52 魔法大学学長と蠢く混沌(ケイオス)
「失礼します」
俺は聖王国魔法大学の中心にある建物で最も豪華なドアを開けた。
ロレンツォ=
「王国出身のクリフ君だね、そこのソファーに座ってくれたまえ」
学長……サビーノ・マデリだったか、人の良さそうなおじいさんという風貌の持ち主だ。白髪を短くまとめ魔法使い然とした長い髭を蓄えている。ニコニコと笑っているものの、目の奥は全く笑っていない……前回見た時は壇上にいるだけだったので細かい部分まで見れていなかった。流石に魔道士を束ねる人物、というところか。
「失礼します」
俺は言われるままにソファーに腰掛ける。左隣にはアドリアとトニー、そして右隣には下を向いているアイヴィーがいる。アイヴィーはぎゅっと膝の上で手を握りしめており、まだ数日前のことを引きずっているのがわかる。
「さて君たちにまずはお詫びする。本来であれば大学の守衛や教師だけで対処するべき処だったが、それができず結果的に冒険者登録をした君たちに危険なことをさせてしまった……大学を救ってくれてありがとう」
あ、やっぱ気にしてたのか。そりゃそうだよな……とは思う。学生は避難優先でも責められたりはしなかっただろうし……ただその場合
「聖王国指導部及び、帝国外交部への連絡はすでに行っている。近日中に帝国側から今回の件に対して使者が派遣される予定だ。帝国から今回の件について、対応した学生と話をしたい、という希望も出ていたので……諸君には出席をお願いする」
お、帝国の使者がくるのか……帝国人と呼ばれる人たちは七年前にあった冒険者くらいしか知らないので、どういった人が来るのかすごく楽しみではある。
「また、聖王国指導部からは、今回の功績に対して褒賞を渡したい、という連絡もあった。褒賞の授与については日程が決まり次第連絡をする」
褒賞……か……まだ事は終わっていない、と俺は思っているがどうなのだろう?少し困惑気味に仲間を見ると、アドリアだけが違和感を感じているのか、俺の視線に気がつくと頷いた。
「学長、まだ終わっていないと思います」
俺は学長に正直に伝えることにした。まだ終わっていないし、終わらせるわけにはいかないからだ。その言葉に他のメンバーが驚いた顔を見せる。
「戦いの後、俺たちを監視しているものを見ました。おそらくロレンツォを
その言葉に学長を含めて部屋にいる人全てが緊張する。
「そうか……やはり原因となる何か、が今でも残っているということだな」
学長がため息をつく。
話が終わり俺たちは学長室から退出した。
「調査自体は大学側に任せるべきだと思うが……俺たちでも動けるようにしておかないとな……」
アドリアとトニーが頷く……あ、あれ? アイヴィーさん? と思って周りを見ると、アイヴィーは一人で部屋に戻る途中だった。まだ状況に納得できていないのだろう。その後ろ姿を見ているとアドリアが話しかけてきた。
「アイヴィーさんは、そっとしておいてあげてください。それもまた優しさですよ」
そうだな……無理に声をかけられても本人が辛いだろうし、ちゃんと回復するまではそのままのほうがいいかもしれない。問題はこの状態を敵が利用しないとも限らないからな……どこかのタイミングでちゃんと話をするのは忘れないようにしないと。
「では俺たちも戻るよ」
「またな」
マックスやクレールさん達が部屋に戻っていく。セロンは守衛の仕事に戻るのだとか。クレールさんが俺に向かって小さく手を振る。ああ、可愛いなあクレールさん。
その頃。
「これはひどいな……もう原型がないじゃないか」
守衛の一人が徹底的に破壊された研究室に驚きつつ、瓦礫などを仲間とともに撤去している。
「ここまで破壊されてるとなあ……」
瓦礫をどかしながら、捜索を続けていく。力仕事ではあるが、瓦礫の下敷きになっている人がいるかもしれない。ふと守衛の一人が瓦礫の中から、一本の杖を見つけた。その杖は持ち手に何かの生物の皮を使用しており、不快感を感じさせる不気味な装飾を施されている。さらに奇妙なのは、先端には何かの眼を模した不思議な宝石がいくつもつけられていることだ。
「な、なんだこれは……」
守衛がその杖を手に取り、震えを隠せなくなる。不快感とともに、危険だという感覚的な恐怖が身を包んでいる。
「あら、見つけてくださったの」
その声に驚き、振り向くとそこには黒いローブに身を包み、薄桃色の髪の毛がフードから覗き、そしてかなりの高身長の女魔道士が立っていた。その口元には笑みが浮かんでいるが……言い知れぬ不安感を感じさせる何か、が感じられた。
「ここは危ないですよ、撤去が終わるまでは立ち入り禁止です」
別の守衛が女魔道士に声を掛ける。
「知っているわ、あの子がここから出ていく時にちょっとお痛をしてしまってね……その杖を探していたのよ」
あの子? お痛? この女魔道士は何を言っているのだろう? そんな疑問を考えていると、女魔道士がフードをあげる……そこに現れたのは彫刻のように整った女性の顔だった。あまりに美しすぎてこの世のものとは思えない……作り物のようにも思えた。肌は陶磁器のように白く、そして口元には不快な笑みが浮かんでいる。さらに奇妙なのはその目だ。
その目は山羊のように水平方向に伸びた四角い瞳孔となっており、暗く虚無的な印象だが黄金の輝きを持っている。その目は絶えず不規則に回転しているのだ。守衛は本能的な危険を感じ取った。この女は
「その杖を返してくださる?」
その声は抗い難かった、この女のいうことを聞きたい。聞かなければいけない、まるで王侯貴族へ傅く家来のように杖を渡す守衛、そしてそれ以外の守衛は違和感を感じつつも片膝をつく。
「ありがとう、でも皆さんは私の好みではないわ……なので死んでくださる?」
その命令とともに、守衛達は自ら剣を抜き放ち、自分の首へと剣を当て切り裂いた。床に転がっていく守衛達の目には恐怖はなく、むしろ喜びと幸福感を感じさせる笑みを浮かべているのだ。
守衛達が倒れ動かなくなった後、フードを戻すと愛おしそうに杖を撫でる女魔道士……ネヴァン、その行動に反応したのか、杖に着けられた目を模した宝石がネヴァンに懐くかのように蠢く。杖は生きているのだ。
「この杖を無くしてしまったら、もう許されないとは思ったのだけど……戻ってきてよかったわ。これはあの方にお渡ししましょう」
死屍累々となったその場を見渡し……流れ落ちる血を手で掬い長い舌で舐めとると、ほぅ、とため息を漏らしたネヴァンは独り言を呟いた。
「さて、ここはもうダメね。別の場所に移動しなくては」
闇の中に溶け込むようにその姿が消えていく。
沈黙だけがその場に残っていた。
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