59 帝国伯爵と剣聖がやってきた

「で、クリフさん。詳しいお話聞かせていただけますかぁ?」


 下水道の依頼をこなしてから二週間ほど経過した。あの時負った怪我なども回復し、ようやく普通の日常が戻ってきた。大学に向かっている途中、アドリアがとてもニヤニヤと笑った顔でこちらに向かってきていきなりグイッと肩を掴まれ……この発言であった。

「え? な、何?」

「いえいえ、その際はたくさんお楽しみ、だったんですかねぇ?」


 アドリアは俺に****大変卑猥な意味を表す拳をグイッと突き出した。どうしてこの世界でもこのポーズは共通の意味を持っているのか、俺は知りたい。

「……あの……そういうことしてないんで、それと女の子がそれはやめなさい」

「え? だって男女が一つ屋根の下にいたんですよ?何もないってことはないですよね?ここだけの話にしますから、ど、どうだったんですか?その……アレは? やっぱり痛がったりしました?」


 アドリアの目は完全に近所のおばちゃんモードになっている。いつからこうなってしまったんだ、この子は……。いやいや特にないからね、と伝えてとにかく引き剥がす。えー、ちゃんと聞かせてくださいよぉ、と膨れながらアドリアが俺の後ろについてくる。


 アイヴィーは相変わらず他の女子生徒に囲まれているが、対応に慣れてきたのか優しい笑顔で応対している。

「アイヴィーさん、なんか吹っ切れた顔してるんですよね……綺麗になったというか」

 アドリアがアイヴィーを見てそんなことを呟く。そしてギギギギと謎の動きでこちらを見ると、ウヒヒと笑う。

「クリフさんがなんかしたんじゃないかなって思うんですよ、私は」

「そんなことないよ」

 ある意味鋭いが、それに反応して慌てるほど俺も柔ではないのだ。そっぽを向いて反応せずに歩き出す。

「あ、絶対怪しい! 怪しいですぅ!」

 今日も朝から賑やかなことだと思いつつ、講堂へと向かうのだった。日常はちゃんと戻っている。




 帝国からの使者がやってきたのはそれから一ヵ月以上経過してからだった。帝国と聖王国は物理的な距離がそれなりにあり、通信網を駆使した連絡ではそれなりの速度が出るが、移動するとなるとやはりそれなりの時間がかかるのだ。それでも相当に早い速度でこちらにきてくれたのだとは思う。


 大学の依頼で、今回堕落の落胤バスタードと戦ったメンバーは使者との面談を行うことになったのだが……何とその使者の一人はファビウス・カスバートソン伯爵……つまりアイヴィーの実の父親が出向いてきたのだった。

 帝国様式と言える豪華な馬車から降り立ったカスバートソン伯爵にアイヴィーが駆け寄る。


「お父様! お久しぶりです」

 貴族令嬢としての完璧なマナー、というべきかスカートを持ち上げ見事なお辞儀をしてみせるアイヴィー。こういうところはやはり貴族の令嬢なんだなー、と思う瞬間だ。

「おお、アイヴィー、久しいな」

 アイヴィーと同じ金髪赤眼のカスバートソン伯爵は、年齢としては五〇代だろうか、少し金髪の一部に白いものが混じっており不思議な輝きを見せているのが特徴だ。背は高く、細身だが鍛えているのだろうか、身のこなしがとても貴族とは思えない動きをしている。優しそうな顔をしているが、目は鋭い印象だ。

「今回はすまなかったな、アイヴィー。婚約者殿が堕落フォールダウンするとは……」

 そんな話をしつつ、大学の応接室へと向かうカスバートソン伯爵とアイヴィー。親子水入らずの時間が必要かな……と考えていた際、馬車より一人の男性が降り立った。

 ふと目があった際に、俺たちは完全に固まった。


 その男性は栗色の髪で藍色の眼を持った男性で、腰にはこの辺りでは見ない様相の曲刀……三日月刀シミターを下げていた。仕立ての良い青いマントを羽織り、服装は動きやすい狩猟服を着ている。そして俺はその風貌に見覚えがあったのだった。俺の記憶とは違い、少し年齢を重ねていたのと、口髭を生やしていたのだが。

師匠せんせい! いらしてたんですか! ……って」

 アイヴィーは驚くが、その言葉には反応せずその男性も俺の顔を見て驚いている。訝しげにアイヴィーがその男性と俺の顔を交互に見る。


「ク……クリフ? ……だな?」

「セプティムさん……」

 そう、その男性はセプティムだった。衝撃でお互い時が止まって見つめ合う俺たち。

「え? クリフ? 師匠せんせいのことを知っているの?」

 アイヴィーがキョトンとした顔で俺たちの顔を見ていた。




 応接室では俺たち討伐メンバーとカスバートソン伯爵、そして剣聖セプティム・フィネル子爵がお茶を片手に談笑していた。

「そうかそうか、フィネル子爵が話していた王国にいた才能ある子供とはその子のことなのか」

 伯爵が豪快に笑う。結構打ち解けるといい人なんだな、とは思う。

「あの時はほんの小さな子でしたがね、大きくなったねクリフ……立派になったよ」

 俺を見て屈託のない笑顔を見せるセプティム。あの時の懐かしい記憶が蘇り、少しセンチメンタルな気分になる。


「しかし……我が弟子と懇意にしているとはね」

 セプティムが笑顔でアイヴィーを見る、するとアイヴィーは顔を赤くして恥じらうように顔をそらす。

「こ、懇意って……」

 セプティムがおや? という顔をして……何かに気がついたようだがクスッと笑って表情を硬く締め直す。


「もう一度自己紹介しておこう、こちらはファビウス・カスバートソン伯爵。そこにいるアイヴィー嬢の父親……そして今回婚約者の堕落フォールダウンについて後始末のためにこちらにいらしている。私セプティム・フィネル子爵はその護衛として考えていただければ良い」

 俺たちはその場に座ったままだが、お辞儀をする。仮にも帝国貴族を相手にしているので無礼な真似をすることはできない。咳払いをしてカスバートソン伯爵が話し始める。


「さて、今回の件について帝国ではロレンツォ・カンピオーニを正式に大罪人と認め、カンピオーニ家からの廃嫡を決定した。よって彼の戸籍、記録、功績などは抹消されることになる。残念だがこれは決定事項だ。それに伴い皇帝陛下より今回の事件を未然に防いだ若者へと褒賞が出ている」

 カスバートソン伯爵は一人一人に金貨の入った袋と、不思議な文様の入った指輪を渡していくと俺たちに頭を下げる。


「金貨だけでは図れない功績を君たちは行ってくれた……だが目に見える恩賞という形ではこれが限界だった。申し訳ない。そこで帝国の特別通行証となる指輪を同時に提供する。この指輪を見せれば大抵の帝国領内には自由に出入りできるはずだ」

 こういった通行証は今後冒険者としてやっていくには非常にありがたいアイテムだ。お金は稼ぐことができるが、通行証は普通には買えないものだからな……


「さて、私とフィネル子爵は事後処理のために滞在するが……その間に個別で話をさせてくれると嬉しい、良いかね?」

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