74 愛しい人を手に入れたい
「さて、俺たちも休むか」
俺はみんなに明日の朝までゆっくり休もうと提案した。トニーが村に入る前に感知していた気配は、村人の変わり果てた姿だった。苦々しい思いをしつつ、急いで火葬して簡易的に埋葬したが、大学に戻った後に正式な葬儀をお願いすることになるだろう。この村の人々のことは全く知らない、分からない故にどのように感情を持っていけばいいのか分からない。悔しいとか、悲しいとか、そういう気持ちは持てずに只々、虚しいという気持ちが沸き立つ。
村人を返して欲しければ……なんて
夜になり、携帯食料などで食事を取り明日からの予定を話し合う。普段は明るく話題に参加してくるアドリアが下を向いてずっと黙っているのが気になった。
「私……もう寝るね、疲れたんだ」
下を向いていたアドリアが虚な目でそういうと一人で部屋へと向かう。大丈夫か?あまりに疲れているのか?と悩むが声をかけにくい。
「アイヴィーはアドリアの隣の部屋で寝てくれ、心配だ」
アイヴィーが少し訝しげな顔で少し考えると、何かを決意したように俺に向き直る。
「そうね……ねえクリフ……少し話せない?」
「トニーは一緒でいいか?」
「いえ、できれば外して欲しい。……あ、そういう意味ではなくて、少しアドリアのことで気になることがあるの」
「大丈夫ですよ。私は席を外します」
トニーはアイヴィーの言いたいことを理解したのか、男性陣の寝室へと移動する。トニーが移動したあとアイヴィーが俺の目を見て話し始めた。
「実は……」
私は手に入れる。邪魔者を排除して。私は愛しい人を手に入れる。
心が黒く塗りつぶされる。憎い、憎い、憎い。私の欲しいものを奪った彼女が憎い。殺して奪わなければいけない。殺す殺す殺す殺すコロスコロス。
アドリアは目の前で寝息を立てているアイヴィーの前に立っていた。顔は憎しみに歪んでいる。毛布が少しはだけ、健康的な素足が覗く。憎い、この女を殺せば私は手に入れられる……でも彼女は……。
「欲しいものがあれば、排除しなければ……」
あの声が響く、そうだ私は手に入れたい……。クリフを……クリフの横に立つ親友を殺してでも……。
静かに気がつかれないようにベッドに上ると少し軋み音がする。でもアイヴィーは起きない。相当に疲れているのかもしれない……今なら気がつかない。ゆっくりとアイヴィーにかかる毛布をずらしていく。
白い喉が見える……陶磁器のように白い肌だ。私にはない……悔しい、欲しい、この売女が! お前なんかに彼はやれない。憎い女の命が欲しい。明らかに破綻している思考、それでもアドリアは気がつかない。ネヴァンの心理操作は破綻している思考に気が付かせない。
「……やりなさい」
ゆっくりとアイヴィーの首に手をかける。このまま私が首を絞めて殺してやる。ゆっくりと力をかける。自然と獰猛な笑顔を浮かべるアドリア。ミシミシと音を立てて華奢な手が軋む。
「んっ……ぐうっ?」
アイヴィーが眠りから覚める。そこにいたのは憎悪に包まれた目で笑顔を浮かべるアドリア……アイヴィーの首をゆっくりと絞めていく。首にアドリアの細い指が食い込む。
「渡さない……アイヴィーは知ってる?あの人私が欲しいって目で見てくるの……」
どこにそんな力があるのかと思うくらいの力で首を絞めていくアドリア。笑顔が浮かんでいる。そしてその言葉を聞いてアイヴィーが目を見開くが、すぐに苦しさでその表情が消える。
「ぐっ……あ、や、やめ……」
アイヴィーが首にかけられた手を握り、引き剥がそうとする。が、凄まじい腕力で首を絞めていくアドリア。足をばたつかせて逃げようと試みる。毛布がはだけるがアドリアは全く跳ね除けられない。頬に冷たい水滴が落ちる。喘ぎながらアドリアを見上げるとアドリアは笑顔のまま泣いていた。アイヴィーは助けを求めるように入口を見て……すぐにアドリアを見つめ直す。
「私……ごめん……アイヴィー……私クリフが……欲しいっ!」
「ぐっ……やめ……うぐっ…」
「あなたが死ねば、私のものになるの。欲しいの……ねえ頂戴!
