53 プランナーはお嬢様の気持ちに応える
黒いローブに薄桃色の髪の毛を垂らした女魔道士。
大学だけでなく、聖王国首都内には手配書が掲示されている。
混沌の手先という名目でこの人物を見たものは、守衛もしくは冒険者組合へと届け出るように、と言う御触れがでている。その間に大学校内で瓦礫の撤去作業を行っていた守衛が首を切られて死んでいるという事件が発生した。
犯人はまだ見つかっていないが、衛兵や大学においても該当の人物の捜索が優先されている。黒いローブ、と言うのは好んで着る魔道士は多くないが、多少いたためそういった人物も衛兵に連行されて取り調べられるという事件も複数発生していた。
「アイヴィー、申し訳ないけど部屋入るよ」
俺は久々にアイヴィーと話すべく、彼女の部屋の前にいた。大学が貴族向けに提供している寮があり、本来ここには庶民である俺は入れないが、今回は許可をもらうことができたためこうして立ち寄っている。まあ、他の貴族はいい顔はしないだろうな、とは思うが。
ドアをノックすると、小さな声で「どうぞ」と返答がある……もうあれから一週間以上経過している。講義にもでて来れていないため、皆も心配なのだ……代表して俺に様子を見に来させると言うのもどうかと思ったが。
部屋に入ると、カーテンを締め切った薄暗い部屋の中でアイヴィーがベッドから上半身を起こしていた。泣き腫らしていたのか、目が赤く腫れぼったくなっている。髪の毛はボサボサで、初めて会った時のような目の輝きはない。少し痩せた……いや窶れたか、正直貴族令嬢がしていい姿ではないな。
「アイヴィー……」
「見ないで……こんな姿見られるなんて思わなかったわ……」
アイヴィーが自嘲気味に笑う。なんて声をかけていいのかわからなかったので、とりあえず顔だけでも拭いてもらおうと、準備をしてお湯を張った盥と布を用意して、布を絞ってアイヴィーに渡す。
「これで顔を拭いて。アイヴィーは……その…可愛いのにそんな顔していたらダメだよ」
その言葉で俺の顔と布を交互に見て、黙って布を手に取ると軽く布を顔に当てて黙り込むアイヴィー。
「熱かったかな?大丈夫かい?」
「……どうして」
「ん?」
「どうしてクリフはそんなに優しいの?」
アイヴィーが布を顔に当てたまま肩を震わせる。嗚咽が漏れ、アイヴィーが再び下を向いてしまう。
「なあ、アイヴィー。ロレンツォのこと……」
ロレンツォという言葉で大きく肩を震わせて息を呑むアイヴィー。あ、ロレンツォという単語はまずかったかな……でも避けては通れない道だから、意を決してそのまま続ける。
「彼のことは残念だった、でもアイヴィーが自分を責め続けることはしないほうがいいと思ってる」
布を握りしめたまま黙って下を向いているアイヴィー。
「ロレンツォの印象は最悪だったけどさ……でも俺は彼を
俺がやりたいことをとりあえず伝える。アイヴィーが黙って布を俺に突き出す……色々ついてるな。見なかったふりをして、盥のお湯を使って布を軽く洗うが、布は変えないとダメかな、と判断し盤も一緒に持って「ちょっと待ってね」と声をかけて部屋を出て、新しい布とお湯を張り替えた盥を持って部屋に入る。アイヴィーは黙ってベッドの上で待っていた。
新しい布を渡すと再び顔を拭い始めるアイヴィー。
「私……あの時ロレンツォがああなったこと自体は驚いた……悲しいとも思った」
唐突に話し始めるアイヴィー、肩はもう震えていないが目は完全に死んでいるような状態だ。
「私……ロレンツォには愛情とか、好きとかそういうのは全然なくて、親が決めた結婚だから……だから本当は結婚なんかしたくないってずーっと……」
ロレンツォ不幸だな……とはいえあれだけのことしてたらそりゃ結婚なんかしたくないって思っちゃうだろうな、それはロレンツォの自業自得というものかもしれない。
俺の目をじっと見つめるアイヴィー。なんだろうとは思ったが目を逸らすわけにはいかないので、俺も彼女を見つめる。
「私、これで……あなたと一緒にいられる時間が増えるって……そう考えてしまったの」
肩が震え始める……唐突な言葉に俺も固まる。俺と一緒にいられる時間? 愛の告白ですかこれ。
「でも……そう考えた自分に許せなく……て……いくらなんでも……私……そんなの……ずるすぎる」
再び嗚咽を上げて涙を流すアイヴィー。ずーっと思考停止している俺。
「私……どうしたらいいのか……もうわからない……」
自責の念。前世でこういう反応を見たことがない。どう返答すればいいのだろう?黙って固まっていると、アイヴィーが泣きながら俺のことを見つめているのに気がついた。
正直に言えば俺もアイヴィーのことは好きだ。でも、どうせならちゃんと気持ちを伝えるタイミングが来るまで、仲間として一緒にいて欲しい、と強く思った。
「アイヴィー……どう言っていいのか俺にはわからない……俺が君の気持ちに答えられるかどうかも分からない。でも……今の俺には君の力が必要だと思ってる、だから今は勇気を出して立ち上がって欲しい」
勇気を出してアイヴィーをそっと抱き寄せる。心臓がバクバク高鳴り……これもしかして俺も告白してんじゃないの?!と思いつつも、アイヴィーを抱きしめる俺。そんな唐突な行動と言葉に一瞬アイヴィーが止まるが、俺が言いたいことを理解したのか目を閉じてそっと俺の背中に手を回す。肩が震えていたが、時間が経つに従って震えはおさまっていった。
結構な時間が経過し……黙って抱き合っていた俺達だが、アイヴィーが口を開いた。
「不器用ね、クリフも」
「お互い様だろ?」
「うん……でも……優しいねやっぱり」
ふふっ、と笑うとアイヴィーが俺の胸から顔を上げて俺を見つめる……潤んだ目だ。その刹那……強烈に彼女のことが愛おしい、と思った。潤んだ目のアイヴィー、俺は彼女を見つめながら額にかかった髪を払う。い、いいよね、色々しちゃっても。アイヴィーも頬を赤くしつつもじっと俺のことを見つめ……恥ずかしそうな顔をしながらコクリと頷いた。心臓がさらに早鐘のようにバクバク鳴る。
衝動に逆らえなかった俺はアイヴィーの頬に手を添えて……ゆっくり引き寄せる。黙ってされるがままのアイヴィーは目を閉じた。
「アイヴィーちゃーん! お見舞いに来ましたよ!」
突然ドンドン! とドアが叩かれると同時にドアが開き、びっくりして離れた俺は盥にぶつかり、中のお湯を足にこぼしてひっくり返った。アイヴィーも悲鳴と共に布団に潜り込んで隠れる。
「うわあああああ、あちいい!」
「うきゃー!」
「クリフ君なんでここにいるんです? それとアイヴィーちゃん、まだ布団の中なの?」
クレールさんがキョトンとした顔でカゴいっぱいの果物と共に部屋に入ってきた。
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