41 もう一組のカップルデート〜恋愛軍師と筋肉〜

「くっ……ここからではよく見えませんね!」


 聖王国魔法大学の学生、アドリアーネ・インテルレンギはトニー・ギーニとともに戦勝記念噴水広場脇の茂みの中に隠れていた。

「アドリアどの……これは何を目的としているのですか?」

 トニーが困ったようにアドリアに質問する。


「トニーさん! 見つからないようにしなければいけませんよ、我々は傍観者としてあの尊い恋を成就させるのです」

「はぁ……何もこんな密偵の真似事をしなくても……」

 アドリアはその言葉が癇に障ったようで、興奮してさらに続ける。

 その目は夢見る乙女……いや腐女子の眼差しだった。

「何をいうのです、私の見立てによるとあの二人はお互いを憎からず思っております。そっと恋の後押しをしてあげることこそ我が使命なのです!」

「いや声大きい、声大きいですぞ、聞こえちゃいますぞ」


 茂みから聞こえる声に周りの住民が「何してんだあれ?」という表情で見ている。

 そんな周りの目に気がつかないアドリアはさらに続ける。

「ああ、もう婚約者持ちの貴族令嬢と庶民の恋とかもう……ハァ……尊すぎるぅ……」

 興奮しすぎて口の端から少し涎が出ていることに気がつかないアドリア。そしてドン引きしているトニー。

「聴覚魔法で話してる内容が聞こえないかしら……おっと涎が」

 ゴシゴシとローブで涎を拭うアドリア。


 そう、アドリアは巷で人気の恋愛小説が大好きであった。

 恋愛小説があればどんな辛いことも我慢できた、正直にいえば医者よりも小説家になりたいと思ったことが何度かある。

 愛読書は「身分の差を克服して結ばれる王女と庶民」「勇者と王女様の恋愛」など比較的オーソドックスなものが多い。

 が、アドリアが心のバイブルとしているのは「美形騎士と、その従者が冒険の中で真実の愛BLに目覚めて手を取り合って駆け落ちする話」だった。が、これは人には言えない趣味だとして口には出さない。


「ククク……この噴水は別名「恋人たちの泉」と呼ばれる聖地なのです……待ち合わせをしている二人は、周りから見たら恋人同士にしか見えません」

「それ、ちゃんと二人には伝えたのですか?」

 トニーの質問に、ニヤリと凄まじく悪い顔をして表情だけで答えるアドリア。そんなこと言うわけがないだろう?と言う顔。

 意図に気がついて目を逸らすトニー。


「ちゃんと最後までいったら最高なのですがねえ」

「最後って……」

「性格を考えると、スキンシップレベルでおしまいですかねえ。クリフさんまで結構なポンコツとは思いませんでしたが」

 アドリアはアイヴィーから今回のデートについて相談を受けていた。多分アイヴィーが今まで知っていた人間とは異質な、とても同い年とは思えない落ち着いた雰囲気を持つクリフ。それがとても魅力的に見えるのだろう。アドリアですら気になったくらいだ。

 ただ、アイヴィーの行動はもどかしい。好意を持っていてもそれをストレートに伝えることに戸惑っている。理由は分かっている。


 婚約者がいることも枷になっているとは思うが、アイヴィーは皆が見ているよりも、ずっと繊細でか細い少女なのだ。

 アドリアは一緒に過ごしてみて、彼女の繊細な内面に気がついた。戦士スイッチが入っている時はそうでもないのだが、放っておいたら自分からアプローチなんか出来っこない。

 だから応援したくなっちゃうよね、とアドリアはせめて友人のために力を貸そう、と思ったのだ。

「お、移動するようですぞ」




 服を選んでいる二人を眺めつつ、アドリアとトニーは別の店の客を装いつつ監視を続けている。

「くっ……服選びでちゃんと男性がエスコートしなければいけないのに……なんですかあのポンコツっぷりは!」

 アドリアさんは大変御立腹である。なんであんなにだるそうな反応をしてるのだ、あの男は! もっと一緒になって積極的に服を選びやがれ!


