40 ゲームプランナー(前世)は令嬢とデートする

「さて……待ち合わせはここでいいんだっけ」


 イベントから数日後、俺はアイヴィーとの約束のために聖王国首都で待ち合わせなどに使われるという噴水の前に座っていた。

 この場所の正式名称は「戦勝記念噴水広場」というらしい。なんでも南の大陸との戦争で、聖王国が海戦で勝利した戦いを記念して建設されたという歴史を持つ噴水で、魔法による永久機関が噴水を動かしているという技術的にはかなり面白い建造物の一つだ。

 目立つ場所なので待ち合わせ場所としてはポピュラーなのだとアドリアから教えられた。

「私もよく子供の頃に友達との待ち合わせ場所に使ったものですよ……ククク」

 と話していたが、なぜか含みのある笑みを浮かべていたのが気になるところだ。

「クリフ、もう来てたの?」


 アイヴィーか、と思って振り向いたら、そこにはシンプルだが仕立ての良い赤いワンピース風の服を着たアイヴィーが立っていた。普段の制服姿のアイヴィーの印象が強いが、女性らしい服を着た彼女はとても可憐な少女だった。

「ア、アイヴィー?」

「う、うん。変かな?」

 少し恥ずかしそうにしながらアイヴィーが上目遣いでこちらを見る。いや、なんか本当に可愛い。

「いや、変じゃない……その……すごく似合ってると思うよ」

 これは素直な気持ちだ。その言葉を聞いて顔を真っ赤にして恥ずかしがるアイヴィー。

「アドリアに聞いて……どういう服がいいかとか、髪型とか……私そういうのよく知らないから……」

 しどろもどろになりながらアイヴィーが話す。

 アイヴィーもアドリアに相談しているのか……なんとなくあの笑みの意味がわかる気がする。


「今日は買い物に付き合ってね」

「う、うん……行こうか」

 なんていうか……前世でも感じなかった胸の高鳴りを感じつつ、彼女に不安を感じさせないように笑いかける。

「さ、行こう」

 少しはにかんだような笑顔でアイヴィーが俺の手をギュッと握って引っ張り始めた。なんて積極的なんですかアイヴィーさん!




 買い物に結構な時間を費やしていた。やはり選ぶとなると真剣になるのが女性らしい。

 そういえば前世では姉がいて、かなりの長い時間買い物に付き合わされたっけ。それで面倒になって帰りたいと伝えた時に姉がよく言ってた。

「あんたこういうの慣れておかないと彼女できた時に大変だよ」

 姉の顔も朧げな記憶になってきているが、あの言葉ははっきりと覚えているな。


「どうかな?」

 アイヴィーが試着した洋服はどれも可愛らしく、彼女に似合っていた。というかこの世界のファッションというものは全然理解できない……冒険者やってた身にはこういうのは辛いのだ。

「うーん、どれでもいいと思うんだけど……」

「……それじゃ困るのよね」

 ため息をついて、拗ねたようにこちらの反応を伺うアイヴィー。ちょっと不満そうだ。あ、いかんと思って話題を変える。


「そういえば帝国ではどういう服を着てたの?」

 ちょっと強引だが帝国の生活、というのは少しだけ気になる。

 前世でイラストレーターが作る貴族のお嬢様は、お姫様のようなフリフリのドレスが多かった。イメージしやすかったし、俺も指定をするときにそういう服の方がいいだろう、と指示書に書くことも多かった。

 もう少しバリエーションが多かったら色々違ったのだろうか。


「んー……多分クリフが今想像しているような服だと思うよ」

「俺はそう詳しくないけど、お姫様とか……御令嬢が着るようなドレスとか?」

 アイヴィーが頷く。あ、やっぱりそういうの着るのか。

「お姫様は言い過ぎだけど、私も貴族の娘だからね。一通りそう言った衣装は持っているわ」

「んー、じゃあそれとは違ったタイプがいいよなあ……」

 ようやく洋服選びに参加し始めた俺をみて、アイヴィーが嬉しそうな顔をする。


 いろいろ悩んで、試着してもらった結果、俺は結局サファイア色の服を選んだ。

 仕立てはかなり良い、と思う。流石に聖王国首都の衣装屋である、王国とは比べものにならないくらい素材や裁縫がしっかりとしている気がする。

 なぜこれにしたのか?と何度か尋ねられたが、今着ている赤のワンピースとは違う色の服を見てみたかったのと、勝手なイメージだが青系のクールな色合いも似合うんじゃないか?と思ったからだ。

