76 諦められないかもしれないけど……
「良いというまでは絶対安静です」
大学に戻った後、俺とアドリアは治療院に強制入院となった。俺は頭がかち割れていたのを無理矢理傷を塞いだだけだったから。普通は動けません、と治療院の医者に怒られた。
はい、そんな気はしていました。
アドリアは目立った傷などはなかったが、精神的にもかなりのダメージを受けていると判断されて、当分は静養が必要という診断だったからだ。
大学は
とはいえ首都にある大学が襲われた、という事実は聖王国で平和に暮らしていた人々にとってはとんでもない事件であったに違いない。侵入経路が下水道ということもあり、下水道の再捜索などが行われ……いくつかの事件が解決した。というのが数週間の出来事となった。
アドリアは先に退院をして、俺は数日遅れて退院をすることができた。
「おはよう! ようやく退院ね」
アイヴィーが朝講堂へと向かう俺を見つけて駆け寄ってくる。
「あ、おはよう。ようやく講義が受けれるよ」
俺の顔を見つめて、満面の笑みを浮かべるアイヴィー。朝から抱きしめたい衝動にも駆られるが、それは別の機会にたっぷりしよう、と思い直す。
ウヘヘ。
そんな俺の顔を見て、こいつ朝から何考えてんだ、という顔をしているマイハニー。
久々に歩いている俺の姿を見て、知り合いが声をかけてくる。その中にクレールさんやマックスもいた。彼らは防衛戦に参加し、案外あっさりと撃退してしまったこともあって、村に行けばよかったと話をしていた。
到底驚異とならない攻撃は何のために行われていたのか、ネヴァンやガエタンが死んでしまった現在、それを確認することは現時点では難しい。
そして何事もなく、平和な一日は過ぎて行くのだった。
そして俺にはやらなければいけないことがあった。アドリアときちんと話をする、という大きな目的が。
「アドリア、クリフです。入って良いかな?」
「え、あ、はい! どうぞ入ってください」
アドリアは城下で一人暮らしをしていた。この世界にも下宿の概念があって、アドリアはそういった下宿に住んでいる。大家さんは元冒険者だったという恰幅の良い女性で、親元を離れて一人で下宿するアドリアを相当気に入っているようだった。
「あの子に男性の友人がねえ……」
と違う意味で何か期待を込めた目で見られていたのだが、僕らはそういう関係じゃないんで! 今のところ!
初めて見たアドリアの部屋は書籍が床にも積まれ、雑然とした書生の部屋という印象だった。
「す、すいません。男性をお招きするような部屋ではないので……」
恥ずかしそうな顔をしてアドリアが俺を椅子に座らせる。人を入れない、という割に小さなテーブルには2脚の椅子が備わっており、元々は来客も想定していた部屋なんだろうな、とは思う。
「大丈夫、俺の部屋なんか女性を呼べるような状態じゃないから……」
苦笑しながら俺たちはテーブルを挟んで、椅子に座る。そのまま少しの間、見つめあってしまう。アドリアは自分が何をしていたのか覚えているのか、複雑な顔をしている。顔を青くしたり、真っ赤にしたり……何度か顔を伏せたり、頬に手を当てて恥ずかしそうにしていたり。
改めて顔を見ていて、今更ながらこの子が大変な美少女であることを再認識する。藍色の髪に緑色の大きな目、そして程よく尖った耳。少女の可憐さと、体つきは程よく良いスタイル。白い肌に、細身で健康的な脚。誰もこの子に興味を持っていないのが不思議なくらいの美しさだと思う。
「クリフさん……なんで私の体を舐め回すように見ているんですか?」
俺の視線に気がついたアドリアが頬を膨らませて、胸を隠す。
「あ、そういう意味ではないんだけど……改めて見てるとアドリアが可愛いなって思って」
その言葉に驚くほど真っ赤になった顔で、アドリアが下を向いてしまう。
「私……の……私の気持ちも……知られてしまいました……」
「う、うん……」
「クリフさん見ていたんですよね?私がアイヴィーに……」
アドリアがボロボロと涙を流して俺を見つめる。
「私……アイヴィーに酷いことを……もう……どうして良いのかわからないんです……」
「アドリア……」
アドリアが俺に対して抱えている気持ち。それはわかっている……あの夜に聞いてしまった。アイヴィーとそういう関係でなければ、普通に受け入れられたと思う。アイヴィーを傷つけたこと、それは納得できないかもしれない。
でもあの行動は明らかに異常だった。ネヴァンによる精神汚染が影響していたんだから……とアイヴィーはアドリアを庇っていた。
泣きじゃくるアドリアをじっと見ながら、俺は彼女が泣き止むまで待ち続けた。アドリアが落ち着き、話ができる状態まで待ち、疑問に思っていたことを聞いてみる。
「なあ、アドリア……あの夜に俺に対して悪戯したよな?」
「はい……」
「あの時、俺が君を……襲ってしまったりしたら、どうするつもりだったんだ?」
少し考えるような表情をしたアドリアが、俺の視線を見て……少し頬を赤く染めながら答える。
「……わかりません。悪戯だったって言っても、クリフさんなら大丈夫だろうって思ったかもしれません」
そうかもなあ……まあ悪戯って言われて収まるやつだったらそうなんだけど……でも俺もあの時は収まったけどさ……多分そうじゃない人はたくさんいると思うんだよな。
「で、でも……私は……クリフさんのことが大好きです。ネヴァンの影響とかじゃなくて……」
「アドリア、俺は今君の気持ちには応えられない。これだけははっきり言わせてくれ」
その言葉にアドリアはハッとするも、すぐにその表情を隠すように下を向く。はっきりとした返答に細い肩が震える。床に水滴が落ちていく。
「そ、そうですよね……私なんかが……」
「いや、そうじゃない。アドリアはとても魅力的で……正直いえばあの時君を手に入れたいってすごく思った」
その言葉に驚いたように涙に濡れた目で俺を見つめるアドリア。期待をもたせてしまったかもだけど、俺もちゃんと正直な気持ちを伝えておいた方がいいと思った。そして俺はアドリアに一枚の手紙を渡す。
「これ、アイヴィーから。最近あってないだろう?伝えたいことがあるんだって、渡してくれって言われた」
手紙を受け取るアドリア、その様子を見て俺は立ち上がる。
「俺中身見てないんだ……だからあとはアイヴィーと話をしてくれ。それと……俺はアドリアに友達として……一緒にいてほしいと思ってる」
俺が応えられるのはここまで、かな。アイヴィーとアドリアのどちらかを取れ、と言われても困るんだよね、正直。じゃあね、と挨拶をしてアドリアの部屋を出ていく。
クリフが去った部屋の中で、アドリアは涙を拭いながら手紙を開く。そこにはこう書かれていた。「あなたは友達だから、これからも仲良くしていきたい。クリフは今は渡せないけど……ちょっとだけ待ってね」と。
驚きで目を見開くアドリア。ちょっとだけ待って?ちょっとだけ待ったらどうなるのだろう? なぜこんな手紙を書いたのか、訝しげに思うアドリア。アイヴィーのことだから何か意味があるのだろう。
「直接話そう、ってことかな……私……諦められないかもしれないけど……」
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