61 決して不埒なことはいたしておりませんっ!

「で、貴様がアイヴィーを拐かしたクリフとかいう若造か」


 ちょっと待ってください。先日までの豪放磊落っぽい伯爵様はどこへ消えたのか。目の前にいるのは嫉妬に身を焦がし、鬼の形相で俺を睨みつける一匹の修羅がいた。その横にはニコニコ笑っているセプティムも立っている。アイヴィーは……呼ばれていない。ということでこの部屋には男性3人しかいない。


「あ、あの……ど、どういったご用件でしょうか?」

 愛想笑いを浮かべて伯爵へ聞いてみる。その言葉に反応して伯爵が俺に向かってギリギリと歯軋りをしながら、話し始める。

「決まっている……私の愛娘に手を出している男がいると聞いてな……貴様のことだ」

 こ、これは僕は死んだのではないだろうか? 伯爵はめちゃくちゃ怒ってる……アイヴィーに手を出したら即死ルートだったのか……それにしてもセプティムは面白いものを見てるという顔でずーっとニコニコしてるけど、止めてくれないんだろうか?


「あ、あの……私……アイヴィーさんに大変お世話になっているクリフ・ネヴィルと申します……」

「あああ? 大変お世話に……だぁ? どこまでなってるんだ? あああ?」

 伯爵が殺意の波動をむき出しにしながら、立ち上がり、こちらへと向かってくる。これは絶対死にますわ、即死ですわ。

「い、いえ。私が娘さんに守っていただいておりまして……その、大変そう言った意味でお世話になっ」

 ガシッと肩を掴まれる。

「おい、このクソ野郎」

「ひゃ……ひゃい」

 しまった……緊張と恐怖で声が上ずってしまった。伯爵はじっと俺の目を見ている。もう緊張で震えが止まらない。これが死ぬ前に感じる震えか。戦闘で死にかけた時よりもずっと怖いよこれ。


「アイヴィー……娘はな……俺の目に入れても痛くないくらい可愛いんだ、わかるか?」

「は、はい……とても美しいお嬢様だと思います……」

「それがな、ぽっと出の訳のわからん若造に口説かれてるんだ、俺の痛みがわかるか? 俺は痛いんだ……なぁ? わかるか?」

「わ、私達清い交際を続けておりまして、決して不埒なことはいたしておりませんっ!」

声が上ずったまま答えてしまう。


「伯爵……手を離してあげてください、続きは僕がやりますよ」

 そこまで話しているとセプティムがクスクス笑って伯爵を止める。ものすごい顔で俺に向かってけっ、と悪態をつくと伯爵は鬼の形相のまま椅子へと座り直した。ホッとしたのも束の間……俺は凄まじい圧力の殺気を感じて身体中が緊張する。


「さて……クリフ・ネヴィル。セルウィン村の剣豪ソードマンバルト・ネヴィルの息子よ」

 セプティムが抜く手を見せずに三日月刀シミターを抜き放ち、音も動く間も無く俺の首に刃を突きつける。それまでの笑みはなく、無慈悲な帝国貴族……そして剣聖ソードマスターの表情が浮かんでいる。

「帝国貴族令嬢、アイヴィー・カスバートソンを拐かし、不埒な言動を持って帝国貴族の威信に傷をつけたことに相違ないか?」

 セプティムの冷たい殺気が俺の首筋を這う。全身の毛穴が泡立つ。怖すぎる……7年前とは全くの別人だ。これが剣聖ソードマスターとまで呼ばれる男の圧力なのか。罪人を斬首する体勢へとセプティムが俺を蹴って整えさせる。


「セプティムさん……信じてください! 俺は彼女を……アイヴィーを拐かしてなんかいないです」

「ほう? それではどういうつもりで彼女を誘惑したのだ?」

「そ、それは……」

「答えよ、クリフ・ネヴィル。返答次第によっては貴様の首を落とし、それを持って伯爵家への償いとさせる」

「う…うあ…」

あまりの圧力に言葉が出ない。怖い、怖い、怖い。でも声を出せなければ死んでしまう。声を出すんだ。全身が硬直したように動かない、涙が止まらない、鼻水も出てるかも、とにかく今までにない恐怖を感じた。


「答えぬか、では死ぬが良い」

 三日月刀シミターが俺の首を切断できる位置まで高く持ち上がり、裂帛の気合とともに撃ち落とされる。セプティムの腕なら一撃で首が落とされてしまうだろう。

二人きりの時、見つめあった時、ドキドキした時、走馬灯のように彼女の顔が浮かぶ。


「俺……俺は彼女のことが好き……心から大好きなんです!」

 ようやく絞り出した言葉。そう、人には一言も話したことがないアイヴィーへの想いだ。そうなんだ、俺は最初に見た時から魅力的な彼女に惹かれていたんだ……。だから手放したくない、と思ってる。異世界に来てそんな気持ちになったのは初めてなんだ。だから死にたくない……この先ずっと一緒にいたいんだ……。

 ぴたりと俺の首の皮一枚を切って止まる三日月刀シミター


「……く、くふふ……クリフ……そういう時はな、っていうものだぜ。でも大好き……ね。君らしいや」

 その声を聞いて、汗だくで、涙をぼろぼろこぼしながらセプティムの方を見上げると三日月刀シミターを片手に笑いが堪えられない、という様子のセプティムがいた。なんでこの人あれだけ殺気ばら撒いておいて、面白いものを見た、って顔をできるんだろう?


「伯爵、両想いですよ。どうですか?」

 三日月刀シミターを鞘にしまうと、セプティムが腹を抱えて笑いながら伯爵へと声を掛ける。セプティムってこんな性格の人だったっけ……。そんなことをぼうっと思いながら伯爵を見ていると、難しい顔をしながらもため息をついて話し始める。


「わかった……クソ野郎といったことはお詫びする、クリフ・ネヴィル。アイヴィーと行動することは認めよう。」

「そ、それは……」

「だがな、クリフ・ネヴィル。もし娘を傷物にした場合、悲しませた場合、お前が守れなかった場合は私は帝国貴族の威信をかけてお前が想像できないくらいの責め苦を与えて、娘に近づいたことを後悔させながらなぶり殺してやる、覚えておくのだな」

 黙って頷くしかない俺。先程の恐怖で涙が止まらなくなっている。こんなに涙が出たのは七年ぶりかもな……。

「アイヴィーちゃんがこんな男になあ……今からでも遅くはないと思うのだが……」

伯爵は本当に残念そうに俺の顔を見つめている。


「さ、仲直りの乾杯をしますか。立ち合いは僕で」

 セプティムがワインとグラスを取り出し、軽く注ぎ俺たちに手渡す。あれ? なんだ俺生きてていいのかな。完全に思考停止して多分ものすごくひどい顔をしていると思うが、そんな俺を見ながらセプティムは笑顔、伯爵は渋い顔をしてワインを一口飲む。


「クリフ、我が弟子をよろしく頼むよ、あれはとても良い子なんだ」

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