75 影霧(シャドーミスト)
「全く……村人の時は簡単だったのに……」
ネヴァンは何がいけなかったのだろう、と悩みながら移動していた。肉体となる塵が少なく半分程度の実体化となっており、中途半端な状態だ。この状態は良くない、早く体を構成しないと……。
村人を操るのは簡単だった。もともとあった猜疑心や嫉妬を少し揺さぶるだけで互いに争い始めた。あまりに簡単に殺し合いとなったので正直拍子抜けしたくらいだ。
「あの
使徒の影響だろうか? 魂の強さが違うのか? それとも実はあの魔道士ではなく、金髪の小娘が使徒だったのか? 疑問を考えながら進む。
森を進んでいくと、小さな広場にでた。少し考える時間が欲しい、このまま逃げても問題ないのだが、
その時、違和感を感じた。何かがおかしい……次の瞬間、自分の胸から剣が突き出ていることに気がつく。
「がっ……え?」
黒い刀身が胸から覗いている……この刀身は……後ろを向くべく首を回す。
そこには
「き、貴様……」
ゴボゴボと喉の奥から血を吐きつつネヴァンが震えながらクリフを見つめる。
「油断したな、
アイヴィーから違和感……アドリアの様子がおかしいと言われた俺は、寝ずの番をしていた。息を殺して部屋に潜んでいるときにアドリアが憎しみに満ちた目でアイヴィーに襲いかかる瞬間も見ていた。助けに入ろうとした際に、アイヴィーは俺に来るな、と口の動きで伝えてきた。
焦燥感を感じつつも、アイヴィーを信じて待ち……アドリアは自分を取り戻した。俺が欲しいとアドリアが叫んでいた時に少し……複雑な気持ちになったのだが……ネヴァンが逃げるのを見て、気がつかれないように後を追いかけたのだ。
動きが止まったところを狙って……
「ああ、お前は強かったよ。まさか実体がなくなっても行動できるなんて普通思わないからな」
「うがあああっ……こ、この剣は……魂に……あああっ」
ネヴァンが
「ククク……ここまでとは……やはりお前が使徒……」
ネヴァンが笑い声を上げる、まさか効いていないのか?
「我々は不死だ……死は休息への入り口にしか過ぎない……今回はお前の勝ちだ、だがどうかな?次は必ず殺してやる」
ケタケタと笑い声を上げながら、急速に体がひび割れてていくネヴァン。
「また会いましょう……五年後? それとも一〇年後かしら、その時まで御壮健なれ、使徒よ」
大きく手を広げると、一気に崩壊が進む。ネヴァンは耳障りな笑い声を上げたまま、ボロボロと崩れ落ちていった。カチャン、と音を立てて黒いかけら、
ネヴァンを倒した後も少しそのままの姿勢で立ちすくむ。沈黙だけがその場に訪れるが……復活の兆候はない。
「倒し……たな……」
ようやく緊張から解き放たれ、どっと疲れを感じてその場に座り込む俺。
みんなの元に戻ったのはそれから一時間以上経過してからだ。夜中、ということもあるが、とにかく歩みが重かった。戻ってアドリアになんて声をかければいいのだろうか?ちょっと前までそんな素振りがなかったのに、そこまでとは思っていなかったし……。
それとアイヴィー……俺がアドリアに悪戯された時に、少し期待してしまったことをしれっとバラされている。なんて言われるんだろう……というか俺は伯爵との約束をある意味破ってるんじゃないか、と心底心が冷えている。
部屋に戻るとアドリアは泣き疲れて寝ていた。アイヴィーに優しく抱き抱えられている。アイヴィーは優しい目でアドリアを見ながら頭を撫でていた。俺が戻ってきたことに気がつき、トニーが俺に話しかけてくる。
「ネヴァンはどうされましたか?」
「倒したよ……でもいつか復活するみたいだ」
「そうですか……厄介な敵ですな」
俺の肩をぽん、と叩くと私は寝ますね、とその場を離れる。
「クリフ」
アイヴィーが俺を呼ぶ、振り返るとアイヴィーは俺を無表情のまま睨みつける。これは修羅場の予感。
「あなた、アドリアに何をしたの?」
「何もしていません……」
これは本当だ。誓って何もしていない、どちらかというと何かをされただけだ。仕方ないので先日から起きていた出来事
……というか俺の中ではその夜と朝だけなのだが、アドリアのことを話す。
「そうなの……」
「だから俺は何もしていない……いや期待させてしまったのは俺の落ち度だな。ごめん」
アイヴィーに頭を下げる。彼女はアドリアを寝かせ、毛布をかけるとランプの火を消し、立ち上がって俺の方へ向かってきた。入口を出て廊下に出ると、彼女は壁に俺を静かに押し付ける。暗闇の中で俺とアイヴィーが見つめ合う。
「正直……嫉妬したわ。『私が欲しいって目で見てくる』なんて言われたら、もしかして私の知らないところでアドリアに手を出しているんじゃないかって」
アイヴィーが俺だけに聞こえるように小声で囁くと、俺に口付けをする。軽く、啄むように何度か軽く。
「でも、安心した。疑ってごめんなさい」
俺の胸に顔を預けるアイヴィー。ほぅ、と吐息を漏らしそのまま俺の背中に手を回して抱きあう。そして踵をあげて再び俺に口付けをする。彼女の舌が俺の唇を割って口内に侵入し、軽く舌を絡める。
「私……アドリアにならあなたを渡してもいい、って言った。んっ……でも嘘ね、本音は渡したくないわ」
「アイヴィー……」
そのまま俺たちは暗い廊下でしばらく抱き合っていた。
「大学に戻って少し時間をおいて落ち着いたら、彼女と話してあげて……」
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