 そういう話をしたらなぜか嬉しそうに「わかった」と笑ってそのドレスを購入していた。




 今は場所を変えて、カフェでお茶を飲みながら二人で話をしている。

「さっき話してたドレスの話だけど……子供の頃は毎日着てたわね。でも剣の修行とかやるようになってからは、男性が着るような狩猟服が多かったかな」

 うーん、と昔のことを思い出すように顎に指を当てて首を傾げて考えるアイヴィー。

「お母様にはそんなことはしたないって怒られたけど、師匠が一所懸命に説得してくれたのよ」

 嬉しそうに思い出を語っているが、師匠ってどんな人だったのかちょっと気になるなあと思う。

 剣聖というからにはコワモテのおっさんしか思い浮かばない……というか王国は父親含めてマッチョな戦士が多かったので、どうしてもそういうイメージが強くなるのだ。


「私の師匠はパッと見は戦士っぽくないのよね。少し線も細いし……でも力は強いしどこにそんな筋肉がついてるのかな? とは思ったわね」

 そうなのか……帝国の戦士はそういうイメージの人物が多いのだろうか。帝国っぽい戦士のイメージをアイヴィーに伝えると、笑いながら否定してきた。

「普通の帝国戦士は多分クリフが考えてる戦士と一緒よ。筋肉質で背が高かったり粗野だったり。どこも一緒よ。でも師匠は違ったわね……書生とか役人と言われてもおかしくなかったかもしれない」

 かなり珍しいタイプの師匠だな……。


 王国では子供の頃にある程度職業を決められてしまう。線の細いタイプは学者や役人、商人とか魔道士を目指すパターンが多い。

 かくいう俺も戦士のような肉体はなかったので、当初は母も役人を勧めていた。まあ、あの声の素質の話がなければそれでよしとしていたかもしれないな。

「私の師匠……剣聖フィネル子爵は見た目から想像できないくらいの戦士なのよ」

 フィネル、フィネルね。どこかで聞いた記憶があるけどすぐには出てこない。どこで聞いたんだっけ。


「でもまあアイヴィーがそういうなら俺も会ってみたい気はするな」

 戦士というと、セプティムやジャジャースルンド、そして親父が思い浮かぶ。

「多分話は合うわよ、師匠はとても優しい人だったし……ロレンツォにも剣を教えていたけど……ちょっとね」

 少し寂しそうな顔をしてアイヴィーが呟く。

「ロレンツォも剣を学んでいたのか……あまりそういうイメージはないんだけど」

「練習試合で私がロレンツォを負かしてしまったことがあって……それからああいう感じになってしまったのよね……」

 ため息をつくとアイヴィーは、あ、という顔をして話題を変えた。

「あ、ごめん。そういう話じゃ面白くないわよね、別の話題にしましょ」




 噴水に戻ってきた俺たち。

 アイヴィーはかなり上機嫌で、嬉しそうに買い物袋を抱えている。

「クリフ、本当に今日はありがとう。私の買い物ばかりで申し訳なかったけど……楽しかった」

「いや、俺もアイヴィーの色々な顔が見れたし、楽しかったよ」

 その言葉になぜか顔を赤らめるアイヴィー。照れてんのか?


「そ、その……言いたかったことがあって……迷宮ダンジョンでロレンツォに立ち向かっていたクリフが……その……すごいなって思って」

 アイヴィーが赤い顔のままこちらを見る。少し潤んだような赤い目が俺をじっと見つめる。

「私は……あんな勇気が出なくて……あの時私のために怒ってくれたんだな、って思ったら嬉しくて……」

 う、うん。まあロレンツォの対応が酷かったからな。

 前世の姉ちゃんにも女の子を泣かす奴に人権はねえ!と言われてたしな。なんか照れ臭くなって横を向いて頬をぽりぽり掻いている俺。


「だからどうしてもお礼が言いたかった。本当にありがとう、ところで……」

 チョンチョンと胸のあたりを叩かれ、ん? とアイヴィーに向き直った瞬間、眼前にアイヴィーの顔が近付いており……唇に柔らかい感触があった。


 へ? この感触は……。


 ゆっくりと離れるアイヴィーの顔。

「驚いた? でも……今の私の素直な気持ちだから」

 悪戯っぽい笑顔で手を振ってアイヴィーは小走りでその場を去っていく。


 思考停止状態となった俺は、その後一時間くらいその場で立ち尽くしていた。

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