「しかし……婚約者がいるのに、こういうことをしていて問題にならんのでしょうか?」

 トニーが素朴な疑問を口にする。

「正直よくはないでしょうね」

 アドリアが答えると、トニーがまあそうでしょうな、と頷く。

「だけど、あの子の婚約者を見ましたか? あれは最悪ですよ、いくらなんでもアイヴィーが可哀想すぎます」

「ロレンツォ殿ですな。私も彼には共感できないですが」

 ロレンツォは二人から見ても正直よろしくない性格の持ち主だ。

 確かに配偶者をそういう風に扱う貴族はたくさんいるが、せめて友人にはそういった下劣な貴族の獲物にはなってほしくない、とは思っているのだ。


 ようやく服選びが終わったようだ。

「あのポンコツめ……ここまでひどいとは……」

 ギリギリと歯軋りをするアドリア。机上の恋愛軍師的にはどうしても許せないポイントらしい。

「お、また移動しますな」




 カフェに移動してお茶を楽しむ二人を横目に、同じカフェで隠れるように監視を続けるアドリアとトニー。

 周りから見たらこの二人も十分カップルに見えるのではないか?と思うが、当人たちはそんなことには気がついていない。

「ようやくいい雰囲気な気もしますが、なんかこう……恋人同士の会話のようには見えないですな」

「なんか冒険者仲間みたいな雰囲気ですねえ……萌えないなあ」

 アドリアは残念そうにハーブ茶を飲んでいる。

「でもまあ少しは二人の距離が近くなったのではないですかな」

 トニーがフォローを入れる。

 アドリアはそうですね、と答えたがその時周りのカップル達の暖かい視線に気がついた。

 そして、急に自分たちの置かれた立場に気がついた。


 あれあれ? 監視とか言いつつ、この構図ってもしかして。

「あ、あのトニーさん。周りから私たちってどう見られてるんですかね」

「はあ、そうですな……仲の良い二人組に見えるのではないですか?」


 そのときアドリアに衝撃が走る。


 しまったああ! 連れてくるならトニーではなく女友達を連れてくるべきであった!

 この図はどう見てもデートにしか見えないではないか。しかもアドリアの好みから外れた筋肉魔道士マッチョマンと一緒にいるのだ、これはまずい。

 でも少しだけドキドキしてる……だって男性とデートするのなんか初めてなんだもん。


 そんなことに気がついたアドリアは少し顔を赤らめて釘を刺した。

「あ、あのトニーさん。私達はそういう関係ではありません。だから決して私のことを……」

「……? なんのことですかな?」

 トニーは何が何だかわからん、と言う表情でお茶を飲む。そして言い放った。

「というかアドリア殿の真の顔を見てしまって、とてもそう言う気持ちには……」

 アドリアの渾身の右ストレートがトニーの右頬を貫いた。

「貴様! この私のドキドキを返せ!」




 噴水に戻ってきた二人を追いかけて、身を隠しながらアドリアと右頬が真っ赤に腫れたトニーがついてくる。

「痛いのですぞ……お願いですから回復魔法を……」

「うるさいですね、乙女心を理解しない筋肉バカなんかにかける魔法はありません」

 そんなことを言っている間になんかいい雰囲気になってるクリフとアイヴィー。

「お、これは来ますかね?クリフさん勝負ですよ」

 フンスと鼻息荒く期待を膨らませるアドリア。


「君、こんな所で何をしているのかね?」

 あん? と思って声の方向を見ると、そこには街の守衛が立っていた。

 そう、二人は茂みに隠れて様子を窺っている様な状況なので、他の人から見たらどう見ても不審者なのだ。

「あ、い、いえ。私たちは……」

「お、おい君顔が腫れているじゃないか、大丈夫なのか?」

 トニーの腫れ上がる頬を見て守衛が驚く。

「殴られたのですぞ……痛いのですぞ……」

 アドリアがあわあわと、トニーと守衛を見て動揺する。ここから逃げるしかない。

「わ、私たち! ちょっと喧嘩しちゃって……でも大丈夫です、超〜仲良いので!」

 自分の腕をトニーの腕に絡ませ、無理やり持ち上げるとアドリアは脱兎の如く走り出す。

「さ、さあ! 行きましょうダーリン! 私たちの愛の巣へ! では、さよおおならあああ!」

 過去見たことが無いくらいのダッシュでトニーを引っ張って逃げるアドリア。どこにそんなパワーがあるのか。


 こうして一番アドリアが見たかった二人のシーンは、見れなかったのであった。

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