10 トロウルとの共同戦線を張るにあたって作戦を立案する

「……というわけだ」

 ジャジャースルンドはここに来た経緯を話してくれた。

 影の高原で斥候部隊の長をしていた彼は、任務として部隊を率いて影の高原から離れた暗黒族トロウル駐屯地に赴いた。定期的な連絡が途絶えており異変が起きたと予想されたためだ。

 駐屯地付近に到着して異変に気がついた。混沌ケイオスによる侵食である。


 付近には混沌の使徒である獣魔族ビーストマンが闊歩し、じわじわと汚染を広げていた。

 見過ごせなかったジャジャースルンドは部隊とともに駐屯地奪還のために詳細な偵察を行なったが、駐屯地にとんでも無い敵がいた。混沌戦士ケイオスウォリアー、混沌の寵愛を受けた悪魔の戦士。

 この斥候部隊では力押しをしても勝てそうにない、という状況だという。


「我とそこにいるバーバランドラの二人だけでは混沌戦士を倒せるかわからん。小鬼族ゴブリン獣魔族ビーストマンよりも弱いからな。この数では不利であろう、と思って悩んでおったのだ」

 セプティムが唐突に「あ、嫌な予感が……」と小声で呟いた。

「我に雇われないか? ……先日盗賊どもを倒しているのを見せてもらった。腕が確かであれば心強い」

 え?あの場所にいたんすか? 暗黒族トロウルさん。

「人間の村が近いだろう、このままにしておくと混沌は村に到達する。結果的にそこの子供……クリフの身も安全では無くなるぞ」

 ジャジャースルンドが脅しのように続ける。が、多分脅しではなく暗黒族トロウルはこの短い間で知り合った俺を見殺しにしたくない、という気持ちを持っているようにも感じる。


「報酬としては、戦利品として駐屯地にある価値のあるものを出そう……渡せないものもあるのだが。我が死んだ場合は好きなものを持っていって良い」

「それは構わないんだが、どうやって相手を倒す?」

 カルティスが疑問を投げかける。正直言えば暗黒族トロウルの斥候部隊で戦力になるのは2人の暗黒族トロウルだけだ。小鬼族ゴブリンは戦力というより敵の的でしかないと話した。

「それは我も理解している。今回戦えば小鬼族ゴブリンは全滅するだろう、だが奴らはそれが仕事だ」

 ジャジャースルンドが真顔で答える。


 先生も話していたが、暗黒族トロウルは数が少ない。神話の時代に呪いを受け暗黒族トロウルは生まれ難くなってしまった。その呪いがなければ地上を制圧していたのは暗黒族トロウルだったに違いない。

 それくらい人間と暗黒族トロウルには基本的な身体能力に差がある。だが、圧倒的に生まれる数が少ない。

 そこで力弱い種族であった小鬼族ゴブリンを保護……といえばていが良いが、実質奴隷として使うことで数の少なさを補うことで勢力を維持することにした。

 圧倒的に数が少ないが力強く賢い暗黒族トロウル、力が弱く知性に欠けるが凄まじい数を生み出せる小鬼族ゴブリン暗黒族トロウルはこの関係を利用して勢力を拡大していったのだ。


「とはいえ……混沌戦士ケイオスウォリアーに勝てる確証はないんですよ、僕は帝国内戦の時に戦いましたが勝ったことが信じられないくらい強かったですよ、ねえベアトリス」

 ベアトリスが頷く。その目にははっきりと恐怖の色が浮かんでいた。どれだけの経験だったのだろうか、先生も混沌戦士ケイオスウォリアーに出会ったら逃げろと話していた、

「とは言え、僕らがこのまま混沌ケイオスを見過ごすこともできない。受けるしかないな」

 セプティムの答えにジャジャースルンドが満足そうに頷く。

「我は暗黒戦士ダークウォリアー、バーバランドラは投石スリング兵だ。戦力としては申し分ないと自負している」


 さて、ここまで聞き役として発言を控えていたが、それほどの強敵なら策を練る必要があるだろう。

 俺=クリフは子供とはいえ前世を含めるとそれなりに歳をとっているわけで、子供の頃から色々な戦記物の小説なども読んできている。その知識を活かして作戦を立てておきたかった。

「あの、僕も意見して良いでしょうか? 状況を少し良くするために意見をさせて欲しいです」

 全員が驚いたように俺を見た。


「僕らは数が少ないので、相手を引っ張り出す必要があります。そこで陽動として相手を引きつける役が必要になります」

 俺が立てた作戦は単純なものだ。

 こちらの戦力は近接戦力としてジャジャースルンド、セプティムの2名、遠距離戦力としてカルティス、バーバランドラ、ベアトリス。その護衛にジャクー、俺=クリフ。退路を小鬼族ゴブリンが塞ぐとして、近接戦闘によって相手を遠距離戦力の前に引き摺り出す、そのあと遠距離の火力をぶち込み、弱ったところを近接戦力の二名で殲滅する。

 小鬼族ゴブリンは正直弾除けデコイ程度にしか使えない、仕方ないとは思うが。


「ふむ……相手を引き摺り出して魔法や弓、スリングで叩き、弱ったところを僕らで殲滅ね」

「はい、二人がまず出て来れば相手はこの数であれば、と思うのではないでしょうか?うまく後退して、相手を引きずり出せればあとは弓や魔法、スリングでの攻撃を合わせて一気に殲滅できると思います」

 セプティムが感心したように俺に向き直る。昔の戦記物の小説で似たような作戦を立てていた話があった。今回はその応用に過ぎない。

「異論がなければクリフの案に乗るしかないな……この年齢でそんなのどこで覚えたんだ?」

 カルティスが納得したようで、俺の肩をぽんぽんと叩く。

「戦術とかも勉強してたんですよ、もし有効なら使えるかなって……」

 これは本当でもあるけど、嘘でもある。実践しているわけではないからうまく機能しないかもしれない。


「クリフの意見に乗ろう、俺も良い作戦だと思う」

「そうですな、この子は良い教育と知識を得ているようだ」

 カルティスとジャクーが納得したように同意する。

「異論がないのであれば、この子を信じるしかないな、我は不満はないぞ。賢き子よ、我はお前を信じる」

 ジャジャースルンドがニヤリと笑った。

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