70 英雄(チャンピオン) 02

「行くぞ!」


 ガエタンがニヤリと笑い、再び襲いかかってくる。あまりの早い突進に驚く暇もない。連続で繰り出される剛拳が肌を掠め、一瞬遅れて風圧を感じる。攻撃を避け切ると、間髪を入れずに逆手に持った影霧シャドーミストを突き立てる。

「クリフさんの攻撃が当たった!?」

 アドリアが驚くも、当事者の俺はあまりの硬い感触に驚いていた。

 ガエタンの手甲は可動部分以外を全て装甲で覆った特別なものだ。手のひらすら装甲で覆われており影霧シャドーミストはその装甲に止められた格好になっていた。


「固っ……」

 ギリギリと音を立てて押し戻される影霧シャドーミスト。ガエタンはそれと同時に別の腕で俺に拳を繰り出した。これは避けられない、展開していた魔法の盾マジックシールドを使ってその拳を受け流す。甲高い音を立ててガエタンの拳が魔法の盾マジックシールドの表面を滑り、直撃を免れた俺はそのままステップして距離を取る。感嘆したように笑うガエタン。

 そこへアイヴィーが飛び込んできて突きを繰り出す、がその攻撃をなんなく避けて距離を取る。その合間にトニーが支援魔法を俺にかける……速度強化ヘイストだ。速度ではガエタンに勝てない状態なので、この選択は正しい。

「ありがとう!」

「頑張ってくだされ」

 トニーは戦闘支援特化の魔道士だ。正直言えばあの筋肉だから戦闘もこなせるのだろうが……彼自身はそう言った経験が無いようで、ずーっと完全に支援に徹している。とはいえ力比べをすると全然勝てないので、格闘戦術を覚えると相当なレベルにいきそうな気もする。


「クリフさん! <<石弾ストーンブラスト>>!!」

 アドリアが最近覚えたという攻撃魔法石弾ストーンブラストを放つ。石の弾丸を飛ばし相手を攻撃する魔法だ。石の弾丸なので貫通力などは低いのだが、スリングで飛んでくる石くらいの威力はあり、使い込むと簡単に頭が吹き飛ぶくらいの破壊力にすることもできる。

 ガエタンは石弾ストーンブラストの軌跡を読み、最小限の動きで避ける。


「グフフ……使徒殿は強者であるな、そして仲間からの信頼も厚いようだ」

 ガエタンは興奮しているのか、口から少し涎をたらし、それに気がつくと軽く唾を吐いて口元を拭う。再び腕を構えると手を解すかのように動かす。バキバキと音を立てる拳。全身の筋肉が盛り上がる。

「そいつはどうも、アンタも強いな、というか強すぎるな」

 話しかけてくれているなら、次の行動を考える間でも会話でなんとか時間を作りたい。受け身に回っていると正直考える時間がなくて俺も辛いのだ。


「我は獣魔族ビーストマンとして数々の強者を打ち倒してきた。冒険者とも何度も戦った。だが……使徒殿とその仲間ほどの強者はなかなか見ない」

 笑いながらジリジリと距離を調整するガエタン。そうはさせじと俺とアイヴィーは別々にガエタンとの距離を取っていく。地味だが戦士として必要なこのせめぎ合い。


「俺もあんたほど強い獣魔族ビーストマンは見たことないぜ」

 汗が軽く頬を伝う。凄まじい殺気を感じる……アイヴィーも表情が硬っている。軽く目が合うとアイヴィーが頷く。

師匠せんせいほどではないけど……強いわ」

 少し刺突剣レイピアの先が揺れている。緊張かと思ったが、顔には出していないものの目の前の強敵に恐怖を感じているのかもしれない。


 恐怖か。そうか……少し頭が硬くなっていた気がする。影霧シャドーミスト、俺にはこれがあった。無理に格闘戦で勝とうとせずにいかにこの魔法の小剣ショートソードを叩き込むか?を考えた方がいいかもな。影霧シャドーミストの特殊能力である「心を斬る」能力をどう生かすか、が大事かもしれない。


