60 婚約破棄とお怒りになるお父様
「娘よ、カンピオーニ家はロレンツォの廃嫡に伴い、正式に婚約の破棄を申し込んできた」
カスバートソン伯爵はセプティム、そしてアイヴィー。この部屋には帝国貴族しかいない。この状況を作るにも数日かかるとは……実の娘に話をするにも時間がかかるな、と伯爵は少し煩わしさを感じていた。
「まあ……そうでしょうね……」
少し辛そうな顔をしてアイヴィーは俯く。その様子を見てカスバートソン伯爵は少し悲しそうな顔をしてお茶を飲む。
「それでだ、この婚約はなかったことになるが……今後お前はどうしたい?」
「え? どうしたいとは……?」
アイヴィーは父親の言葉の意味を理解できずに戸惑う。アイヴィーの記憶では父親はかなり厳格で、厳しい人間だった。貴族社会で生きていくためには、そうせざるを得なかったのだが。
「お前に新しい縁談の話が来ている。それを受ける気はあるか?」
ああ、やはり、とアイヴィーは思った。それが嫌で留学してきたのだが……ここでもやはりその軛から逃げられないのか、とさえ思う。それでも言わなければいけないことは言おう、と考えアイヴィーは口を開いた。
「私は……縁談を受けたくありません。父上」
「ふむ……どうしてだ?」
「わ、私にはすでに心に決めた人がいるからです……ですから縁談はお受けできません」
「は? え? アイヴィーちゃん?」
その言葉にカスバートソン伯爵は手に持っていたカップを床に落としてフリーズした。その表情を見てアイヴィーは初めて父親のそんな表情を見た気がした。それを見てセプティムは少しクスリと笑う。そう、彼はその相手に気がついているのだ。
「ア、アイヴィーちゃん……誰かなー?その不埒な男は……」
急に言葉使いが変わり、ガクガクと震えながらカスバートソン伯爵が質問をする。もう彼の目は驚愕と恐怖と、そしてその不埒な男をぶっ殺してやるぞ!という強い決意に溢れていた。
「あ、あの先日もいました……
ああ、言ってしまった、顔が赤くなりまっすぐ父親の顔が見れない。思わず下を向いて膝にある手を握りしめる。
あの後クリフとは何度もデートを重ねた……親の許しも婚約もしていないので
正直クリフに全てを委ねたい、愛されたいと強く思っている自分がいる。
「……フィネル子爵……彼を捕縛してきなさい」
「え?」
「お父様?」
「私の可愛いアイヴィーちゃんに手を出そうとする不埒な庶民は死刑だ! もう絶対死刑! ぶち殺す! 市中引き回しの上にギロチン台送りにしてやる!」
それまでのナイスミドルな雰囲気を完全にぶち壊しつつ、うわああああ! と発狂するカスバートソン伯爵。そうなのだ、普段温厚な彼は強烈なくらい娘ラヴな父親なのだ。ロレンツォがアイヴィーをいじめていると話に聞いた時にはどうやって婚約者を合法的に抹殺するか考えていたくらいで、暗殺者を雇おうとしてセプティムが止めに入る、という出来事が水面下で行われていた。そのため実際に今回ロレンツォが退場したことで、一番ホッとしているのは実の所カスバートソン伯爵自身であったりもする。
「落ち着いてください! お父様!」
「あ、いや、それは流石にどうかと」
セプティムが無理矢理に伯爵を抑えて座らせる。どうどう、と馬でも操っているかの如く伯爵を落ち着かせる。意外といいコンビなのだ、この二人は。
「アイヴィー……我が弟子よ。彼は少し他の人と違う。それはわかっているのか?」
セプティムはクリフのことを信頼すると同時に、疑問……というより違和感を感じていた。とにかく彼は異質なのだ。この世界では考えられないようなことをする可能性もある。そんな片鱗を幼少期から見せていた。
良い方向へと進めば……とは思うが彼が今後
「はい……それでも私は彼の側にいたいと思っています」
ぐぬぬ、と伯爵がハンカチを噛んで悔しがる。セプティムがアイヴィーの言葉を聞いて、ふっと笑う。そうか、この子はクリフの異質さを理解しているのだな……とセプティムは感じた。
「そうか、なら僕らは応援しなければいけないね、伯爵」
「フィ、フィネル子爵? 大事な娘が拐かされているんだぞ、王国の人間に!」
「恋する女性は強いですよ伯爵。あなたの娘は僕らが考えているよりもずっと大人だ。応援するのも父親の役目では?それに……」
セプティムはアイヴィーに笑いかけ続けた。
「僕も
その言葉にアイヴィーがボロボロと涙を流す。
「
堪えきれずに泣き始めるアイヴィー。セプティムは帝国でも有数の剣士だ。その人物に認めてもらえるような人材はそれほど多くはない。今回の発言はセプティムがクリフを認めた、という証左になるのだ。剣聖の証明はそれほど重い。
「本当に好きなのだね、彼が」
セプティムは優しく笑いながらアイヴィーの肩に手を置く。その優しい言葉に何度も頷くアイヴィー。
「ぐぬぬ……私は認めたくない……アイヴィーちゃんを拐かした男など……」
「では一度お会いになられては?良い若者ですよ、彼は」
「セプティム……貴様もか……ぐぬぬ……」
昔の呼び名で伯爵はセプティムを睨みつけると、諦めたようにため息をつき……そして言った。
「その彼を予定の空いている時間に呼んでくれたまえ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます