き出た。ガクガクと震えるアイヴィー……の後ろに、
「え? アイヴィーが二人?」
「クリフから離れなさい! 化け物め!」
「どうしま……え? アイヴィー?」
「どうした! どうした……え? 二人いるのか?」
「……人間は分裂するのですかな?」
最後のは訳分からなかったが、俺たちは地面に倒れているもう一人のアイヴィーをみる。
「がっ……が、ぎゃああ」
地面に倒れ痙攣していたアイヴィーの顔が、突然ずるりと溶け出す。いきなりの変化で俺たちは息を呑む。そして老人へ、老婆へ、子供へ、青年へ、ずるりずるりと音を立てながら次々と変化していく。
「人に化ける魔物……? 聞いたことないぞ」
ロランが驚いたように化け物を見つめる。
「……とどめを刺しましょう」
アイヴィーが
「あ、アイヴィー……だよね?」
アドリアが用心深くアイヴィーに話しかける。アイヴィーは
「ええ、私が本物。ひどい目にあったわ……」
「そうですか……って、アイヴィーなんか生臭くないですか?」
アドリアが鼻を摘んで咳き込む。そうだな、なんかアイヴィーの体から獣のような、生臭い匂いがしている。なんてワイルドなスメルをしていらっしゃるのか。
「幻覚を見せる魔物に食べられそうになったのよ、水浴びしたいわ……」
「なんにせよ、よかった……アイヴィー」
食べられそうになった、という言葉に俺が少し目を潤ませて近寄ろうとすると、アイヴィーはジト目で俺を見て身をかわし、慌ててアドリアの後ろに隠れる。
「え? ど、どうしたの?」
「いやー……化け物に触られて興奮してるクリフを見ちゃって……いくらなんでも、こいつ見境ないなって」
アドリアが驚いたように口を開く。
「え?! クリフさんあの化け物とシちゃってたんですか?!」
うわあ……という顔をしているアドリア。なんていうか、とても軽蔑したようなそんな目で俺を見る。
「い、いやしてない! してないって……襲われてたんだよ!」
「だって弄られてる時、なんかだらしない顔してたよ、首筋舐め回されてビクビクしてたし」
誰か助けてって思って、ロランとロスティラフの方向を見ると、彼らはやれやれといった顔でテントに戻っていくところだった。なんて裏切り者揃いなんでしょうか、我がパーティは。
「クリフさん、あなた性欲を持て余し過ぎですね!」
アドリアがビシッと俺に指をさす。いや、そんなことはない……俺はノーマルだよ!と反論するも、女性2人は汚いものを見るかのように逃げ回る。
「おーい、乳繰り合ってないでさっさと寝るぞ」
緊張感のないロランの声が夜に響く。
その日からしばらくの間、パーティ内での俺のあだ名は「ゲテモノ食い」となった。
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