涙を流しながらネヴァンのように歪んだ笑顔で首を絞めていくアドリア。じっくりとアイヴィーの顔を眺める。苦しそうに喘ぐ顔を見て喜びが全身を貫く、もう少しで殺せる……彼は私のものだ!
突然アイヴィーの抵抗がなくなる。アドリアを優しく見つめて、今まで首を絞めていた手をアドリアの頬に差し伸べる。その目を見てアドリアは急に気がついた。私は何をしているのだろう? 疑問を感じて首を絞めていた手の力が緩む。
「ゲホッ……アドリア…本当は…辛かった……のね」
今から殺されようとしているのに、アイヴィーはアドリアを優しく見つめていた。やめろやめろやめろ、そんな目で私を見るな。私を憐れむな。
「声に耳を貸してはいけません」
心の中で声がする、でも私はアイヴィーを、友達を失いたくない……一緒にいてホッとする、初めてできた友達……。笑顔が素敵で、可愛くて、私と一緒に笑ってくれる友達。
「アドリア……あなたもクリフのことが……」
アイヴィーの目に涙が浮かび、一筋涙が落ちる。その涙を見てアドリアは混乱した。どうして私はアイヴィーの首を絞めているの? どうして? どうして友達のことをこんなに憎んでいるの?
「殺しなさい、急いで!」
焦ったような声が心に響く。どうして、私はアイヴィーを殺さなければいけないの? やだよ、友達を殺すなんてできないよ。
「アドリア……私が死んだら……クリフのことお願いね。あなたになら……」
アイヴィーが目を閉じ、アドリアの頬を優しく撫でる。ああ、アイヴィーは私に殺されてもいいと思ってる。どうして?怖くないの?失うのよ……命も恋人も……。どうして!
「私……私は……こ……ご……」
笑顔が消え、恐怖がアドリアの心を支配する。涙が溢れる、どうして私はこんなことを。友達を殺そうとしているのか。自分のやっていることに驚いて喉を締めていた手を離す。
「ごめん……ごめん……どうして……私何してるの……」
咳き込むアイヴィー、アドリアは恐怖に震えながらゆっくりと後退りする。
「大丈夫、ゲホッ……大丈夫よ、アドリア」
優しく語りかけるアイヴィーを見つめながら震えて、首を何度も振りながら自分がやったことを思い返すアドリア。
「うぁあああああ……」
頭を抱えて泣き喚くアドリア。どうしたらいいのか分からず床に崩れ落ちる。
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
「仕掛けが早すぎたか……乗っ取れたと思ったのに……」
アドリアの背後に黒い影が浮かぶ。床に落ちている塵や埃が舞い上がり、人の形を模していく。ネヴァンがそこに姿を現す。アドリアを抱きしめてアイヴィーが枕元に置いていた
「貴様! アドリアに何をした!」
「おお、怖い。でもここは退散させてもらうわ……じゃあね」
ネヴァンは再び体を塵のように舞わせると、その場から消えていった。
「大丈夫ですか!?」
異変に気がついたトニーが部屋に飛び込んでくるが、すでにネヴァンの姿はない。窓を慌てて開けるも、一陣の風が去っていくだけだった。
「逃げていく……」
「やだよぉ……私みんなに嫌われちゃう……いやだぁ……」
恐怖と混乱と、そして感情の方向性を失って泣き喚くアドリア。アイヴィーは優しく彼女を抱きしめる。トニーはあまりの状態に声すらかけられない。
「大丈夫、大丈夫だから……」
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