56 下水道に潜む魔物 03

 何かを引きずる音が響き、その音で俺とアイヴィーはほぼ同時に目を開いた。


 目が合い……お互いが手を繋いだままテーブルに突っ伏して寝ていたことにそこで気がつく。

「……アイヴィー……寝てた?」

「……ね、寝てない…」

 アイヴィーが顔を真っ赤にして目を逸らす。お互い疲れていた、ということか。ちょっと悪戯してみようと思って繋いだ手を離し、アイヴィーの頬を撫でてみる。その動きに合わせて赤かった顔がさらに赤くなり……諦めたように俺を見る。

「……ご、ごめん……私も……寝ちゃった」

 あっさりゲロる。素直なとこちょっと可愛いなー。音が響く中、動くわけにもいかず俺たちはずーっとお互いを見つめている。頬を撫でる俺の手を制するように、アイヴィーが俺の手を握り返す。その間も引きずるような音と、何かが匂いを嗅いでいるような鼻息のような音が響く。


 引きずるような音は俺たちがそんなことをしている間も続いていたが、だんだんと遠くなっていく。音が聞こえなくなった後、息を吐いて俺はゆっくりと起き上がる。赤い顔のままアイヴィーが手を離して、椅子から立ち上がる。

「なんで私のことずーっと見てるのよ……」

「いや、動いちゃいけないかなって思って……あそこで音を立てたら気がつかれてたと思うんだよね」

 そ、そうとアイヴィーが答えて頬に手を当てる。少し表情が緩んでいる気もするが、まあ気のせいだろう。今何時だ? 地下にいるから時間感覚がわからない、少なくとも眠気は完全に治まっているので結構な時間寝ていた気がする。


「……かなりの時間寝てしまった気がする、ごめんよ」

「ううん、私もうっかりしてて……」

 なんとなくお互い黙ってしまい、沈黙が少しの間続く。何時間寝てしまったのだろうか、どちらかが起きていればある程度の時間で起こすこともできたが二人で寝ちゃってるとなあ……これは俺のミスだな。


 その後はお互い出発の準備を整える。依頼中の収集物は報告義務はあるが、自分たちの所有物としても良いという決まりなので、収集袋に放り込む。後で整理しないとな。

 準備が整うと、魔法の光を俺の杖に纏わせ、音を立てないように扉を開く。地面には何かが這ったような後と、光に照らされてヌメっとした粘液のようなものが光る。

「粘液だな……悪い予感しかしないな……」

「人を食う化け物ってことよね?」

 アイヴィーの問いに頷くと、彼女は剣を抜きいつでも戦える態勢を取る。俺も杖を握り直し、粘液が続く方向へと進んでいく。粘液は俺たちがきた方向とは違う方向の通路へと伸びていた。

「こっちだな」


 粘液を追って通路を歩き始める俺たち。黙って通路の状態を確認しながら慎重に進む。通路はかなり清掃されていて、多少の埃などはあるものの、移動に支障がない……つまりあの日記の主がペットのために清掃をしていた、と考えるべきだろう。所々に血の痕があるが、これはそのペットが何かを食べた後かもしれない。それほど大きくないので、ネズミとか小型のモンスターなどだろうか。


「粘液を出して進む化け物……昔見た生物図鑑で記述を見たことがあるんだけど……」

 粘液を追って進んでいくと、かすかに水が落ちてぶつかる、滝のような音が響いてきた。その間もずーっと図鑑の記憶を引っ張り出していく。

「クリフは物知りなのね……私生物図鑑とかほとんど見たことないわ」

 アイヴィーが感心したように俺を見つめる。前世でも図鑑を見るのが好きだった俺は、家にあった図鑑という図鑑を全て見たのだ。大学でも図書館に入り浸っている時間が多かったので、結構な数の図鑑を読破している。

「もう少しで出てきそうなんだけど、なんだったかな……」


 滝の音が大きくなっていくと、急に通路が開いた。そこは先程の部屋があった場所よりも大きな広間になっており、大きな泉が広がっていた。さらに高い壁に囲まれていて、壁の一角が崩れて水が滝のように流れ出しているのだ。壁には光苔が繁殖していて、あたりが光り輝いて見える。

「なんていうか……下水道なのに神々しい印象に見えるな」

「そうね……匂いだけがちょっとね」

 水際に何かの骨が積まれている。遠目に見てもそれは人の骨のように見える。さらに粘液はそのまま水の中へと続いているので、ここにそのペット、がいるのだろう。

「うーん、ロマンチックな感じがしないなあ」


 その時、ゴボゴボと水面が泡立った。一気に警戒モードとなった俺たちは、武器を構えて水面に集中する。そのまま水面が激しく泡立つと、真っ白い巨体が姿を表し、目の前へと出てきた。

 その生き物はとても大きく、長い首を持っている。触覚のように飛び出した目と、竜のように鋭い牙を持つ口を持っている。さらにその首は2本あり、胴体へと続いている。胴体には足はついておらず、大きな胴体がそのまま地面へと設置している。さらにその背中には大きく歪みを持った貝殻を背負っていた。


竜蝸牛ドラゴンスネイル! そうだ、思い出した!」

 この世界にいる危険度の高い巨大なカタツムリ型モンスターだ。ドラゴンと名前につくが、それは頭の形がドラゴンのような形状になっているからそう呼ばれているだけで、実際には炎は吐いたりしない。ただし強力な顎で敵を噛み砕く能力を持っていて、首は自由に伸びるためかなり厄介な魔物とされている。

 白い色は図鑑には出ていなかったが、変異種だろうか。見てから思い出すなんて……。

「くるわよ!」

 アイヴィーが炎の武器ファイアウェポン刺突剣レイピアに炎を纏わせる、と同時に竜蝸牛ドラゴンスネイルの片方の首が伸び、アイヴィーに襲いかかる。その攻撃をステップでかわし、再び剣を構えるアイヴィー。

 さらにもう一本の首が俺に向かって伸びてくる、図鑑で書かれているよりも遥かにスピードが速い。攻撃をかわして杖で頭をぶん殴る。それに驚いたのか、首を短く引っ込めて体勢を整えようとする竜蝸牛ドラゴンスネイル

「こう言うところカタツムリそっくりだな……」


 竜蝸牛ドラゴンスネイルが大きくふたつの首で咆哮する。咆哮はかなり大きく、ビリビリと部屋が振動する。

 アイヴィーがそれに逆らうように突進する。刺突剣レイピアの突きを対峙している頭へと叩き込むが、思っていたよりも硬度があるらしく弾かれてしまう。粘液が魔法の炎で焦げ、少し煙をあげる。

「くっ、思ったよりも硬い」

「魔法はどうだろうか……炎よ我が前に顕現して敵を焼き払え……<<火球ファイアーボール>>!」

 火球が俺の前に出現し、竜蝸牛ドラゴンスネイルへと飛んでいく。危険を察知したのか、竜蝸牛ドラゴンスネイルの首が2本とも背中の貝殻へと引っ込み、火球ファイアーボールの爆発は貝殻に当たって虚しく爆発する。

「お、おいそりゃないだろ……」

 亀かよ。そんなの図鑑には載ってなかったぞ。


 爆発が収まると竜蝸牛ドラゴンスネイルは首を再び伸ばしてこちらを威嚇し始めた。

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