 吠え声をあげ、ガエタンが一気に距離を詰める、俺狙いだ。アイヴィーが妨害しようと突きを繰り出す、肩口に軽く刺突剣レイピアが軽く刺さるが、被弾を気にせずにガエタンが突進し通り抜けざまにアイヴィーに小さな小石のようなものを放る。

 小石が破裂し、甲高い音と閃光を発する、規模自体は小さいが、まともにそれをみていたアイヴィーが目を押さえて踏鞴を踏む。

「あっ……目がっ!」

 猫騙し、だな。こういう小技を使ってくる戦士はこの世界で初めてだ。感心してしまい、俺も笑みが浮かんでしまう。こいつは本当に強いし、頭がいい。こんな強い相手と戦えるなんて……ある意味貴重なのだ。軽く肩から血を流しながらも獰猛な笑いを浮かべてガエタンが剛拳を振りかぶる。


 ガエタンが必殺技としているのはその剛拳、しかも四本の腕があるので四連打になる。一発一発が必殺の威力を持っており、みた通り地面を抉るくらいの破壊力を持っている。まともに食らうと頭なんか簡単にちぎれてしまうだろう。

 そしてその破壊力と速度に絶対の自信があるガエタンは、その攻撃しか繰り出してこない。鎧でガードされている部分ではなく継ぎ目を狙う。


 一発目、二発目、ギリギリで避けていく。拳が通過するたびに凄まじい勢いと迫力がある。正直言えばめちゃくちゃ怖い。でもセプティムが発した殺気ほどではない、なんとか耐えられる。

 三発目……避けた、と思った瞬間に背中がぞくり、と寒くなった。全てがスローモーションのように見える、ガエタンが俺をみて笑っている? 次の瞬間にこめかみに強い衝撃を受けて、痛みで俺の頭が混乱する。え? 当たった?


 ガエタンの三発目の攻撃は途中で止まっており、俺のこめかみに横から腕を使って打撃を入れる軌道になっていた。手甲が金属製ならではの技だ。前世は格闘素人だったため、バルトの格闘戦術を学んだ。その中でバルトがよく言っていたことがある。

「剣もそうだが、途中で攻撃の軌道を変える、という技がある。剣なら突きと見せかけて、そこから横凪にする技、拳なら肘打ちに切り替える、とかだ。お前が魔道士を目指すなら、戦士とはできるだけ接近戦をするな、危ないぞ」

 父親の笑う顔が浮かぶ。そうか、そうだ誘われたんだ、これは。


「クリフっ!」「クリフさん!」「クリフ殿!」

 アイヴィーの悲鳴、アドリアの悲鳴、トニーの悲鳴が俺を回想から連れ戻す。目の前に迫る四発目の剛拳。恐怖がぶり返し、目を見開いて迫る拳を見てしまう。だめだ見るな生き残れ! やれること全部やるんだ!


 剛拳がクリフを捕らえ、体ごと地面へと叩きつける。轟音と共に地面が震え、濛々と砂埃が舞う。ガエタンは必殺の一撃を予定通りに叩き込めたことにほくそ笑む。

「うそ……嘘よ……」

 アイヴィーが震えながら膝をつく。目を大きく見開き、震えて固まる。

「ク……クリフさん? 嘘……ですよね?」

「まさか……」

 アドリアもトニーも唖然とした表情でその光景を見つめている。アドリアの目に涙が浮かぶ。


「ア、グ、アアアッ」

 急にガエタンが苦しみ出す。ガエタンが苦しそうに踏鞴を踏んで後退する。四発目の攻撃を放った拳から血が流れ出す。

 人影がゆっくりと立ち上がり、砂埃が徐々に晴れていく。そこには盛大に頭から血を垂らしながら、立ち上がったクリフがいた。

「ゲホッ……あ、危なかった……」


 ……再びクリフの頭からどろりと血が垂れ、大きくふらつき膝をつく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る