57 下水道に潜む魔物 04

「この化け物め! 来なさい!」


 竜蝸牛ドラゴンスネイルの首が一気に伸び、アイヴィーを狙う。どうやら俺の魔法は効果がない、と思われているのかまずはアイヴィーを狙うことにしたらしい。二本の首が連続で彼女へと伸びる。

 伸びてくる首を刺突剣レイピアを使って打ち払うアイヴィー、威力としては大したことはないが力の方向をずらすことで、攻撃をそらした格好だ。

 そのまま胴体へと刺突剣レイピアの突きを叩き込む。今回の突きはそのまま炎を纏って胴体に突き刺さり、血が噴き出す。竜蝸牛ドラゴンスネイルが痛みに咆哮を上げ、首を揺らしてアイヴィーを後退させようとする。

 アイヴィーは首に絡みとられないように刺突剣レイピアを素早く引き抜くと、一気に後方へジャンプして攻撃を避けた。


「おお、すごいな」

 アイヴィーの剣術は王国ではほぼ見ない型だ。刺突剣レイピアは攻撃と防御に使用されており、細身の剣が折れないように上手くしならせて相手の攻撃を捌いている。隙があれば突き、攻撃は回避していく。身軽なアイヴィーならではというところか。

 補助として防御魔法を展開し、アイヴィーを支援する。避けきれない攻撃があった場合はこれで命拾いすることもあるだろう。


「……あの貝殻を割る手段を考えないとだめだな」

 図鑑にもあったが竜蝸牛ドラゴンスネイルの貝殻は相当に硬いらしい。半端な魔法では跳ね返されてしまうだろう。試しに魔法の弾幕マジックミサイルを貝殻に打ち込んでみたが、全く効果がなかった。その攻撃に反応して俺の方を見るが、脅威ではないと判断したのかアイヴィーとの格闘に戻っていく竜蝸牛ドラゴンスネイル

「この程度じゃダメか……」


 俺の覚えている魔法で貫通力が高い魔法はあまり多くない。戰乙女の槍ヴァルキリースピアが一番効果としては高そうだが、効かない場合はどうなるのだろうか。もしくは何度か試してどうしても上手く再現できなかったアレか。

 悩んでいると、アイヴィーが竜蝸牛ドラゴンスネイルの攻撃を避けきれなかったようで、肩に直撃を喰らった。

「くっ……クリフ! 何ぼーっとしてるの!」


 魔法防御を貫通した攻撃で、噛みつかれはしなかったが痛みに顔を顰めるアイヴィー。あまり考える時間はなさそうだ。このままではアイヴィーが危ない。焦りもあるが、ダメもとで賭けに出てみる。

 魔力を集中させて、七年前に見たあの技を再現してみる。


「闇よ、深淵の力よ」

 雰囲気が変わったのを感じたのか竜蝸牛ドラゴンスネイルがアイヴィーを放置してこちらを見る。少し前まではこの段階で魔力が崩壊して手元で爆発したりしたんだよな……。

「我が影から生まれ、敵を貫く槍となれ」

 魔力を凝縮した黒点が俺の前に出現する……が安定していない。このままでは爆発四散する可能性が高い。あまりの抵抗感にこのままだとダメだ、と諦めかける。

 その時、声が響く。


<<企画プランニング、仕様模倣を発動します>>


 七年間一度も出てこなかった力だ。ようやくチートが使えるのか……条件を教えて欲しい。

 黒点が形を変えアルピナが使っていた時よりは少し澄んだ黒い槍のように整形されていく。

「な、何これ……」

 アイヴィーが見たこともない魔法に驚く。そうだよなあ……俺も知識としてこの魔法を調べたけどどこにも載ってなかったしな。


「敵を貫け! <<黒い槍ブラックジャベリン>>!」

 黒い槍ブラックジャベリンが轟音とともに竜蝸牛ドラゴンスネイルの貝殻へと突き刺さる。そして爆音と共に飛び散り、貝殻の大半を吹き飛ばした。悲鳴をあげて苦しがる竜蝸牛ドラゴンスネイル

「アイヴィー!」

「このお!」

 その言葉で気を取り直したアイヴィーが竜蝸牛ドラゴンスネイルへと渾身の突きを叩き込む。その一撃で竜蝸牛ドラゴンスネイルが動きを止め、ゆっくりと震えながら地面へと倒れた。

 俺も魔力の大半を一気に放出した感じがあって疲労感を感じて座り込む。全身汗だくだ、一発打つだけでこれだけ疲れる魔法って経験したことがない。


 動かなくなった竜蝸牛ドラゴンスネイルを何度か蹴ったりして死んだことを確認すると、アイヴィーが剣を納めて俺の元に駆け寄る。

「ご、ごめん。水……水が欲しい」

 息がうまくできずに咳き込む。水筒を取り出し俺に渡すアイヴィー。水筒から水を軽く飲んで呼吸を落ち着ける。


「クリフ……今の魔法は何?黒い槍ブラックジャベリンなんて魔法聞いたことがない」

 普段の俺ならその時アイヴィーが無表情で詰問するような顔をしていたことに気が付いたかもしれない。でも疲労もあって全く顔を見ていなかった。

「昔混沌の戦士ケイオスウォリアーと戦った時に、相手が黒色槍撃ブラックランスっていう魔法を使用していたんだ。それで似たようなことができないかな、ってずーっと練習してた。うまくできたのは今回が初めてだけどな」

 少し咳き込んでから成功した嬉しさから笑顔でアイヴィーを見上げると、今まで見たことがないくらいに驚いた表情をしたアイヴィーの目に、別の色が浮かんでいた。


 その色は恐怖だ。


「……まさか……クリフ……もしかしてあなた混沌ケイオスの……」

 素早く刺突剣レイピアを抜き、俺の首元に突きつける。え?なんで?チクリと剣先が俺の首に食い込み、血が流れる。

「な、何をするんだ! やめてくれアイヴィー!」

混沌ケイオスの魔法を使える人間なんて聞いたことがない!そんなのはおかしい!」


 剣先が震える。チクチクと複数の傷を作って俺の首から血が流れていく。

「私……あなたのこと……そんな……混沌ケイオスの手先だなんて……」

 ブルブルと震えながらぼろぼろと大粒の涙を流すアイヴィー。

「……そんなの、そんなのって……ないよ!」

 大声で叫ぶアイヴィー。グッと刺突剣レイピアに込められる力が強くなる。

「待ってアイヴィー! 刺突剣レイピアを収めてくれ、ちゃんと説明するから!」




 剣を突きつけられたまましどろもどろになって説明する俺。ただ転生のことは言えないから、魔法の研究を続けていて、オリジナルの魔法が開発できないかどうかをひたすらに試行錯誤していたのだ、と懸命に誤魔化した。

 泣きながら説明を聞いて、少しでも不確かなところがあると剣を突きつけてきたアイヴィーだが、一応納得はしてくれた。念のために混沌感知センスケイオスで俺を調べて欲しいとも話し、アイヴィーが俺を魔法で念入りに調べまわすという一幕もあったが。


「ご、ごめんなさい。感知魔法でも出ないということはクリフは普通の人間なのね」

「そ、そうだよ。第一混沌の戦士ケイオスウォリアーと戦ったのに混沌ケイオスの手先っておかしいと思うだろ?」

「……ならなんで敵の使った魔法を模倣しようと思ったの?」

 完全にジト目で俺を見るアイヴィー。あ、これ理由話したら絶対殴られる流れだ。

「その……黒い槍が飛んでくってちょっと見た目的にカッコよかったから……なんていうの?男の夢?」

 その言葉と同時にアイヴィーの鉄拳が俺の頬を捉える。やっぱりこうなったか痛いですぅー!


「馬鹿じゃないの!? 勘違いして私があなたを殺し……ちゃった……ら…うっ…どうするの……よ! バカぁ!」

 周りに誰もいないので感情的になって泣き始めるアイヴィー。

「ご、ごめん。そんなに大事だと思ってなくて……」


 アイヴィーをそっと抱きしめて、彼女が落ち着くまでそのままでいるしかなかった。

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